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6話:呪具の使い手

 呪具を用いた戦闘は特殊である。


「ラーナがやられたっ! ハインズ一歩下がれ! レグは手当て急げ!!」


 パーティーリーダーである、戦士のカロンが吠える。


 全身を呪具で固める物好きはクシャーナぐらいだが、実は他のパーティーでも使う者はいる。魔術師が持つ『大樹アルバトロの杖』などは比較的取り回しも容易で、愛用者も多い。その効果は、「機動力が低下する代わりに魔法の威力が上がる」というもの。


 後衛で固定砲台として運用されるケースが多い魔術師には、大いに魅力的な効果だった。ただし、そのデメリットはパーティーで補わなければならない。


 杖を手に持ち、装備状態と認識されなければデメリット効果は表れないが、ダンジョンではずっと背中に背負ったままという訳にもいかない。慎重を期しすぎても、それはパーティーの行軍に影響を与えてしまう。



 今回はその杖持ちである、ラーナが真っ先に狙われた。


 彼らが今いる場所はダンジョン内で、円形状に開けたドーム状の空間。見通しが聞く一方で、囲まれればひとたまりもない、デッドスポットの一つだった。


 ラーナの肩を抉ったモンスターが、ひょこっとカロン達の前に姿を晒す。


 それは彼らよりもずっと小さい、額に角が生えた兎だった。雑魚モンスターの定番として知られる《アルミラージ》に似ているが、彼らとは一線を画す存在。その赤い目が、今暗闇に無数に浮かんでいた。


 別名『兎詐欺』の名を冠するそのモンスターは、初見殺しとして有名だった。


 初めて中層に降りた、初級上がりのパーティー。臆病な魔術師ラーナの速度に合わせての狩りに、若干苛立ちを募らせていた盗賊のレグ。そんなレグの探知のお遅れと合わせ、相手の見た目で気を抜いた重騎士のハインズ。情報の共有と徹底ができていなかった、リーダーの戦士カロン。


 そんな彼らに牙を剥くのは、ダンジョンの悪意。


 前後左右から()()()()()()()()に発射されるモンスター。彼らの最大の特徴は、直線状における凄まじいまでの速度。あくまで直線状の動きに限られるため、魔術師のシールドや、戦士や騎士の盾での迎撃が有効とされていた。しかしそれも、事前にしっかりと準備ができていたらの話。


 襲い掛かる無数の獣を前に、カロンの目の前が暗くなる。


「へー、《ラビット・スキャム》じゃん」

「こいつら確か《アルミラージ》より美味かったよな」

「うーん、帰りに会ったらお持ち帰りしたかったな~」


 パーティーの窮地に、とうとう幻聴まで聞こえてきたか。


 現実逃避を始めたカロンには、目の前の光景もまるで幻のように映っていた。突如隆起した岩肌に打ち付けられ、真っ赤な華を咲かせるモンスター。潜り抜けた先では、一瞬で綺麗に切り裂かれただの肉塊と化していた。


「で、どうすんだこれ」

「ぷぷ、真っ先に飛び出したのストリックの癖に~」

「兎料理もいいけど、今はお腹すいてないしなぁ」


 瓦解寸前だったパーティーの前に現れたのは、最強の冒険者達。


 依然周囲はモンスターに囲まれており、予断は許さない状況なのだが、彼らの口調は軽い。なんなら口喧嘩を始めながら、飛び込んでくるモンスターを細切れにしている。現実味のない光景にポカンとしているカロン達に、クシャーナから声が掛かる。


「おっ、それ呪具でしょ、ポイント高いね。可愛い子だけど、パーティーで戦うなら上手く付き合わないとだめだよ」

「は、はぁ…………」


 見てて、と告げた彼女は呪具を用いた戦闘を、惜しみなく披露するのだった。



 *



 呪具を用いた戦闘は特殊である。


 強力な能力ながら闇雲に使われないのは、当然デメリットがあるからだ。しかし固有スキル:『呪物操作』と特殊な生い立ち、性格面からそのデメリットを克服したクシャーナにとっては、全てが理想の武具と言っていいほどだった。


「追いかけっこも別に嫌いではないんだけ、どっ!」

「キュッ!?」


 最初からトップスピード。


 側を駆け抜けた《ラビット・スキャム》を追走し、即座に追いつき剣を振るう。彼女の左手中指に収まったそれは、呪具『チェインルートの指輪』。『鎖の根』という名の通り、機動力を犠牲にして魔法の威力を上げる呪具である。奇しくも『大樹アルバトロの杖』と同様の効果を持つが、クシャーナの持つそれはさらに極端。


 犠牲にされる機動力が、ただの移動にも影響を及ぼすレベルだったのだ。


 装備者はまるで地面に縫い付けられたかのように、その場からまともに動けなくなる。そして効果が強い呪具にありがちな、簡単に外せないというおまけ付き。向上する魔法の威力は、同種の呪具と比べても飛びぬけていたが、いかんせん使い勝手が悪すぎた。ダンジョンで移動もままならず、換装も容易にはできない。


 安易にはめてしまった者の末路は、想像に難くなかった。


 しかし固有スキル:『呪物操作』を操るクシャーナには、十二分に有効活用できた。効果の一つである『無効』でいつでも外せるし、使わないときも同様だ。そして今は『反転』で脅威的な機動力を手にしている。逆に魔法の威力は地まで落ちているが、剣技メインに戦えるクシャーナであれば、何も心配はない。


「んー、大分目も慣れてきたかな」


 《ラビット・スキャム》相手には、待ち受けて自滅を誘う戦法を取るのが一般的だ。それを同等以上のスピードで追いかけ回すのだから、傍から見れば恐怖でしかなかった。しまいには隣のストリックがムキになり、一緒に追いかけ回す始末。最早どちらがモンスターか分かったものではない。


「さて、後はお土産にしようか」


 相変わらず呑気なクシャーナの声。


 《アルミラージ》以上の美味とされる《ラビット・スキャム》の肉だが、流通量が少ないため、高級食材として価値がある。その理由は言わずもがな、状態のいい形で捕獲することが難しいからだ。それも呪具の扱い方を熟知しているクシャーナにかかれば、容易なことだった。


「じゃじゃん、本日二つ目の呪具はこちらっ」

「うわぁ……なんか聞いちゃいけないような悲鳴漏れてるけど大丈夫?」


 クシャーナの左手人差し指にはまった別の指輪から、甲高い悲鳴が漏れる。


 呪具の名は『マンドレイクの指輪』。効果は「呪具効果の拡散」。それ自体がメリットかすら怪しいのだが、明確なデメリットも存在する。それは「使用者の精神汚染」。しかし呪具の実験台となった過去からすでにクシャーナへの影響はなく、彼女は嬉々としてそれを使いこなす。


「な、なんだ!? 一斉に《ラビット・スキャム》が地に伏せた!?」

「魔法攻撃しない相手限定だけど、こういう使い方も面白いよね」

「わぉ、ほんとクシャーナといると飽きないよね~」


 呪具は魔道具であり、当然併用も可能だ。


 『チェインルートの指輪』の効果を発動し、それを対象に『付与』する。そして、その効果を『マンドレイクの指輪』で拡散する。対象の魔法威力は跳ね上がっているが、《ラビット・スキャム》は魔法を使わない。結果、デメリットだけ享受することとなり、哀れ機動力を根こそぎ狩られた兎が地面に縫い付けられているのだった。


「そして最後はこれ」

「『スランバー・バブル』……いやにでかいのも、呪具効果かよ」

「そういうこと」


 クシャーナが上空に掲げた掌の上には、巨大なシャボン玉が浮かんでいる。


 水魔法『スランバー・バブル』。その泡を当てた相手を眠らせる魔法である。魔法の割にその泡は大した強度もなく、風などの影響も受けやすい。概ね戦闘では使えないとされている死にスキルだが、それも条件を整えてあげれば済む話だ。


 ポイッと投げられたそれは、固まった《ラビット・スキャム》の群れの上に落ちる。


 『チェインルートの指輪』の効果は、『付与』でクシャーナ自身にはかけられていないが、『マンドレイクの指輪』の拡散で、まわりまわって自分にも効果を付与していた。跳ね上がった魔法威力はその効力を発揮し、群れを一斉に眠らせる巨大なシャボン玉を作り上げたのだった。


「くそがっ……」


 全く底が見えない。


 呪具でなくても対象のステータスを下げたり、行動を制限する魔道具やスキルは存在する。ただクシャーナはそれを()()()()()()()()()()()()()()()。呪具に付き物のリスクも彼女は上手く扱っており、それが足枷どころか第二第三の刃として使えるほどだ。無論それは数多くの呪具効果を瞬時に組み合わせ、一度に行使できるクシャーナのセンスがあればこそ。


 この苛立ちは、彼女への嫉妬だろうか。


 驚きと歓喜に沸くほかのメンバーを余所に、ストリックは一人悪態をつくのだった。

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