62話:戦士の狂宴-Dブロック2回戦①
【戦士の狂宴】本戦3日目、第二仕合目が始まろうとしている。
「やっほ。まだ始まってないよね」
「あ、クシャーナだ! もういいの?」
ギリギリ間に合ったと安堵の表情を浮かべるのは、クシャーナ。
大半の"十拳"メンバーが集った部屋で、セミテスタが明るく出迎えてくれる。疲労の色は未だ完全には抜けきっていないが、やはり注目カードは見逃せない。身体に鞭を打ち合流したクシャーナに、すでに参上していたオルゲートが気さくに声を掛ける。
「ようやく来たか。勝者が背中を丸めおってからに」
「オルゲートの馬鹿力で散々叩かれたんだから、大目に見てよ」
慣れた様子でじゃれ合いを終わらせ、闘技場に目を向ける。
闘技場の中央、すでに準備万端とばかりに両者の姿がある。ヤム戦を制し、勝ち上がったリュウレイは才能に溢れる若き剣士だ。五月雨流という水属性の流派を操り、猛者がひしめく"十拳"の階段を順調に駆け上がってきた。対するは獰猛な闇夜の狩人、盗賊のストリック。今も観客の声援を全く無視し、気だるそうに口元を赤いハンターマスクに隠している。
「ストさんが別の人とやるのって、久しぶりに見るなぁ」
「だよねー。ストリックは入れ替え戦の評判よくないし、クシャーナにお熱だったから」
「あれ、そうなの?」
クシャーナが首を傾げるが、他の面子に驚いた様子はない。
ストリックの入れ替え戦は、玄人受けすると言えば聞こえはいいが、端的に言うと地味なのだ。彼女は勝つことに全てを注ぎ込む。他の闘技者ももちろんそうなのだが、彼らは全てを出し切っての決着を望む傾向にある。それは興行的にも大事なことで、観客は一流冒険者達の大技が飛び交う、ド派手な戦闘を欲しているのだ。
だがストリックは、そこを清々しいまでに無視する。
決して相手の強みを発揮させないような、嫌らしい手を好むのだ。元来、盗賊は職業柄、真正面からの戦闘には適していない。不意打ち、騙し討ちは上等。毒や麻痺など状態異常もふんだんに駆使し、反撃ができないほど弱った相手にとどめの一撃をチクリと刺すのだ。
正統派剣士vs盗賊らしい盗賊。
ある種、王道の職業対決となった一戦は、間もなく決戦の火蓋が切られようとしている。あくびをかまし、実況のギルド員サミュの説明も適当に聞き流しているストリック。対するリュウレイは律義に頷きながら反応を返しており、やはり対照的な二人に見えた。しかし、距離を取るよう指示が出た時、それに反したのはリュウレイだった。
「あなたは……誰を見ているのですか?」
「ああん?」
真摯な剣士の眼差しだ。
純粋で折れることのない、誇りすら感じさせるその視線は、邪険にできない魅力を秘めていた。それを睨み返すストリックの目は冷たい。暗く、深く、自分以外誰も信用していない目だ。今でこそクシャーナやセミテスタとつるむようになり、感情も多少豊かになったが、彼女の本質はこっちである。
「なんだ……相手にされてないって自覚はあんのか」
「ええ、あなたの眼は私を見ていない。それを、言い訳にされても困るので」
「はっ! 言うじゃねぇか」
「ちょっと、ちょっと!? 離れてくださーい!!」
顔をギリギリまで突き合わせ、まさかの舌戦。
試合前の余興にしては不穏な事態に、闘技場がざわつく。一部熱烈なファンが集う一角では黄色い声援と悲鳴が混じっていたが、それも闘技場の熱量の糧となり消えていく。サミュに引き剥がされ、ようやく別れていく二人。額の汗をそっと拭い、今度こそサミュが試合開始の合図を告げた。
「【戦士の狂宴】Dブロック2回戦! 【灰掛梟】ストリック=ウラレンシスvs【五月雨式】リュウレイ=イサヤ!!」
「――――始めっ!!!!」
*
声援が飛び交う闘技場の中心で、二つの影が疾走している。
「――『アクセラレータ』『ライジング』『クロスステップ』」
「――『清流・流紋の太刀』」
流れるような剣技の嵐の中で、刀と小剣がキンキンと小気味のいい音を響かせる。
今回リュウレイはヤム戦のように待ちの姿勢は取らず、自ら仕合を動かしに行っていた。盗賊相手に待ちという選択はない、そう告げるようにとめどない剣戟が見舞われている。それに対するストリックの動きも軽快だ。右手に小剣、左手に短刀を持ち、決して受けだけに回らず、反撃も返している。
「いきなり激しい打ち合いだーっ!!」
「リュウレイの挑発に乗ったのかな? やっぱり、レベル高いね」
「ええ。彼と真正面から打ち合えるだけでも、その技術の高さが窺えます」
普段のストリックが見せない立ち回りに、感嘆の声が漏れる。
元々、ストリックの戦闘技術は"十拳"の中でも上位に位置している。ここ最近はリュウレイの快進撃が目立っていただけに、逆説的にストリックの強さが証明される形となっているが、これぐらいは普通にやれるのだ。スキル『アクセラレータ』で速度を上げ、『ライジング』で威力を底上げし、盗賊の機動術『クロスステップ』で間合いをコントロールする。
(……なかなか踏み込めない、牽制が上手いな)
今まで入れ替え戦でリュウレイに敗れた者達は、彼の速度に押し負けていた。圧倒的な手数で間合いを潰し、絶対的な己の領域に引き込む。序盤から激しい切り結びを行ってはいるが、まるで見えない線で遮られているように、ある一定の範囲内への侵入は許されていない。
「――――っ!!」
不意に投擲された暗器を弾き、大きく距離を取る。
「なんだぁ? 剣士が自分から離れてどうすんだ?」
わざと隙を曝け出してからの、誘い込み。
ストリックの挑発がリュウレイの神経を逆撫でするが、深く息を吐き精神を整える。ストリックが羽織る重厚なマントの内側、そこは漆黒に染まり詳しい様子は窺えない。だが蠢くような黒い手を微かに視界に捉え、リュウレイは思案する。
(投擲の正体はあれか……厄介だな)
まるで腕が4本もあるようなものである。
対人戦に磨きをかけてきたリュウレイではあるが、相手の動きは当然人の領域を出ることはなかった。人体の稼働領域とでも言おうか、その中で間合いの掌握合戦を行う剣士は、その予測の範疇を逸脱する攻撃には弱い傾向にあった。弾いた暗器は何か濡れており、毒や麻痺の類が疑われた。
(防御の選択肢はなし……いいさ、剣士には剣がある)
確かな実力に裏打ちされた、刹那の駆け引き。
決して侮っていたわけではないが、どこかで勝手な盗賊のイメージを押し付けていたのかもしれない。相手は名だたる強豪を押さえつけ、序列2位を譲らない世紀の狩人である。強敵を眼前に見据え、全てを叩き切る意志を強めたリュウレイ。だが、そんな彼を前にストリックは唐突に構えを解き、言い放つのだった。
「やっぱもういいわお前。つまらん」




