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61話:戦士の狂宴-閑話⑦

 全身全霊を掛けて戦い、負けた。


「ふーーーーっ…………」


 待合室で一人、オルゲートは仁王立ちで仕合終了後の精神統一を行っていた。


 今回クシャーナ対策に呪戦斧『カースイーター』を持ち出したことは、間違いだとは思っていない。最終的には武器破壊によって勝敗は決してしまったが、この呪具を扱うと決めた以上はないものねだりもできない。手に持ったままの斧とはまた別、壁に立てかけてあるのは終戦斧『ソウルアイゼン』。


「ふん……全ては己の未熟さ故よ」


 どこか恨めしそうな視線を幻視し、そっと言い訳を零す。


 呪戦斧『カースイーター』は呪具である。


 『呪い効果を喰らい、力に変える』効果を持つが、これはメリットに当たる。対するデメリットはというと、『別武器の併用不可』というもの。これは一緒に持つことすら許容されないもので、オルゲートは必然的に相棒である、終戦斧『ソウルアイゼン』を置いていかざるを得なかったのだ。


「とはいえ……この一戦だけの長物にするには惜しいな」


 結果敗れこそしたが、今回の仕合内容には満足している。


 装備を変えることで、また新たな試合運びができることを、身を以て証明できたからだ。オルゲートは戦士だ。敗北は恥であり、負けが嵩んでいる彼に対して、厳しい声も少なからずある。無論そういった声は甘んじて受けるべきではあるが、オルゲートは他の生き方を知らない。


「挑戦者であるこの瞬間に……感謝すべきだな」


 彼が戦士をやめるとき。それは戦いの中で死んだ時だ。


 死する時は戦場で――。それはダンジョンだろうが、闘技場だろうが、道端だろうが関係ない。何時如何なる時でも戦い抜いたという自負を持って、彼はその眼を閉じると決めている。今はまだ、その時ではない。そっと手に持っていた斧を壁に立てかけ、ドシリと備え付けのベッドに腰かける。


「そろそろやかましいのが来る頃だろうしな」


 年を取り増えてきたぼやきに、自虐の笑みを浮かべる。


 待合室に繋がる廊下からは隠す気のない足音と騒ぎ声が聞こえる。敗者にかける言葉などありはしないが、同じ"十拳"に連なるものとしてのよしみか、彼らは笑い飛ばしにやってくるだろう。もしくは、ヤムやセミテスタあたりはオルゲートが引退するかもしれないと、心配しているかもしれない。


 乱暴に叩かれるドアの音を合図に、オルゲートは内側から声を掛けるのであった。



 *



 オルゲートを一頻り弄った後、ストリックは一人闘技場内をふらついていた。


 本日の第二仕合、Dブロック2回戦はストリックvsリュウレイ。彼女はまさしく当事者なのだが、事前に精神統一や準備をするでもなく、何やら物思いに耽っているようだ。彼女の頭の中にあるもの、それは対リュウレイを想定したものではなく、先ほど終わったクシャーナvsオルゲート戦のハイライトだった。


「おっさんは結局大したことは言わなかったが……」


 まだ仕合が残っている中で、対戦者の手の内を晒すなど戦士の風上にも置けない。無論オルゲートのようなガチガチの戦士ではなくとも、各自そうした想いは持っている。そのため、仕合終了後の駄弁り合いは、主に労いと称賛の言葉で埋め尽くされていた。


 ストリックとて、根掘り葉掘り聞くことはしていない。


 だが、やはり生の声とは貴重なものだ。その中でストリックが引っかかったのは、オルゲートの『自分の間合いで勝負を決められなかった』という言葉だった。呪具対策を施し、序盤の主導権は間違いなくオルゲートが握っていた。


「おっさんの呪具対策は、一つの正解だった……」


 だが、オルゲートは負けた。


 オルゲートはクシャーナの固有スキルと呪具の関わり合いを知らない。その中で、自力でそこまで辿り着き実行に移したオルゲートの戦術は、本来手放しで称賛されるほどのものだ。誰しもが追いかけ手の届かなかったクシャーナ相手に、あと少しで土を付けるほどに迫ったのは彼が初めてだ。


「呪具以外にも、警戒すべき()()がある……?」


 ストリックは、呪戦斧『カースイーター』の効果を知らない。


 だがクシャーナの挙動を踏まえると、何か無効化や弱体化に近い影響は受けていたはずだ。()()()()、クシャーナはオルゲートの猛攻を凌いだ。その事実が、ストリックに言いようのない違和感をもたらしている。盗賊の勘が警鐘を鳴らすも、まるで霧がかかったようにその先に進めない。


「……もう決勝の心配か?」

「あん?」


 どうやら考え事に熱中しすぎていたようだ。


 反射的に反応を返した先、そこには闘技場の通路の壁に背を預けるスカルの姿があった。知らずに呟きとして口から漏れ出していたようで、なるほど確かにその内容は、対リュウレイ戦を控えた闘技者としては相応しくなかったかもしれない。


「最近は随分人間らしくなったなぁ、【放浪武者(サムライ)】さんよぉ……弟子の心配か?」

「…………」


 沸点が低いストリックの煽りに、無言が返ってくる。


 通り過ぎ様に悪態を付き、そのまま素通りをしようとしたストリック。だが何の気まぐれか、クルリと振り返り、今度は上機嫌に問いを投げかける。


「なぁ、あんたはどう見てるんだ?」

「…………」


 雑な振りだが、意味は伝わっているようだ。


「つまらねぇ返答だな……。無言だなんて、()()()()()()ようなもんだぜ?」


 今度こそ、ストリックは振り返らなかった。


 ストリックの問いは、ストリックvsリュウレイ戦の、ズバリ勝敗の行方についてだ。"十拳"の階段を瞬く間に駆け上がったリュウレイの実力を高く評価する声は多い。事実、それだけのものは備えている。だが、彼は()()()()()()()()()()()()()()


「結果が決まってる仕合のことなんざ、考えるまでもねぇだろ」


 それはスカルの問いへの答え。


 それを無言で受け取ったスカルは、闇に消えるストリックをただ見送っていた。

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