58話:戦士の狂宴-Aブロック2回戦③
確かな手ごたえはあった。
いまや岩石地帯と化した舞台で、オルゲートは静かに息を吐く。
慣れない攻撃魔法での追撃であったが、上手くクシャーナの裏をかいたという自負はある。武器の効果が知られていない今だからこそできた博打技でもあるが、戦いとはそういうものだ。そもそも呪戦斧『カースイーター』の実戦投入は今回が初めてであり、ここまで効果的に機能したのは嬉しい誤算だった。
何もクシャーナの強さの全てを読み解いたわけではない。
それでも装備や戦闘スタイルから『呪具を使いこなす剣士』との見方を徐々に強め、彼女を追いかけるべくオルゲートの挑戦が始まった。オルゲートほどの猛者にとっても、その道のりは過酷を極めた。"十拳"の頂点、序列1位をクシャーナに明け渡して以降、何度か訪れた挑戦の場では全て敗退。
そのまま時代の波に呑まれ、現在の序列は7位。
長く序列1位に君臨した最強の戦士としては、実に寂しい現実であった。それでも彼の人気が全く衰えなかったのは、彼が戦うことをやめなかったからだ。そして7位という"十拳"下位に甘んじながらも、彼は再び頂に手を掛けるところまできている。
「オルゲートッ!! オルゲートッ!! オルゲートッ!!!」
「ここに来て、闘技場はオルゲート選手への歓声で溢れています!!!」
「完璧な試合運びと言っていい展開だったからね、しかも相手はあのクシャーナだ」
オルゲート一色の歓声に包まれ、サミュも興奮気味に声を上げている。
クシャーナの強さ、それは常に盤面を支配しているかのような試合運びに現れていた。大抵の人は知る由もないが、彼女の強さの根幹は呪具と固有スキルによる、未知と言っていい戦闘スタイルにある。それが長らく未知のままだったのも、彼女の呪具やスキルの扱い方が非常に上手かったからだ。
ただの一芸に秀でただけの剣士に終わらなかった理由。
それを今最も感じているのは、舞台の中心にいるオルゲートだった。
呪戦斧『カースイーター』を持って初めてクシャーナが呪具を使うタイミングが分かった訳だが、なるほど対応に苦慮するわけだ。初見であればほぼ相手を完封できるだけの手札を持っているにもかかわらず、実に限定的且つ効果的なタイミングでしか使用されていなかったのだ。
戦士のオルゲートであれば、正に攻撃に踏み込む瞬間。
はたまた防御を固めようとした瞬間。呪具を使用されたとすら分からないほどの間隔で、少しずつ優位な状況を生み出し、相手が気付いた頃にはすでに手遅れ。訳も分からないうちに倒されているという、魔法のような戦闘技術であった。
その根幹を潰した今、地力に勝るオルゲートがこの場に立っている。
曲者のクシャーナのことだ、これだけで終わるはずはない。
だが近距離では満足に呪具が使えず、遠距離もこうして潰されたばかり。対策の対策を取られる日はそう遠くないのかもしれないが、少なくとも今日ではない。いい加減待つのにも焦れ、岩山を切り崩そうかと考えたオルゲートが歩を進める中、瓦礫が微かに崩れる音を背後に聞いた。
「ようやく――――」
振り返った瞬間、蒼い目と目が合った。
眼前に広がる澄んだ美しい色に一瞬心奪われるが、オルゲートの反応は早かった。否、早ければこんな密着するような距離まで決して近寄らせはしなかった。遅れて噴き出る汗と焦燥感に駆られ、最短距離で得物を振るう。手ごたえがないまま、肩に浅く切り裂かれたような痛みを覚える。
「ウフフ……キレイネ……」
その声は、真横に振り切られたオルゲートの斧の上から聞こえた。まるで重さを感じさせない羽のような軽さで、目の前の光景すら幻に感じてしまう。そこにあるのは、やはり斧の上にちょこんとしゃがんでいるクシャーナの姿。
だが明らかに様子がおかしい。
「…………誰だ、お前は?」
彼女の顔半分を覆い隠していたマスクはすでになく、その神秘的な光を宿す蒼い目が露わになっている。また心なしか髪が伸びているようにも見える。オルゲートの問いにも答えずなにやらご執心なのは、呪戦斧『カースイーター』に埋め込まれている赤黒い宝玉だろうか。愛おしそうに撫で、ほっと吐息を漏らしている。
「誰だと、聞いているっ!!!」
「アッ…………」
再びオルゲートの怪力を以て振られた、呪戦斧『カースイーター』。
どうやら今度は纏わりつくクシャーナを引き剥がすことに成功したらしい。
曲芸師のような身のこなしで空中で数回転、しっかり着地を決めたクシャーナがオルゲートに向き直る。剣も構えずしばらくボーっとしていた彼女だったが、先ほどの問いを思い出したのか、ドレスの裾を摘まみ優雅な挨拶を返すのだった。
「【血涙】ノ……マリア。――殺シタ誰カハ、ソウ呼ンデイタカシラ」
*
【血涙】のマリア。
オルゲートにその名の聞き覚えはない。そもそも彼女の姿はクシャーナ本人であり、闘技場の性質上、別人への入れ替わりなど許されるはずもない。であるならば、呪具特有の作用だろうか。――いや、もはや考察している段階ではない。
何はともあれ、オルゲートのやることに変わりはないのだ。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「ワァ……追イカケッコカシラ……」
予期せぬ形で始まった第二ラウンド。
それは第一ラウンドと同じく、オルゲートがクシャーナを追う展開となっていた。だが、オルゲート渾身の連撃が全く当たらない。先ほど肩に受けた傷が利き手の動作に多少の影響を及ぼしているが、戦場ではよくある傷だ。時々筋肉の収縮に伴い、血がブシュッと噴き出すが、オルゲートは全く意に介さない。
「痛ソウネ……手当ハ……イラナイノ?」
「笑止っ!!」
片言で拙い言葉が時折聞こえてくるが、全てを振り払う。
そもそも、身体の状態で見ればクシャーナのほうがよっぽど重体である。土魔法『ロック・ウォール』はなんとか凌いだのだろうが、流石に無傷とはいかなかったようだ。額からは血が垂れ、剣を持たない左腕に至ってはすでにブラッと垂れ下がっており、碌に機能していないように見えた。
それでも彼女の動きは軽快だ。
呪具を用いた高速起動とはまた別、独特な機動術によりオルゲートの斧がまるで届かない。今の彼女の足は地についておらず、腰から生えるのは蒼い骨のような羽。羽部分もスカスカであり、まるで軒下に等間隔に生えた氷柱のように、薄らと長い雫のようなものが浮かんでいる。
それが『浮遊』効果を生んでいるのか、人の重さを感じさせない異質な機動を生んでいた。
「なんなんだあれ……」
「あれ、本当にクシャーナなの!?」
まき散らされた動揺と衝撃は、盤外にも届いていた。
様子を見守っていた"十拳"、その中でも交流のあるストリックやセミテスタが絶句している。彼女達ですら知らない異常事態が起こっている。奥の手の一つと言われればそれまでだが、彼女の豹変に心が追い付かないのだろう。その中で全てを見通すスカルは黙秘を貫き、隣のテレサは彼に寄り添ったままだ。
「状態だけで見れば……『憑依』に近いかしら」
「ふむ、私もそう思うね」
特異な装備を使うクシャーナであれば、不思議ではない。
そう論するのは、同じく仕合を見守っていたネルチェ。【剣聖】レギルスもそれに続く。なるほど、他者の魂を使役し『憑依』を使いこなす死霊術師の彼女が言うのであれば、的を得ているようにも思える。結局、見守っているだけのものに多くは分からない。
新たな展開を見せ始めた闘技場では、どよめきと声援が交じり合っていた。




