63話:戦士の狂宴-Dブロック2回戦②
ストリックの啖呵に、リュウレイの呼吸が一瞬乱れる。
「は…………?」
そして、あろうことか構えを解くだけでなく背を向け解散とばかりに、ダラダラと歩き出す。まさか棄権でもするつもりなのか。【戦士の狂宴】という一大イベント、そのベスト4を決める大事な一戦。対戦者に敬意を払わない言動に辟易もしていたが、ここまでコケにされて黙っているわけにはいかない。
「私には戦う"理由"がある……無理やりにでも! 付き合ってもらうっ!!」
剣士のスキルを立て続けに掛け、脱兎の如く迫る。
隙だらけの背中に最速の追撃が見舞われ、その一撃はあっさりストリックの身体を斜め上段から真っ二つにした。だが、手ごたえがまるでない。空中に溶けるように消えるストリックが身体の向きを変え、リュウレイに威圧を放つ。
「おいおい、普通は罠を疑うところだぞ。――お前、どんだけ盗賊舐めてんだ?」
「――――っ!?」
背中に衝撃を覚え、リュウレイが前のめりで闘技場を転がる。
それでも軽装な剣士らしく、身軽な身のこなしで瞬時に態勢を整える。分身を展開し、いつの間にか背後に回っていたストリックの連撃を浴びるが、打ち合いならそこはリュウレイの間合いだ。霧散した分身の影が若干纏わりつく中、高速戦闘が再び再開される。
「どうした? 剣が乱れてんぞ?」
「――――黙れっ!!」
渾身の一撃を躱されたリュウレイではあったが、大きな隙は晒さない。
両者高速で展開し、ストリックが追いかける形となっているが、リュウレイの剣裁きが攻撃を通さない。時折呼吸を乱すような暗器の投擲が見舞われるが、剣の結界が全てを弾く。水の剣技、五月雨流の神髄である降りしきる雨のような手数が押し返そうと迫るが、ストリックの攻めは止まない。
(なんだ……!? なんだ、この違和感は――)
仕合開始時に見せたような、白熱した剣技の応酬。
それらはお互いに高い実力を誇る者同士の、ある種相乗効果によって生まれるものと言っていい。だがストリックはもはや、付き合わないと決めたのだ。お互いの力を振り絞った斬り合いはさぞ気持ちがいいことだろう。だが、そんなことには些かも興味はない。欲するのは、勝利のみ。
「まさか、打ち合いでリュウレイ選手が押されているぅ!?」
「これがストリックの上手さじゃろうて。ある種、邪道じゃがな。ほっほ」
異変に気付いたサミュが声を張り上げるが、上手く説明ができない。
クリストの言葉通り、ストリックが邪道とすれば、リュウレイは正道である。リュウレイほど卓越した剣技を持つ剣士であれば、今までは己の手札を押し付けるだけで勝てたことだろう。その成功体験とも言うべき経験が、逆に彼の視野の狭さと手札の少なさに繋がってしまったのだ。彼に足りないのは、まさしく格上相手との駆け引きの経験。
それを見せつけるが如く、ストリックの連撃が止まらない。
ストリックの戦闘術、それは更なる手数で押し返すものではない。連撃に敢えて違和感を混ぜ、リュウレイの流れに不協和音を残す。本来剣がぶつかり合うタイミングを僅かにずらし、態勢を不利にさせる。短剣と短刀をいつの間にか持ち替え、攻撃の威力、範囲、角度を誤認させる。ほんの些細な小細工とも言える小技を散りばめ、決してリュウレイの流れにしない。
ストリックの動きは、全てが罠。
違和感だけを残し、気付けば完全に後手に回っていたリュウレイ。この領域に留まると危険だ。今まで己の領域だと自負していた空間が、今は怖い。言えも知れぬ焦燥感に駆られ、距離を取るべく強めの切り払いで相手を遠ざける。打ち合いで分が悪いのであれば、そこをこじ開ける強引な手――強力なスキルで活路を見出す!
「――――『砲剣・螺旋の太刀』!!!」
それは、五月雨流における特攻技。
自身が砲弾となるような勢いで、高速の多段斬撃と共に駆け抜ける秘剣である。精密な斬撃を捨て、手数に割り振った衝撃が、地を這う流星のように的を射抜く軌道を描く。直線的な破壊力を追求した一撃だったが、それすらもストリックを捉えるには至らない。
「しまっ――――目がっ!?」
特攻技の弱点は、軌道が読まれやすいことだ。
ストリックほどの熟練の盗賊であれば、その通り道に罠を設置することは容易い。そもそもそのように誘導したのは彼女自身であり、まるで見えない糸で操られるように、まんまとリュウレイは【暗闇】の効果を纏った煙幕に突っ込んでしまっていた。
(まずいっ! 回復を優先せねば――――!!)
リュウレイの剣の結界であれば、例え一時的に目を潰されても耐えられる。
前後不覚に陥りかねない状態ではあったが、リュウレイを支えたのは厳しい修行を耐え抜いたという自負。つまりは、己の剣の腕であった。瞬時に向き直り、居合の構えを取ったリュウレイの周りには、自身を円状に包む水の結界が生成される。『水結界・雨滴り』、状態異常の回復効果がある結界と居合術をミックスした、五月雨流の迎撃技である。
流派を修めることのメリット、それはスキルの独自昇華にある。
『水結界・雨滴り』は、水属性の浄化スキル『レインドロップ』を独自昇華し、居合と組み合わせた結界術として修めたものだ。先程は不発に終わった『砲剣・螺旋の太刀』も、元は『水の太刀・追』という水属性の剣技であった。独自昇華により効果が底上げされるほか、受ける側にとっても対応が難しくなるのだ。
だが、ストリックはそれすらも読み解く。
初見のはずの五月雨流の剣技を打破し、手のひらの上で転がす。元のスキルから独自昇華されているとはいえ、特性や大まかな挙動が変わることはない。であれば、その本質を理解さえできていれば対応は可能。言うは易く行うは難し、というその典型でもあるのだが、言わばそれが彼女の実力であった。
「――――『シャドウ・レイン』」
そして、足の止まったリュウレイを襲うのは、影の局所的大雨。
すでに詠唱を事前に済ませていたのか、避けようのない魔法の嵐がリュウレイに真上から降り注ぐ。闇魔法『シャドウ・レイン』――設置型の魔法であり、闇魔法の中でも大技に分類される広範囲技であった。数少ない闇魔法の資質に恵まれた彼女は、効果的に闇魔法を使いこなす。圧倒的な質量を誇る黒の槍が降り注ぎ、リュウレイを刻んでいく。
「ぐっ、おぉおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
最早、迎え撃たざるを得ない。
培った剣技の冴えが黒の槍を迎え撃つが、真上からの止むことのない攻撃に、被弾が少しずつ増えていく。それでも致命傷だけは避け、彼は己の剣技で全てを迎え撃った。いつまでそうしていただろうか、上空に溜まった暗雲が晴れる中、無意識にほっと一息を付く。だがストリックはその隙すら咎めていく。
「あっ――――」
攻撃とも言えない、微かな衝撃であった。
にもかかわらず、気付いた瞬間には地面に両膝を付け、首元には背後から短剣が付きつけられていた。どうやら膝裏を足蹴にされたらしい。僅かな安堵の隙に潜り込んだ狩人の矛先。容易く剣の達人の領域に踏み込んだストリックは、どこまでもつまらなさそうに鼻を鳴らすのであった。
「お前がつまらない理由、――これで分かったろ?」




