57話:戦士の狂宴-Aブロック2回戦②
――やられたな。
オルゲートの闘技場を割る一撃を、間一髪避けたクシャーナ。
オルゲートの巨体が舞い上がった土埃に隠れる中、クシャーナは一人心の中で自戒していた。片膝を付き、痛みを覚えた脇腹を思い出したかのように擦る。斧の直撃こそ免れたものの、飛び散る破片を全て捌くことは難しく、『血塗られた狂戦士の腕輪』による防御強化をも貫通し、クシャーナに僅かなダメージを残していた。
土埃が揺らめき、再びオルゲートの特攻が再開される。
熟練の戦技の嵐が、クシャーナの思考すら許すまいと迫る。クシャーナの計算を狂わしたのは他でもない、オルゲートが新調した武器にある。いまや覆っていた布は千切れ飛び、黒光りする鋭利なフォルムを露わにしていた。斧の中心には赤黒い宝玉が埋め込まれており、歪なオーラが揺らめいている。
呪戦斧『カースイーター』。クシャーナの『鑑定』がその名を指し示す。
オルゲートが用意した対クシャーナ戦における切り札、それは呪具であった。効果は『呪い効果を喰らい、力に変える』というもの。別名『呪詛喰らい』の名を持つ、歴戦の戦士が持つには割とニッチな武器である。死霊系のダンジョンであれば猛威を振るうが、それ以外のダンジョンでは無用の長物と化すからだ。
(気づけないことはなかったのに……先入観かな)
オルゲートの前で高らかに固有スキルや装備の説明をしたことはない。最近になってストリックやセミテスタ達にそれとなく話したことはあったが、彼らがその情報を拡散するとも思えない。第一、狙った効果の呪具など、どれほどの伝手と手間をかければ巡り合えるか分からない。つまるところ、オルゲートは自ら考え、以前からそういった準備を進めていたのだろう。
オルゲートの猛攻を捌きつつ、どうしても後ろ向きな思考が離れない。
呪戦斧『カースイーター』により、クシャーナの呪具効果が喰われ、結果として十分な緊急離脱ができなかった。止む無く牽制用に準備していた『アクア・ランス』を地面に打ち付け、飛び散る破片への防御と離脱へのアシストに切り替えた。その結果、離脱には成功したものの、牽制用の手札を失くし、今猛攻に晒されているという訳だ。
「あーっと!? オルゲート選手の猛攻が止まっ、止まりませんっ!!!」
「流石に打ち合いになればオルゲートが有利……。先ほどの離脱と言い、何かがクシャーナの脚を縛っておるのぉ」
実況のサミュから絶叫が漏れ、顎髭を摘まむクリストも訝し気な視線を送る。
数多の闘技者がオルゲートとの打ち合いを選ばなかったのは、そこに勝算を見出せなかったからだ。ただの筋力自慢ではない、確かな戦術と駆け引き、武芸に秀でた一流の戦士。その猛攻を凌いでいるクシャーナにも称賛の眼は向けられるが、このままでは最早時間の問題と見られていた。
(これ……無効化よりも質が悪いな)
決して真正面から打ち合わず、剣で滑らせ、あとはひたすら避ける。
防戦一方のクシャーナが有効手を見つけられない理由、それは呪戦斧『カースイーター』の特性にある。『呪い効果を喰らい、力に変える』効果が、クシャーナを対象にした呪い効果にもかかってくるからだ。そのことから、効果の判別は距離によるもので、その特定範囲に収まるもの全てに影響していると言えた。
負の連鎖がクシャーナを縛っていく。
これによりクシャーナ自身の強化が阻害され、呪戦斧『カースイーター』の強化へと流れていく。またオルゲートを対象にした呪具行使は以ての外だ。何度か呪具『チェインルートの指輪』による足止めも狙ってみたが、これは呪戦斧『カースイーター』装備者への攻撃となるためか、あるいは距離にして零地点となるためか、ほぼ無効化され相手の強化にしかならなかったのである。
クシャーナの強みである、選択式の超強化と必中速攻のデバフ。
その両方が潰されたとなれば、後は呪具と固有スキルに頼らない戦い方しか残っていない。だがクシャーナは元々冒険者に向く才能がないとして、人買いに売られた過去を持つ。無論水魔法やサラに鍛え上げられた剣技は手札として残っているが、純粋な戦士たるオルゲートの舞台で戦うには心許なさ過ぎる。
(リスクは伴うけど……そうも言ってられないか)
まずは兎にも角にも距離を取ることだ。
「おっと、ここでクシャーナ選手が何とか距離を取ったっ!!」
「今の距離だとジリ貧でしょうからね。となると、次の行動は自ずと予想できそうです」
「そうだね……あっ、やっぱり消えた」
マキリとギルハートの掛け合いが、クシャーナの次の手を読み解いていく。
『血塗られた狂戦士の腕輪』効果の『反転』。防御力低下と引き換えに、気配遮断の効果を身に纏い離脱を図る。その効果も呪戦斧『カースイーター』に喰われ、完全な気配遮断とも言えなかったが、いつの間にか漂ってきた霧がその姿を覆い隠す。
水魔法『サイレン・ミスト』。
発動と展開が非常に静かなその魔法は、奇襲や離脱において効果的な役割を果たす。水魔法の微強化と索敵機能を持った、自然の結界である。呪具効果による強化を施さなかったため、その展開は緩やかだったが、逆に上手くオルゲートの意表を付けたとも言える。
「ぬう、仕留めきれなんだか……」
猛攻を続けてきたオルゲートの脚がようやく止まる。
距離が取れれば、恐らく呪具効果もクシャーナを対象とする分には復活する。近接とデバフは捨てるしかないが、魔法+高速起動による遠距離戦はオルゲート相手には相性がいい。魔力量としては今までの経験から、クシャーナに分があるはずだ。
立て直しと第二ラウンドに向けての準備に移行したクシャーナ。
それは有効な遠距離技を持たないオルゲートにとって、最も嫌らしい立ち回りであった。だが、今の彼には呪戦斧『カースイーター』がある。両手で柄を持ち掲げる中、歪なオーラが赤黒い宝玉に吸い込まれ、闘技場に旋風を巻き起こす。
「――『連なる頂』」
オルゲートの口から紡がれる拙い詩が、観客の動揺を誘う。
「――『天地に示すは巌の障壁』」
純粋な戦士であるオルゲートにとって、魔法はあくまで補助的なスキルの一つに過ぎない。魔力量の少なさも相まって、選択肢の一つとして入ってこなかった攻撃魔法。だが、その威力を強引にでも引き上げる機能が、呪戦斧『カースイーター』にはあった。
「――『ロック・ウォール』!!!!!」
土魔法『ロック・ウォール』。自身を中心に円状に拡がる、広範囲魔法である。
掲げていた呪戦斧『カースイーター』をそのまま打ち下ろし、石突きが地面に突き立つ。その衝撃の先が波動となり、地面からは巨大な岩石が次々と顔を出し放射状に拡がっていく。その威力は一流の魔術師のそれと遜色はなく、とても戦士が放った魔法とは思えない。呪い効果を喰らった力の変換先は、魔法であっても有効だったのである。
距離を取ったクシャーナに迫る、岩石の洪水。
この魔法が怖いのは、距離が拡がるごとに生み出した岩石が肥大化していくことである。相手が距離を取ったことを逆手に取った、賢しい一撃。土魔法が生み出す岩石や礫、それらは質量武器であり、その大きさがそのまま魔法の威力と言っていい。
「これは……防げないな」
すでに気配遮断を解除したクシャーナは、棒立ちでそれを眺める。
全てがオルゲートの掌の上。いっそここまで対策されれば、一種の清々しさもある。おもむろに片手を空に掲げたクシャーナは、オルゲートの執念にグッドサインを送り、清々しい笑みと共に岩の濁流に呑まれるのであった。




