65話:戦士の狂宴-閑話⑧
快進撃を続けていた新人を止めた、圧巻の試合運び。
相手の土俵で敵を仕留める強さを示した、【灰掛梟】の異名を持つストリック。そんな彼女の待合室には、仕合終了と同時にクシャーナ達が雪崩れ込んでいた。
「ストさん、うぇーい」
「……もう訂正する気も起きねぇよ」
適当な渾名で呼び続けるクシャーナに嘆息しながらも、差し出された手に応える。乾いたハイタッチの音が響く中、その様子をニヤニヤと見ていたセミテスタの頭を小突く。危なげなく勝利を収めたストリックだが、彼女がここまで優勢に戦えたのは、事前にリュウレイの剣を間近で見れたからだ。
「そういう意味では、負け犬共に感謝しねぇとなぁ?」
「あー、感じ悪いんだぁ! 次やったら私が勝つし!」
ヤムが煽りに噛みつくが、険悪な雰囲気はない。
"十拳"の面目躍如を果たしたストリック。憎まれ口を叩く彼女の様子はいつものことだが、少なからずリュウレイに負けた面子も溜飲を下げたようだ。ストリックまで突破されたら大変だったね~、と他人事のように呟くセミテスタの姿もあるが、それだけストリックの腕は"十拳"内でも信用されていた。
「でも、彼はこれでもっと強くなっちゃうね」
「ふん、その時は何度でも返り討ちにしてやるよ」
「ふ~~ん……」
「その意味深な含み笑いやめろっ!」
リュウレイも才能という点では間違いのない逸材だ。
だが、結果はストリックの圧勝。
勝敗を分けたものは、知識と経験。そしてそれに基づいた戦術であった。
ストリックはリュウレイの剣筋を間近で見て、感覚を掴んでいた。そして剣士のスキルだけではなく、戦士や魔術師など冒険者として代表的な職業のスキルは全て頭に入れるほどの徹底ぶり。無論知識はあくまで知識、実戦に活かせなければ意味はないが、ストリックはその術をよく知っていた。
対するリュウレイは、己の剣の腕に絶対の自信を持つ剣士。
冒険者の頂点への道。入れ替え戦から才能を見せつけてきた彼ではあるが、自身の鍛錬に勤しむあまり、対戦者のことをないがしろにしていたのである。最初の打ち合いはリュウレイの挑発に乗ったのもあるが、彼がどの程度盗賊のスキルを知っているかのテストでもあった。
「あいつどんなスキルでも反応でしか動いていなかったからな。剣の腕が立つだけのただの素人なら、いくらでも嵌められるわ」
「言うほど簡単でもないけどねー」
「そういう点ではやはり、見習うべき点はありますわね……」
事も無げに言い放つストリック。
素直に感心するヤムとどこか悔しそうなエミット。彼らの反応を見るだけでも、ストリックの実力の高さは窺えるというものだ。実際彼女は試合の盤面をコントロールし、体力の消耗を限りなく収め、効率的かつ圧勝に見える仕合を生み出した。
今回ストリックが起点としたのは、闇属性スキル『ドッペルゲンガー』。
早々に相手に盗賊のスキル知識がないと分かると、虚を付けるスキルを中心に組み立てていった。決して相手のペースで打ち合わず、相手を乱すことに終始した結果、機は訪れた。一度目の分身の際に、遅効性の【麻痺】を引き起こす『パララサス』を仕込むことに成功したのだ。
ストリックの近接術に翻弄されるリュウレイは、それに気付かない。
その後は誘導して打たせた特攻技に、【暗闇】を付与する煙幕スキル『ブラインド』を当てるだけ。ただ光を失っても、リュウレイの剣は止まないだろう。水属性に適性のある彼ならば、浄化スキル『レインドロップ』も覚えているはず。総合的に考えると、その場で迎撃態勢に入る可能性は高い。
ならば、そこに捌きようのない大技を当ててやればいい。
結果、ストリックの目論見は成功した。
状態異常の重ね掛けが有効な点、それは後にかけたほうが先に解除される性質にある。シスターの神聖魔法であればまとめて解除できるのだが、他属性のスキルは漏れなくその法則に則っていた。つまり、ストリックは【暗闇】は解除される前提でかけていたのである。
身体を刻まれ、ジワジワと【麻痺】の効果も大きくなる。
そうなれば、『シャドウ・レイン』を凌ぎ切った隙を付くことなど、盗賊のストリックには容易いことであった。様々な罠を散りばめ、そうと気付かせないことこそ、盗賊の妙。その視点で見れているのは、対戦経験の多いクシャーナと、全てを見通す『天眼』を持つスカルぐらいだろう。
「ストさんはやっぱりさ、仕合が上手いよね」
「あ、そう言われるとしっくりくるかも~」
「うむ、仕合巧者というやつだな」
しかし、リュウレイもここまで勝ち上がってきた猛者。
決してストリックとの実力が大きく離れていた訳ではない。だからこそ挑発し、牽制し、本領が発揮できないよう入念に盤面をコントロールしたのだ。そしてそれは、今後恐らく何度も対戦するであろう相手と見据えた上での行動。
「はっ、おだてても何も出ねぇぞ」
口では煽りつつも、誰よりもリュウレイを評価していたのは彼女だったのかもしれない。その後も穏やかな時間の中で、闘技者達の交流は続いていく。残り4名となった【戦士の狂宴】は、ゆっくり佳境に入ろうとしていた。
*
眼を開けた先、そこには薄らと天井が見えた。
「気付いたか」
ぶっきらぼうに投げかけられた声。ぼんやりとした意識の中、それが自分にかけられたものだと遅まきに理解する。ストリックの前に散った若き剣士は、首をゆっくりと声のほうに向ける。
「…………師匠」
椅子に腰かけ黙しているのは、リュウレイが師と仰ぐスカル。
敗者の待合室には、彼の姿しか見えない。
どうやらわざわざ目が覚めるまで待っていてくれたらしい。リュウレイから追いかけ回すことはあっても、その逆はなかった。少しの驚きと嬉しさが沸き上がるが、すぐにそれも萎えてしまう。無様な仕合をしてしまった。己の力量を見誤り、息巻いて突っかかった結果がこれだ。言い訳も何もない。
「足りないものは、分かったか?」
リュウレイからすると、もはや饒舌なレベルでスカルが問いかける。
対ストリック戦を前にスカルは何も言わなかったが、恐らくある程度展開は読めていたのだろう。対人戦における圧倒的な経験値の差。それを大観衆の前でまざまざと見せつけられれば、認めざるを得ない。スカルには技の精度で完敗し、ストリックには技だけでは勝てないことも教わった。
「私は…………無知で、傲慢でした」
上半身を起こし、スカルに応える。
「だから…………知ろうと思います。相手を――世界を」
不思議と心は穏やかだった。
明確な敗北を経て、彼の視野も拡がったのだろう。無論、知識が増えることで迷うこともある。迷いのない剣技は、リュウレイの一つの武器だった。自分の武器を潰しかねない、険しい道。矛盾という壁が、今の彼の前には立ちはだかっている。だが、それを超えた先に見える景色があるのであれば、彼は決して歩みを止めない。
「お前が決めたのであれば、それでいい」
リュウレイの宣誓を受け止め、用は済んだと立ち上がる。
「……それで、私を一番弟子にしてくれるって話になりました~?」
「んなっ!?」
そんなスカルに反応したのはリュウレイ、ではなくテレサ。
スカルの背に隠れていただけで、備え付けの長椅子にダラリと寝転がっていたらしい。どうやら不甲斐ない兄弟子を笑い、一番弟子には相応しくないとスカルに直談判までしているようだった。
「ふざけるなっ! お前はそもそも初戦負けだろうが!!」
「べーっ!! お爺様が相手だからノーカンですぅ!!!」
普段は周りに無関心なテレサでも、リュウレイの存在は気になるらしい。同じような理由で、サラに指南を受けたクシャーナにも密かに対抗意識を燃やしているらしいが、語ることをしないため、専ら一歩通行であった。
「……一度も弟子などと言ったことはないのだがな」
急に騒がしくなった待合室の中で、スカルの独り言がポツリと零れるのだった。
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