66話:十拳会議⑤
本戦3日目を終えて、再び中日へと入った。
【戦士の狂宴】もベスト4が出揃い、残るは準決勝と決勝である。
激戦の後は英気を養うため、各自自由な時間を過ごすものだ。だが"十拳"の面々は朝早いにもかかわらず、ギルドに呼び出されていた。どうやら以前からギルドと教会が調べていた、件の死霊術師と神器の情報がまとまったらしい。
「……今日は昼まで寝られると思ったのに」
「それに関しては気の毒ですけど、仕方ないですわ」
昨日の疲れを引きずっているのか、クシャーナの動きは緩慢だ。
仮面の下の眼は閉じているのか開いているのか、頭をユラユラさせている。そんな彼女に対応しているのはエミット。足元が覚束無いクシャーナの手を引き、優等生らしく椅子までエスコートしている。ストリック達が面白がって茶化すが、あしらい方もこなれたものだ。寝坊助なら家族にもいますもの、と平然と答えクシャーナを椅子に座らせる。
「こんな隙だらけなのが、オルゲート倒すんだから分からねぇよなぁ」
「あはは、確かにオンオフの差は激しいかもねー」
ギルド長ジークが何気なくぼやけば、ヤムもそれに乗っかってはしゃぐ。
すでに所定の椅子で待機していた面々は、全員揃ったことで改めて向き直る。今回の出席者は前々回とほとんど変わらないが、教皇ハインデルの姿は見えない。代わりに簡素な椅子と共にそこに収まるのは、まだ若いシスター。サラと同じく帯剣をしていることから、実力のある近衛と窺えた。
その近衛の名は、クレオ=カナケー。
教皇は多忙のため出席できないことを詫びつつ、事情は把握し全て任されていると、少しばかりの自負を滲ませて挨拶を済ませる。クシャーナと同じ性を持つ彼女だが、金髪碧眼と容姿に似通ったところはない。またその佇まいや口調などから、他者を寄り付かせないような厳しさも内包しているのか、温和なものが多いシスターの中では、目立ちそうな存在と言えた。
チラリとクシャーナに視線が集まるが、ただ眠そうにしているだけだった。
「……それで、何から話せばいいのかしら」
開始早々、若干の諦観を含んだ声色で話すのはネルチェ=ネイソン。ギルドが今回の件で協力を依頼した死霊術師である。ひと悶着の末、今は正式に協力関係を結んでいる。彼女が使役する魂、【剣聖】レギルスの旧友に当たるスカルの存在も大きかったと言えよう。
「まあ色々言いたいことも聞きたいこともあるだろうが……まずは、以前持ち帰った議題の調査結果の報告から行くとするか」
音頭を取るのは、ギルド長ジーク。
眼のクマが少し濃くなっており、彼も多忙を極めていたことが推察された。手元にはギルドの調査結果をまとめた書類が乱雑に置かれている。軽くネルチェの紹介もしつつ、ガサガサと手元で目当ての書類を探し出し、おもむろに結果を報告する。
「彼女からの情報提供もあり、敵の素性が判明した。件の死霊術師一味だが……首謀者はハイロ=ナインソウル。【墓荒らし】の異名を持つ、指名手配犯だ」
ジークからの視線を受け取り、ネルチェが頷きで肯定の意を示す。
【墓荒らし】とは彼の持つ悪名である。戦場や墓地などから無断で死者の魂を抜き取り悪用する、死霊術師の悪い噂の塊のような男であった。魂を弄ぶ所業によりギルドにマークされていたが、今まで目立った悪事はそれ以外には確認されておらず、実態は掴めていなかった。
「奴の目的は未だ不明だが、目下の脅威は『神器持ち』をも従えている点にある。奴らの一人一人の力量は、"十拳"に勝るとも劣らない。わざわざハクマを送り込んできたことといい、【戦士の狂宴】に絡めた計画があると推測される」
"十拳"とも互角以上に戦える相手。
結局のところ、ただの小物による嫌がらせやちょっかい程度であれば、ギルドもここまで頭を悩ませることはなかった。何があろうとも"十拳"による速やかな実力行使、鎮圧が可能だからだ。だが多くの注目を集める【戦士の狂宴】の最中に、"十拳"と並ぶ巨大戦力が暗躍するのであれば、被害の規模は簡単に推し量れるものではなかった。
「また現在確認できる敵の主戦力は、奴を除くと3名。他の死霊術師の関与は確認されていない。……もっとも死霊術師相手に、戦力数やその差を測ることは無意味に近い。その点は各自留意してくれ」
ジークの発言を、各自が神妙な面持ちで受け止めている。
神器持ちの存在は確かに脅威ではあるが、"十拳"であれば個人での対応も可能だ。だが圧倒的な物量、それは個人の実力差をも無効にするほどの暴力を誇る。【墓荒らし】の異名を持つほど、魂の収集に余念がなかった相手だ。彼が表に姿を現したこのタイミングが計画実行、実現に向けてのカウントダウンなのか。後手に回らざるを得ない状況が、暗い影を落としていた。
そこにいちいちちょっかいを掛ける問題児が一人。
「というか、おっさんよぉ……時間かけて調べた報告がそんだけか? そんなのそこの女に聞いて終わりの内容だろ」
「あほぬかせ。情報なんてのは無限に転がってるが、その信憑性を確かめるのにはとんでもない労力と時間がかかるんだよ。お前みたいに本能で生きてる奴には分からんだろうがな」
煽るストリックと顔に青筋を浮かべて応えるジーク。
おもむろに両者立ち上がり、顔を突き合わせての威嚇。喧嘩っ早い冒険者と冒険者上がりのギルド長。特に二人とも言葉よりも先に拳が出るタイプの人種ではあったが、慣れた様子でスルーする周りに毒気を抜かれたのか、悪態をつきながらもそれぞれ席に戻る。
「神器の使い手についても調べたが、ダメだなこりゃ。少なくとも近年、冒険者間で少しでも話題になった様な連中の中には存在しない。神器との相性もあるし、その時代の人物ってのが濃厚だろうな」
分かりやすく匙を投げるジーク。
それでも短期間でそう断言できるほどの調査は行った、ということだろう。正直ギルドが調べて分からないことであれば、比較的諦めはつく。それほどまでに、冒険者や実力者とのギルドの結びつきは強いのだ。
「後ろ向きな内容ばかり語っても仕方がないでしょう。次は教会からの調査結果を報告しても?」
「ああ、頼む」
次に声を上げたのは、教皇の代理で出席している近衛クレオだ。
ギルド長や"十拳"など、権威が集う場において、彼女に気後れする様子は見られない。懐から眼鏡を取り出し、綺麗に整頓され持ち込まれた調査報告書を淡々と読み上げる。
「教会による調査報告は、敵対組織の持つ『神器』に関してです。以前からはさらにもう1点増えているようですが……まずは杖と鏡の報告をさせて頂きます」
以前教皇ハインデルは王国の図書館で調べさせると言っていたが、どうやら該当する神器の記述があったようだ。神器の真名と性能を確認して初めて当たりを付けられたようなものだが、彼らにとってはそれすら隠すほどの情報ではないのかもしれない。
「神器:【恵みの宝杖アダムツリー】、これは約700年ほど前に滅亡したユースフィア公国に実在した神器になります。代々公国一の魔術師である『賢者』が使用したとされ、国家滅亡と共に消失としたものとされていました」
「うわー……なんか急に壮大な話になってきたね」
「魔術師としては、純粋に興味を引くものはありますわね」
時を超えて蘇った伝説上の武具。そのルーツを知り感嘆の声が漏れる。
「効果は単純且つ強力。全属性の魔法に大幅な強化補正がかかる……正に魔術師にとって理想の武器と言えそうですが、一方で使用者の代替わりは非常に早かったそうです」
「ふむ……使うにあたってデメリットがある武器、そう思ってよいのか?」
報告を邪魔しない範囲で、オルゲートが確認を取る。
対するクレオの反応は、肯定を示すものだった。魔術師の扱う杖において、今流通しているものは一属性に特化したものが主流である。異なる属性は反発し合うため、杖という一つの形に同居させるのは極めて難しいのだ。中にはエミットの持つ星杖『ソロモンステラ』など、複数属性に恩恵を与えるものもあるが、あくまで少数派だった。
「代替わりの事実と杖の『二つ名』がそれを指し示していました。別名は神器:【腐敗の狂杖レイジーベリー】。使用者の才能を喰い潰し堕落させる……ある種の魔杖と言えるでしょう」
強力過ぎる武器の代償。
それは呪具にも似た何かを感じさせるが、人の人生をも左右するという点ではそのデメリットは計り知れない。だがそれでも当時の魔術師は、その使い手である『賢者』に選ばれることに名誉を感じていたのだろう。
そんな考察を余所に、バッサリと切り捨てる声も上がる。
「けっ、戦闘中に制限を課すものでもなければ、弱点でもなんでもねぇよ」
「流石にお互い、長丁場では考えないだろうしね」
現実的な視点で話すのはストリック。対面のクシャーナもそれに同調する。ただ厳しい物言いにもクレオはひるまない。予め予測していたとばかりに、次の言葉を紡ぐ。
「ええ、そこはおっしゃる通りです。私がお伝えしたいのは、神器は使い手を選ぶということ。速やかに使用者を無効化する、もしくは物理的に遠ざける。そういった方法もあるかと」
「はっ、簡単にそれができるならとっくにやってるわ」
「どうどうストさん。杖は難しいかもしれないけど、選択肢としては無くさなくてもいいんじゃないかな」
「……ストさん言うな!」
宥めるクシャーナに噛みつくストリック。
そんなじゃれ合いをセミテスタが囃し立てる中、クレオは細目で僅かに睨む。その視線がクシャーナにしか向いていないことに、気づく者は誰もいなかった。




