59話:戦士の狂宴-Aブロック2回戦④
今闘技場を駆けまわる彼女は、クシャーナであってクシャーナではない。
【血涙】のマリアによる『憑依』状態。
その条件は、『血に染まりし蒼の戦乙女』シリーズの呪具が揃うことにある。それらは、呪剣『トリステスアイル』、『天涯のアクアドレス』、『清貧な賢者の首飾り』の3点。これは遥か昔、一貴族であったマリア=エル=フォングラットが生前に身に付けていた装備品である。
その装備自体は元々、呪具ではなかった。
若くして非業の死を遂げた彼女は、その怨念か、その時身に付けていた3点の装備に意識を宿らせた。呪具『血に染まりし蒼の戦乙女』シリーズという名は、後世の人が勝手に付けた名前ではあるが、こうして時の装備者によりまとめて呪われることで、揃った時に特異な効果が発現することがあった。
数多の装備者を呪ってきた曰く付きの魔道具、呪具。
時代は移り変わり、クシャーナの手元に呪剣『トリステスアイル』が渡った時、彼女はマリアの声を聴いた。固有スキル:『呪物操作』を持つクシャーナはマリアに意識を乗っ取られることもなく、自ら進んで各地に散らばっていた残りの2点も揃え、初めて呪具と共生する装備者となったのだ。
いずれ呪具を用いた戦闘スタイルも、攻略される日が来る。
常々そう話していたクシャーナの危機に、マリアが姿を現すのは当然だった。長い呪具探しの旅を経て、良き話し相手兼相棒となったマリア。そんな彼女に寄せる信頼は厚い。もちろん最終的にはクシャーナのGOサインが出たからだが、元々3点の装備は常日頃から身に付けていたため、『憑依』への移行も容易だったのである。
時を経て心を通わせた二人。
そんな二人が立ち向かうのは、古参の猛者【駆逐要塞】オルゲート=フュリアス。冒険者として一度は超えた高き壁。それでもプライドを捨て全身全霊で挑んできた彼に対し、追われるものとして強さを示さなければならない。その覚悟と信念を持って、クシャーナとマリアは今を駆ける。
*
岩石地帯が平地に変わった頃、ようやく両者の動きが止まる。
「ハァ……ハァ……」
「アラ……追イカケッコハ……モウ終ワリカシラ?」
クシャーナの身体で好き勝手のたまうのは、【血涙】のマリア。
彼女にはまるで体力という概念がないのか、優雅に脚を組んだまま宙に浮かび、オルゲートを見下ろしている。オルゲートも消耗しているとはいえ、彼の猛攻を凌ぎ切ったのも事実。それどころか、一太刀浴びれば命が吹き飛ぶほどの連撃を前に、逆に反撃の太刀まで返していた。
特殊な機動に目を取られがちだが、重要なのはそこではない。
「まさか身体能力で……オルゲートを凌駕する戦いができるなんて」
「あれクシャーナ……でいいんだよね? もはや別人だよ」
解説席からも唖然とした声が上がるほど、クシャーナは豹変していた。
先程までの戦闘で示した【血涙】のマリアの力。
その本質は、オルゲートを真正面から押し返すほどの身体能力にある。恐らく『憑依』による、ごく短時間の超強化。オルゲートは息を切らしながらもそう分析していた。そして、過ぎた力には制限やリスクは付き物だ。
「ああ、追いかけっこは終いだ。……貴様も限界であろう?」
「アラ……意外ニ抜ケ目ナイノネ」
無敵の力など存在しない。
そんなものがあれば、誰も冒険者をやってはいない。そんなオルゲートの見立てはどうやら当たっていたようで、ゆっくり宙に浮いていたクシャーナの身体が下りてくる。羽に見立てていた最後の一滴が地に落ち、朽ちるように蒼い羽は散っていった。
スキル『蒼ノ雫翼』。
マリアがクシャーナに憑依して、初めて使えるようになる技である。
腰に生やした雫翼を操り、高機動且つ超強化された身体能力で押し切る主要技であった。憑依自体が長く続かない中で、『蒼ノ雫翼』の効果時間は更に短い。刻一刻と翼の雫が落ち限界時間を知らせる中、オルゲートは未知の脅威を耐えきったのである。
「ソウネ……本来ハコレデ決メルツモリダッタノニ……」
「これ以上、余計なことはさせんっ!!」
いつの間にか腰まで伸びた髪を弄るマリア。
憑依が長くなれば、マリアの影響がクシャーナの身体にも及ぶ。本来一つの器に二つの魂が存在する状況は、魂を操るスペシャリストである死霊術師でもなければ、大きなリスクを伴うのだ。生前のマリアに引っ張られるような現象が起きる中、これ以上の憑依は危険だ。
オルゲートが勝機を見出す中、それでもマリアは笑って出迎えた。
「デモコレデ……終ワリ――『血溜ノ赫』」
「これはっ……!?」
オルゲートの両足が、突如出現した血の沼に沈む。
スキル『血溜ノ赫』。
これもマリアの憑依状態で初めて使えるスキルだが、効果は『範囲内の敵の束縛と能力低下』というものだった。これは『蒼ノ雫翼』と対になるスキルであり、『蒼ノ雫翼』の雫が落ちた地点を結んでできた範囲が、その血結界の領域となるのだ。
身体が徐々に沈んでいくオルゲートに対し、マリアが一直線に詰める。
上半身だけでマリアの剣戟を捌くが、徐々にその刃がオルゲートの身を刻んでいく。マリアの憑依解放と合わさって『無効』を解除された、『清貧な賢者の首飾り』。その効果は『魔法の使用禁止』と『身体能力強化』。普段は魔法での牽制を優先するため無効化されているが、力で押すマリアのスタイルであれば十分活きてくる。
「ウォオオオオオオオオオオ……!!!」
「ヨク粘ルワネ……デモ、モウイイワ……」
マリアの眼から、血涙が零れる。
長い憑依は、マリアの生前の記憶をも思い返させる。
貴族に生まれた女性ながら、騎士として名を馳せていたマリア。16歳の誕生日の日、招待された屋敷で襲撃を受けた。襲撃犯の元締めはその屋敷を持つ、地方では大貴族の男。以前婚姻を迫った男に、逆に模擬試合を持ちかけたマリア。武勇に勝る夫に迎え入れられた、という体裁のための提案と安請け合いをした男はそこで手痛い目を見た。これは、その恥をかかされた分の報復だった。
祝い事の席のため、普段身に付けていた装備はない。
襲撃の最中、彼女が頼ったのは父からの贈り物。戦場で勇猛を馳せたマリアの父は、娘の誕生日にはいつも実践的な武器や装備を送っていた。馬車に辿り着けばそれを使える。結局、その装備を見つけることはできたが、彼女はそれを見て涙した。
贈り物は、儀式用の剣と蒼いドレス。そして細かい宝飾の首飾り。
独り立ちする16の誕生日には、せめて女としての幸せを感じてほしい。武骨な父からの精一杯の贈り物は、その日血に染まり燃え尽きた。そして今、父からの贈り物を身に纏い、業火に燃えた少女の魂が怨念をまき散らす。
「あーっと!? なんということでしょう!!」
「オルゲートの武器がっ……!?」
サミュの絶叫が木霊し、ギルハートも啞然としている。
クシャーナを追い詰めた切り札、呪戦斧『カースイーター』。猛威を振るったその武器は、今赤の剣線を描くマリアの剣技により、崩壊へと至っていた。まるで腐食のように刃は欠け、最後の一撃で完全にその機能を失う。
「ココマデネ……返スワ。――クシャーナ」
呪剣『トリステスアイル』の真価。
呪われた血による武器破壊スキル『呪壊ノ血』。【不壊】の特性を持つ、終戦斧『ソウルアイゼン』であれば防げただろうが、オルゲートの手元にその相棒の姿はない。最早打つ手なし。足掻きに足掻き続けた最強の戦士は、目の前の剣士に偽りなき賞賛の眼差しを向けた。
「オルゲート、――楽しかったよ」
蒼い剣尖は鮮やかに振り切られ、死闘の決着を告げるのだった。
「Aブロック第2回戦、勝者――クシャーナ=カナケー!!!!」




