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71話:シスターズプライド③

 ニノと別れ、再び街を練り歩く二人。


 久しぶりに休日を娯楽に費やし、どうやら活力も漲ってきたようだ。


 めぼしいところは回り、クシャーナを逃がさないように予約した美容院の時間もそれなりに近づいてきている。適当に駄弁って時間を潰す中、教会の方向に時折意識を向けていたエミットが、ふと思い出したように話す。


「そういえばクシャーナ、あなたあの教会に知り合いでもいますの?」

「んあ? なんで?」


 とぼけるクシャーナに、目敏いエミットが畳みかける。


「いえ、ただあなたの反応が気になっただけですわ。……訳ありなら無理には聞きませんけど」

「あー……別に大したことじゃないよ。確かクレオがいた教会だなって」

「へぇ……()()クレオさんが」


 別にそのこと自体に、不都合やおかしな点はない。


 近衛とはいえ、クレオの職業はシスター。その彼女が教会にいることに、だれも異論はない。だがわざわざ含みを持たせた返答をしたエミットの視線に圧を感じ、クシャーナが堪らず顔をそむける。エミットの興味が向いている先、それは同じカナケーの性を持つ、クシャーナとクレオの関係性についてであった。


 興味はあるが、無理強いはしたくない。


 意外にゴシップ的な話題を欲しがるエミットのギリギリの葛藤が見え隠れする中、先に折れたのはクシャーナのほうであった。別に隠すことじゃないし、あんまり面白い話じゃないんだけど、と前置きをした上でおもむろに話し出した内容。それは控えめに聞いても、ただの爆弾発言であった。


「クレオからしたら面白くないだろうね。だって、私は()()で勝手に名乗ってるだけだし」

「…………はぁ!?」



 *



 冒険者のトップとして君臨するクシャーナ。


 当然下手な貴族などよりもその名は売れており、クシャーナ=カナケーという名は揺るがない最強冒険者の称号でもあった。そんな名前がまさか偽名だとは、誰も思わないだろう。絶句するエミットの動揺を察し、慌てて訂正するクシャーナ。どうやら性を拝借しているだけであって、クシャーナという名は、まごうことなき彼女の名前らしかった。


「親戚的な意味の繋がりはなくてね。ただ子供時代に一緒に生活してたことはあって。カナケー家はクレオの実家で、私含め多くの子供達がお世話になったんだよ……本当に」

「なるほど……でしたら、養子縁組の話が?」


 別にない話ではない。


 実家が太くても、子宝に恵まれなければ繁栄はしていけない。純血主義にも限界があるということだ。近衛にまで上り詰めたクレオは優秀なのだろうが、シスターともなると貴族社会からは一歩引いた立ち位置になる。じゃあ冒険者のクシャーナはどうなんだと言われればこれも扱いに困るが、優秀な子供を養子に迎えることはなくはない話だ。


 そんなエミットの膨らんだ妄想をやんわりと否定するクシャーナ。


「あー……たぶん裕福な地方貴族辺りをイメージしてるんだろうけど、()()()()()()()だよ」

「え?」

「それもそんなに裕福じゃなかったんだ。それでもクレオの実母は娘と同じように、私達に接してくれて……クレオにとっても自慢の母親だけど、たぶん私達の存在は心から受け入れることはできなかったと思う」

「そんなことが……」


 エミットは当然、クレオの実母には会ったことはない。


 ただクシャーナが断片的に語る情報と、クレオがシスターになっているという事実。そのことから、人間的に立派で魅力に溢れた人であろうことは推測できた。ただそれは、実娘であるクレオにとって呪縛足りえたことだろう。母のことを誇りに思う一方、愛情を独り占めできない嫉妬と孤独が常に付き纏う。


 エミットが察する中、クシャーナが当時を振り返る。


 彼女は実母に振り向いてもらうために努力した。母を尊敬し、同じ道を歩んだ。だが名を馳せたのは、偽りの名を冠するクシャーナのほう。そして、クシャーナと同じく各地に散った子供達も成功を収めているらしく、もはやカナケー家と言えば彼らを指して呼ばれるほどだった。


「実は、養子縁組の話はあったんだよ。でもそこまでは迷惑かけれないって、全員で固辞したんだ。……ただ一つ、同じ姓を名乗ることを許してくれって。それが支えになったのは事実だけど、自分達の我儘がクレオを苦しめてるって気付いた頃には、もう手遅れだったんだ」

「クシャーナ……」


 彼らが苦しんでいるのは、誰も悪くないからだ。


 分かりやすい悪役を、憎める敵を用意できたら、きっとここまで拗れることはなかった。安易な気持ちで突っ込んでしまったエミットが後悔するほどに、この根は深い。どうにかしてあげたいと、切に思う。それでもどうすることもできない。何故なら、彼女は部外者だからだ。


「クシャーナ、私は……」

「ありがと、エミット」

「え?」


 うつむき加減だったエミットが反射的に顔を上げた先。


 そこには、微笑むクシャーナの姿。


「私が聞いてほしかったから話したんだよ。……ずっと、誰かに聞いてほしかったんだ」


 それきり前を向き、スタスタ歩いていく。何気ない話題から思わぬ想いの吐露を聞いたエミット。その衝撃にしばらく固まっていたが、先を行くクシャーナは振り返らない。エミットがこの件で、何か直接手伝えることはないだろう。だが、知っている。そして抱える想いを確かに受け止めた。


 そのことが、彼女の気持ちを少しでも軽くするのなら。


「……クシャーナ、そろそろ美容院に向かいますわよ!」

「げ、もうそんな時間だっけ」


 顔を上げ、声を張り上げて追いかける。近くで笑みを交わし笑い合う二人は、とても本戦を控える闘技者同士とは思えない。だが、それもいい。何故なら今日は――――。


「せっかくの休日だもん。楽しまなきゃ損だよね」



 *



 魔術師ギルドからの派遣員、ニノによる魔法の出し物は好評で終えた。


 懐いた子供達の相手もしてくれて、近頃はなかなかいない熱心で馴染みやすい生徒だったと言えるだろう。遊び疲れた子供達を運んで寝かしつける中、クレオは休日の過ごし方に満足していた。近衛として重要な任務を負っている身だ、それと比べてはいけないのだが、やはり子供達の笑顔と成長は何物にも代えがたい。


 そんな最中、間の抜けたような声で呼び止められる。


「あ、いた~。クレオ助けて~~……」

「引っ付かないで暑苦しい。なにかあったの、テステ?」


 態度は素っ気なくも邪険にできないあたり、クレオの性分が見て取れる。


 泣きついてきた同僚テステが言うには、午前中の買い出し後に、教会から預かっていた財布が無くなっていることに気づいたらしい。買い出し後のため、そこまで残金は残っている訳ではなかったのだが、シスター長にばれると流石に説教ものだ。心当たりがないか聞くも、すでに探したとべそまでかく始末。


「……ここにないということは、帰り道じゃない? 拾われたなら、もう見つからないと思うけど」

「うう~、クレオお願いっ! 一緒に探して~~!!!」

「はぁ……分かったから、抱き着かないで」


 責任ということなら、一緒に買い出しをした自分にもなくはない。


 几帳面なクレオは昼以降の予定もキッチリ立てていたのだが、全て頭の中でキャンセルする。一応探す労力は掛けた、という事実は大事だ。早くも一緒にシスター長に怒られるシーンを想像しながら、涙目のテステの手を引き、再び街に向かうのだった。



 *



 一仕事を終えたニノの現在地、それは教会近くの広場だった。


(う~~ん、どうしよっかなぁ……)


 こじんまりとした広場で、あまり多くの遊具は見られない。


 たまに教会の子供達がシスター同伴で遊びに来る姿も見られるが、この時間帯はお昼寝タイムなのか、彼らの姿は見えない。ニノが座るベンチの横には、小さい子供の姿がある。教会から出て体を伸ばしていたところ、おもむろにローブの端を掴まれたのが出会い。何事かと、とりあえず広場に連れてきたのが現在という訳だ。


「えーと……教会の子じゃないよね。お母さんはいるの?」

「いない」

「うぐっ……!」


 広場で親子連れで遊んでいたのかと思えば、そうではないようだ。


 その小さな女の子は無表情で、いまいち何を感じているのか分かりづらい。ベンチで脚をブラブラさせ、大きな熊の縫いぐるみをギュッと身体の前で抱えている。一瞬教会の前だけにそういった子供かとも思ったが、姫カットで揃えられた黒の長髪は滑らかで、身なりも小綺麗。貴族とは言わずとも生活に困ってそうな印象は受けない。


 その後も彼女を知ろうと、思いついた先から問いかけるも全滅。


 ニノの相手に飽きたのか、無表情の少女が縫いぐるみで遊びだす中、ニノは息を切らして謎の敗北感を味わっていた。結局扱いに困り、教会に相談しようかと腰を上げかけたニノだったが、そこに小さく声が掛かる。


「……姉ならいる。二人」

「……! そっかぁ、お姉さんは今どこにいるの?」

「悪だくみ中」

「そ、そっかぁ……」


 教会にいた子供達とそう年は違わないはずだが、全く性格が掴めない。


 構ってほしくて適当なことを言っているのか、どこまでが本心か分からない。それでも関係ないからと、置き去りにするのは違うような気がする。助けて、お姉ちゃん! と心の中で叫ぶが、当のエミットはクシャーナとのお出かけを満喫中であった。


 そんなニノの葛藤を知ってか知らずか、再び隣の少女が口を開く。


「二人は頑張ってるから、私も頑張らないといけない」

「そ、そうだね……って、え?」

「そういう()()、絶賛悪だくみ中」


 つい振り向いたニノは見てしまった、怪しく光る人形の目を。


 ニノの瞳の色が消え、だらんと身体がベンチによたれかかる。そんな彼女の様子をベンチで立ち上がり見下ろすのは、件の少女。その瞳は、抱えた縫いぐるみと同じように怪しく光っていた。

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