70話:シスターズプライド②
時は少し遡り、場所は亡国の古城。
【潜むもの】と呼ばれることとなった、ハイロ達死霊術師一味の本拠地である。ミーコの神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】から生成した大鏡がそれぞれ各部屋などに配置されており、そこから国境を越えてハイロの悪巧みを成就させんと奔走していた。
「割り振りおかしくない?」
「ミーコ、いい加減諦めーよ」
何度目になるか、ミーコの物言いを適当にあしらうイルル。
【戦士の狂宴】本戦3日目が終わり、中日2日目の朝を迎えていた。前日までに各自準備を済ませ、一つの計画を実行せんと再び古城に集結した面々。イルルとミーコが並んで長い廊下を進み、大広間に姿を現すと、ソファで寛いでいたハイロから爽やかな声が掛けられる。
「やあ、二人とも。今日の準備は万端かい?」
「私はいつでもえーけどな。なんや、ミーコがぶー垂れてるで」
「……私が動くとき、イルルも基本一緒だったはず」
流石に契約者であるハイロに対してはばつが悪いのか、視線を落とし控えめに主張する。イルルのローブの裾を握り、立ち止まってしまったミーコ。隣のイルルはと言うと、何やら口を開こうとしては閉じを繰り返し、結局頭を掻いてこちらも動きが止まってしまう。そんな二人に声を掛けたのは、ハイロの対面のソファに陣取っていたギルガメイジュ。
「ふむ、単刀直入に問おう。自身の身の危険か、我らの心配か。汝の心に刺さっている棘は何だ?」
脚を組み、不遜な態度を崩さない彼女の圧は強い。
死人仲間であるイルルやミーコとの仲も決して悪い訳ではないが、ハイロとの契約は彼女のほうが大分早かった。彼女はハイロの道を阻む者には、決して容赦はしない。手に持つのは神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】。受け答えを間違えれば、待っているのは二度目の死。無言のプレッシャーが放たれる中、ミーコの口が開く。
「……両方」
「おい、ミーコ。そらないで」
「はは、大部分は僕らの心配だろう? ミーコは優しいからね」
全ての計画の立案を行っているのは、ハイロただ一人である。
死人であるミーコ達はあくまで実行、補助役。そこには絶対的な主従関係があり、彼らはハイロの目的を叶えるための駒に過ぎない。死人同士の口喧嘩、小競り合いならともかく、死人が契約者である主人に歯向かおうものなら、待っているのは契約の打ち切り。自由に動かせる器を取り上げられ、また彷徨える魂へと戻るだろう。そうした事態を想像しているのか、隣でソワソワするイルル。
そんな彼女の挙動に笑みを浮かべながら、ハイロは諭すように続ける。
「……今回の作戦は、最終目的のために必ずしも必須じゃない。だからこそ、そこにリスクを払う行為を懸念してるんだろう? それでもこれが成功すれば、後に活きてくる。まあ上手くいかなくても、相手を知るという意味では大事なことさ」
「ギルだけじゃなく、囮役もおるしな。私はミーコのが心配やわ」
「ははっ、そういうこと」
ミーコが承諾しようがしまいが、今更計画の変更はない。
それでも成功率を上げるためには、全員が同じ方向を向いているのが望ましい。ギルド、教会、そして"十拳"。喧嘩を打った相手は巨大である。ハイロは万の軍勢を操る力を秘めている死霊術師ではあるが、彼の隣を歩める者はここにいる3名だけだ。そんな思いを込めてか、必死にフォローに回るイルルと、多くは語らず待つギルガメイジュ。
顔を伏せていたミーコは、やがてゆっくりと顔を上げる。
「分かった。やるからには成功させる」
「はぁー……ほんま冷汗掻いたわ」
最終目的前のミッションなど、肩慣らしにはちょうどいい。そう嘯くミーコの調子も、普段通りになってきたようだ。ピンと張り詰めていた緊張の糸は途切れ、露骨に胸を撫で下ろすイルル。ギルガメイジュの持つ神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】が帯びていた熱も霧散していく。そして、彼女にしては珍しい軽口もついでとばかりに飛び出す。
「ふっ……大変だな、長姉は」
「あっ、おま、ギル笑ったな!? というか長姉言うならお前やろ!?」
地団太を踏むイルルと、クールに去ろうとするギルガメイジュ。
こうなればもういつも通りである。
彼らには血や友情、愛情などでの繋がりはない。ただ一つあるのは、魂の繋がり。時を超えて同じ舞台に立った彼らを繋ぐのものは、それだけだった。戦場へと向かう彼らと共に、悪名高い死霊術師【墓荒らし】のハイロも並び立ちあがる。
「はいはい、娘達は仲良くねー」
「あんたは父親面すなっ!!」
「イルル、うるさい」
「誰のせいやっ!!!!」
人知れず賑やかな出発式を終え、彼らは再び姿を現すのだった。
*
エミットの妹、ニノを加えた一行は並んで街を歩く。
ニノは当初、クシャーナを前に緊張が隠せていなかったが、徐々に興味のほうが勝っていったのか、持ち前のアグレッシブさを活かしてぐいぐい来ている。途中エミットに嗜められる場面もあったが、クシャーナが止める道理はない。にこやかにゆるい対応をしているうちに、大分打ち解けられたようだ。
「えへへ、すごいなー……私今あのカリスマ冒険者とお話してるよー」
「はは、照れるね」
身内が"十拳"にいるとはいえ、やはりそうあることではない。
割と誰に対しても変わらずフランクな対応をするクシャーナではあるが、それが飾らないカリスマの対応力として、ニノには神格化する勢いで受け止められていた。クシャーナから見ても、ニノは変にかしこまらない、年相応の眩しさと人懐っこさが溢れており、エミットとはまた違う魅力を感じる少女であった。
「ニノ、私の友人ですのよ。節度は弁えなさいな」
「はーい、分かってますぅ。 お・ね・え・さ・まっ!」
「もう! 調子がいいですわね……」
お姉様などと呼んだことなどない癖に、と嘆息するエミット。
今は駄弁り合いながら、飲み物を片手に街を練り歩いているが、特に次の目的地を定めている訳ではない。ニノにしても、魔術師ギルドは開放されているが、この時期に授業などは特別組まれていないはずだ。にもかかわらず、彼女の装いは制服に身を包んだもの。ズボラな妹が休みに制服で出歩いていたことに違和感を覚えていたエミットが声を掛けようとしたその矢先、ニノの声が上がる。
「あっ、もう着いちゃった……」
「ここは……教会?」
「あれ、ここって…………」
三者三葉の反応を示す中、ニノが申し訳なさそうに声を紡ぐ。
「すみませんっ! 私、今日教会に魔法を披露するために来てて。うう、本当はもっともっと話したかったのに……今日はこれで失礼しますっ!!」
「あー、うん、大丈夫だよ。頑張ってね」
「わぁ……ありがとうございますっ! 行ってきます!!」
別れを惜しんだかと思えば、惜別の言葉に感激し振り切れ、笑顔で飛んでいく。
まるで台風のように去っていったニノを見送り、その目的地である教会を二人で見上げる。清貧という言葉そのままに、厳かだが煌びやかな要素はない、年季の入った建物だ。ここはこの街に散らばっている教会のうちの一つで、どうやら身寄りのない子供達との共同生活所になっているようだった。
「立派な妹さんじゃん」
「私も少々驚きましたけど……確かに、ニノはある意味適役かもしれませんわね」
「でも、まだ幼い子も多いだろうに、魔法って危なくない?」
クシャーナの疑問に、エミットが解説モードに入る。
どうやら魔術師ギルドのカリキュラムに、教会や広場などへの出張があるらしい。内容は魔法を使った簡易的な出し物であり、魔法に興味を持ってもらうことを主目的としている。まだ10歳にも満たない少年少女の思い出として刻まれ、そこから才に恵まれ魔術師ギルドの門を叩くこともあるかもしれないからだ。
しかし、実情を知るエミットは、伏し目がちに続ける。
「それでも必須科目ではないし、安全性も考慮して、スキル名が付くような魔法は扱えない。生徒にとっては面白みがない上に、点数も低い。さらには、出張先への費用や調整は自己負担。自由奔放な子供達の相手も大変でしょう。有り体に言えば、ただの不人気科目ですわね」
「わーお、ばっさり言ったね」
割に合わない、不人気科目。
それ故に申請さえすれば、定員などもなく速やかに進行可能なのだそうだが、単位の心配で駆け込む時期でもない。それなら何故ニノは、わざわざそれを選択したのだろうか。そんなクシャーナの疑問を察してか、エミットが再び口を開く。
「先ほど、ニノには適役との話をしたでしょう? あの子の魔力量は、贔屓目なしで見ても類まれなものを持ってますわ。ただ、その圧倒的な魔力量に反して、操作技術が拙い。スキルの規模で発動させると、ほぼ暴発してしまうんですの」
「あー……なるほどね。スキル未満の操作なら可能だし、出力が大きいから見栄えがするって訳ね」
優秀な姉を持ち、周囲の目にも晒される中で、彼女は何を思うのだろうか。
「あっ、火花散った」
「あの子はもう……」
クシャーナの檄を受け張り切ったのか、子供達の歓声と共にパチパチと数本火花が高く飛び散った。外から視認できるほどの出力は見事だが、やはり安全面を考えるといただけない。頭を抱えそうになるエミットだが、どうやらボヤ騒ぎには至らなかったようだ。
「いい経験してるね」
「……ええ、自慢の妹ですわ」
誰に語られるわけでもない、魔術師見習いの奮闘。
それはきっと、後世に名を遺す大魔術師の軌跡の一歩として残るだろう。壁越しに未来への祝福を送り、クシャーナ達は再び束の間の休息に戻っていくのだった。
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