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69話:シスターズプライド①

 クレオ=カナケーは優秀なシスターである。


 物心ついた頃からシスターである母の後を追い、当然のように同じ道を歩んでいた。彼女の幼い頃の思い出に映るのは、いつも貧しい者、身寄りがない者を分け隔てなく受け入れる母の姿。自身は清貧を貫き、他者のために尽くす母が、何よりの誇りであった。


「クレオー、今日は遊ぶ時間あるのー?」

「今日はわたしの番だよー!」


 朝のお祈りを終え教会を出ると、敷地内でじゃれていた子供達が寄ってくる。


 最近のクレオは忙しく、満足に構ってやることができなかった。午前中は買い出しがあるから午後からねと優しく微笑むと、子供達も絶対だよっ! と元気に手を振って送り出してくれた。クレオはテレサと同じく、剣士の才を授かりながらシスターの道を歩んだ異色の経歴を持つ。


 彼女の腰には、近衛として認められた証、白い鞘に収まった剣がある。


 "十拳"にまで上り詰めたテレサを引き合いに出すとどうしても劣ってしまうが、彼女も期待度は負けていない。近衛を束ねる【五剣】の一人である、【聖剣】レノウィン=シャルルに師事を仰ぎメキメキと実力を付けている、若手の成長株だ。


「あれ、なんかあっち騒がしいね~」

「……寄り道してる暇はないでしょ。さっさと戻る」

「え~、ちょっとだけ……って待ってよ~~!!」


 同僚のシスターが呑気な声を上げるが、クレオは見向きもせず歩く。


 一人で買い出しに行くと何時間も帰ってこない同僚のお目付け役としてきたのだ、子供達との約束もある。特別予定がギチギチに詰まっている訳でもないが、近衛たるもの自制と節制の志は常に持っていなければならない。のんびりで気分屋な同僚は、甘やかすとどこまでも調子に乗るのだ。


 大量の食料品が入った紙袋を抱えた直したクレオは、同僚の懇願を無視してさっさとその場を後にするのだった。



 *



 クレオが見向きもせず通り過ぎた先。


 そこには衆目の目に晒される、クシャーナとエミットの姿があった。


「エミット……話違うくない?」

「おかしいですわね……変装は完璧のはずですのに」


 【戦士の狂宴】の最中とあって、闘技者の動向は注目の的だ。


 期間中はおいそれと外出などできたものではないが、彼女達は公然と街に出歩いていた。そこにあるのは、いつもの出で立ちとは違う二人の姿。クシャーナはマリア憑依の影響で伸びたままだった髪を綺麗に整え、いつものドレスや仮面も取り上げられたのか、モデルも顔負けな美貌とスタイルを曝け出している。


(……マリアに怒られないかな)


 エミットの迫力に押され、根負けした形で衣装チェンジに付き合ったクシャーナ。


 だがいつも纏っていた『天涯のアクアドレス』はマリアの形見であり、彼女の最愛の父からの最後の贈り物でもある。その執着が呪具と化し、『死ぬまで脱げない』という形でデメリットに現れていた。今は右手小指にはめている呪具『リトルミミックの指輪』に収納されているが、内心気が気ではない。


 しかし、結果だけで言えばそれは杞憂だった。


 呪具の効力は消えたわけではないが、マリアはクシャーナと心を通わせ、今は良き友人として精神は落ち着いている。なんなら古の時代から生きてきたせいか、母親目線でいることすらあった。そんな彼女がクシャーナの友達とのお出かけを邪魔するわけもなく。


 次第に固さの取れていくクシャーナを、ただ微笑ましく見守っているのだった。


 コーデを担当したのは横にいるエミットであり、行きつけの店に連れ回された影響で、心なしかクシャーナは疲弊していた。だが、ある種有名人の宿命とも言える、遠慮のない注目のされ方ではない。


「凄い綺麗な人達……絶対有名なモデルさんとかだよっ」

「大きな大会もやってるからかなー?」


 どこか遠巻きに眺め、若い女の子がキャーキャー言っている。


 エミットも普段の装いとは異なり、髪を後ろに束ね、帽子や眼鏡などでオシャレに変装している。それでも彼女独特の存在感を放つオーラは隠れることもなく、クシャーナと並んで変な注目を浴びていた。そんな反応に晒されれば居心地がいい訳もないが、エミットは自信を深めたようだ。


「悪目立ちかもしれませんが……どうやら闘技者とはばれていない様ですわ」

「え、じゃあ問題ないか。お腹すいたし何か食べに行こうよ」


 その後も密やかな黄色い歓声を浴びながら、二人は街に繰り出すのだった。



 *



 事の発端は、クシャーナが伸びた髪を1人で切ろうとしていたことから始まる。


 【戦士の狂宴】期間中はエミットの邸宅にお邪魔しているクシャーナは、中日二日目に存分に惰眠を貪り、遅い起床となっていた。同じくやっかいになっているストリック達はすでに各自出掛けたのか、その姿は見当たらない。適当な食べ物を漁りに来たクシャーナが、おもむろに声を掛ける。


「おはよ、エミット。何か適当に食べてもいい?」

「おはよう。また随分お寝坊さんですわね。軽く何か作らせましょうか?」


 邸宅の主であるエミットが、上品に挨拶を返す。


 お気に入りのティーセットでお茶を楽しんでいたらしいが、手を置いて使用人を呼び寄せようとする。流石にそこまでは悪いとクシャーナが固辞すると、エミットもあっさりと退いた。そのまま向かいの席に座ったクシャーナは、バスケットに入ったお菓子のようなパンを一つまみし、もそもそと顎を動かす。


「うまっ……流石いいもの食べてるね」

「そんなお菓子じゃなく、しっかり食べなさいな」


 まるで妹をあやすような、叱りながらも優しい声。


 ストリックやセミテスタとはまた違う距離感だが、どこか安心するのは彼女の包容力のおかげだろうか。冒険者としては、自他共に厳しい姿勢を示すエミットだが、恐らくこちらが素であるとクシャーナにも分かってきた。適当な雑談をする傍ら、エミットの視線がある一点に留まる。


「ところでクシャーナ? あなた、その髪はどうしますの」

「え? あー……そういや伸びたままだったか」


 なんか頭が重いと思った、などと適当なことをのたまうクシャーナ。


 何故か仕合中に腰まで伸びた髪は、大した手入れをしていないにもかかわらず、綺麗な瑠璃色の輝きを放っていた。今までのクシャーナの髪型は肩にも届かない位置で短く揃えられていたため、ロングの彼女は実に珍しい姿だった。ただ彼女自身は拘りはないのか、むんずと髪の先を掴むと指の先で擦りながら平然と告げた。


「んー……仕合の邪魔になるだろうし、庭とか貸してくれたら適当に切るよ」

「…………はい?」


 婦女子にあるまじき言葉に思わず耳を疑うエミット。


 それから一悶着あった結果、変装も兼ねて街に繰り出してみようとなったのだ。そして現在に至り、二人は遅めの昼食を済ませると、魔道具店や書店などに立ち寄り、休日を謳歌していた。結局はまたすぐに短くすると言うクシャーナを説き伏せ、美容院の予約までの時間にこうして付き合ってもらっているのだ。


「眼福ですわね……」

「ん、何か言った?」

「いいえ、こちらの話ですわ」


 長髪をなびかせ横を歩くクシャーナの姿に、思わず見惚れてしまう。多少我儘も言ってみるものですわ、とエミットは内心ご満悦だった。素材は一流ながら外面に頓着しない彼女のことを、どこか気に掛けていたエミットにとって、今回はまたとない機会になっていた。


「あれ、おねえちゃん……?」

「あら、ニノ。奇遇ですわね」


 そんな二人に声を掛けてきたのは、制服と短いローブに身を包んだ女学生。


 多少幼さは残るが、エミットによく似た風貌の少女だ。短めの金髪と童顔よりの顔が、年相応の活発な印象を残す。彼女の名はニノ=アルグレカ。エミットの少し年の離れた妹であり、同じ魔術師を志して魔術師ギルドの門を叩いていた。


「あ、もしかして妹さん?」

「ええ、よく分かりましたわね。妹のニノですわ」

「わっ……え!? も、もしかしてクシャーナ=カナケーさん!? いや、様!!」

「ふふ、なんかウケる」


 特徴的な瑠璃色の髪と、"十拳"の姉と一緒にいるという事実。


 そこから正解を導き出したニノは、一人でアワアワと分かりやすくテンパっていた。落ち着きのなさから姉に嗜められる彼女だが、その様子をクシャーナは微笑ましく見守っている。実の家族の繋がりが断たれている彼女にとって、それは一種の呪縛足りえたが、今の彼女には同じぐらい温かく接してくれる家族の存在がある。


「ターゲット発見……」


 そんな彼らを建物の影から盗み見るのは、小さい影。


 胸に抱えた鏡がカタカタと揺れる中、怪しい瞳が暗闇に光っていた。

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