60話:戦士の狂宴-閑話⑥
激闘の末、強敵を打ち破ったクシャーナ。
新旧序列1位対決を制した訳だが、決して圧勝と呼べるものではなかった。
「オルゲート……強かったなぁ」
天井を見上げ、ぼそりと独り言を零す。
待合室の簡易ベッドに大の字に寝転がるクシャーナ。闘技場の傷は持ち越すことはないが、ベッドに投げ出した四肢が疲労で碌に動かせないことが、激戦の証となっていた。その周りに、他の人影は見えない。いつものお約束と言うべきか、仕合が終わって早々ストリック達が雪崩れ込んできたが、クシャーナの顔を確認するや否や、長居せずに去って行っていた。
数回のやり取りで、こちらの状態は掴めたのだろう。
クシャーナからしてみれば、もっと根掘り葉掘り聞かれると思っていただけに、逆に拍子抜けするほどであった。セミテスタなどは許可なくクシャーナの伸びた髪で三つ編みを編んでいたりしていたが、ストリックの脇に抱えられ仲良く退場していた。
「それはあなたの顔を見て安心したからでしょ」
「なんで? 別に何にも変わんないけどな。髪は伸びたままだけど」
頭の中に響くマリアの声に、口に出して応える。
本気で分かってなさそうなクシャーナ相手に、マリアがため息をつく。それと同時に、心が暖かくなるのを感じる。呪具の強制使用により、精神を蝕まれ廃人手前になった過去を持つクシャーナ。人との付き合いも孤児とシスター以外にはまともになかった。
「そんなクシャーナにお友達ができたなんて……お姉さんは嬉しいよ」
「何一人で納得してるの? まあなんか嬉しそうだからいいけど」
一人でボソボソ呟くマリアを頭の端に追いやり、仕合の振り返りに思考を戻す。
今回の苦戦の原因は分かり切っている。
相手が明確に呪具対策を練ってきたこと、これに尽きる。呪具の特定セットを媒介にした疑似憑依――奥の手までつぎ込んだ薄氷の勝利。いずれ対策されることは分かっていたが、ここまで行動に制限がかかるのは流石に予想外であった。ベッドで身体を左右に振りながら、マリアに投げかける。
「呪戦斧『カースイーター』かー。『鑑定』と『無効』に助けられたのはあるけど、もっと上手い躱し方あったかな? 飽和も考えたけど、ちょっとリスキーだよね」
「近距離での『呪具効果を喰らう』能力があった以上、遅かれ早かれ同じ展開にはなっていたでしょうね。あの戦士相手に飽和待ちは……怖いわね」
「やっぱそうだよねー」
初見の武器に対応できた理由は、クシャーナの固有スキル:『呪物操作』にある。『呪物操作』の能力、それは呪具効果の『鑑定』『無効』『反転』『付与』。
呪具である以上、そのデータはクシャーナには『鑑定』で筒抜けである。そして『無効』による、文字通りの無効化。ただし呪戦斧『カースイーター』の無効化は試合が始まって大分後、マリア憑依時に直接触ることで発揮されていた。『鑑定』は目視のみで発動するのに対し、『無効』の発動条件は少しややこしい。
まず直接触ること、これは分かりやすい。
そしてもう一つは、その呪具効果に対して、直接対象になっているかどうか。つまりクシャーナが相手の呪具で直接呪われたのであれば、その効果の無効化、引いては効果発動すら抑え込める。ユニークモンスターと化した《スワローウェポン・スライム》を仕留めた時が、まさにこの条件に該当していた。
しかし、呪戦斧『カースイーター』の効果は受動的。
あくまで特定範囲内にある呪具効果に反応するだけであり、それは自身の強化という内向きなもの。その強化した力をいくらクシャーナに向けようとも、『無効』の対象にはならなかったのである。無論オルゲートはその絡繰りには気付いていない。仮にクシャーナに直接作用するものであれば、もっと早くに勝負はついていたことだろう。
クシャーナにとっては曲者だった、呪戦斧『カースイーター』。
だが、仕合の後半では完全無効化されており、耐久の落ちるただの斧でしかなかった。マリアの『憑依』で押し切った形だが、それは他の呪具も併用した上での辛勝。特に『血塗られた狂戦士の腕輪』の『反転』による防御力低下は、武器破壊と合わせて、耐久にも優れるオルゲートを押し切れた勝因の一つに上げられるだろう。
「耐久強化系の呪具って、もっと戦士職も使ったらいいのに。対人戦ではデメリットないに等しいじゃん」
「あんたみたいにホイホイ外せないのよ、分かってる?」
呪具愛が溢れるクシャーナを諫めるマリア。
『血塗られた狂戦士の腕輪』の効果は、「敵を引き付ける代わりに、防御力を上げる」というもの。この敵という記述は、概ねダンジョンに生息するモンスターを指すものだ。であるからこそ、街中での対人戦などメリットしかないわけだ。
そして『反転』による防御力低下。
これには対象に気配遮断も付属するのだが、効果の発揮に多少の時間を要する。そこを逆手に取り、攻撃のタイミングで瞬時に『無効』のオンオフを切り替えることで、防御力低下のデメリットを一方的に押し付けているのである。これは近接時における、クシャーナの黄金パターンであった。
「あとはさっきも言ったけど飽和。たぶん狙うこと自体はできたと思うけど、逆にオルゲートがそっちに気づかなくてよかったよね」
「ええ、呪具の特性を深く理解していれば、最初の打ち合いで勝敗は決していたかもしれないもの。そういう意味では、運がよかったと言えるのかしら」
クシャーナ達の言う、飽和。
それは呪戦斧『カースイーター』に呪具効果を許容量以上に喰らわせることで、パンクさせようというものだ。『鑑定』でもそこまでの情報は見通せないが、クシャーナは機能としてはあると見越していた。何故なら許容範囲がないのであれば、自前で別の呪具を発動し続ければ、どこまでも強化ができてしまうからだ。
それが自身を蝕むものだとしても、その効果はすぐ『喰われて』しまう。
結果デメリットはほぼなく、面を喰らうクシャーナ相手に速攻を決めることができたかもしれない。その可能性を話すクシャーナの顔は、笑っていた。誰からも必要とされず打ち捨てられるだけだった呪具が、この大一番で初めて自分以外の冒険者が使ったのだ。
そのせいで苦戦を強いられたことなど、最早頭の片隅にもない。
「やっぱ呪具、最高だな」
恍惚とした表情で呟くクシャーナを、マリアは少し困った様な笑みを浮かべ見つめていた。
評価、ブックマーク登録などよろしくお願いします!




