53話:三つ巴の死闘①
ダンジョンの最下層で、派手な戦闘音が響き渡る。
先陣を切ったのは、テレサの『刀剣術式』。
一か所に固まっていた死霊術師一味を全包囲、一気に内側へと刃を突き立てた。だが当然これだけで終わるはずもなし。立ち昇る土埃を貫き、尋常ではない速度で単騎特攻に打って出た敵が一人。
灰色のマントで全身を包み隠しており、まるで出方が窺えない。
そんな未知なる相手への対応を迫られ、少しばかりの躊躇が生まれる。その隙をも付かれたのか、意趣返しのように先制攻撃を放ったテレサを捕まえ瞬く間に後方に飛んでいった。
「前を向けっ!」
反射的に目で追いそうになったところに活が入る。
身体の芯に響くスカルの声に当てられ、注視した前方では派手な魔法が複数宙に浮かんでいた。事前に用意していた範囲魔法を駆使し、セミテスタが撃ち落しに入る。視認できた敵は合わせて4人、対するこちらは5人。遠近問わず活躍できるテレサが一対一に持っていかれた以上、後方から支えるのはセミテスタの役目だ。
「撃ち落としと援護に集中するっ! 行って!」
「言われずともー!!」
ヤムの張り切った声に合わせ、残り3人が突撃を敢行する。
ヤム、スカル、ネルチェと彼らはいずれも近接戦闘を主とするため、まずは最低限近づかなければいけない。相対するのは、死霊術師一味の残り3名。内一人は目深に被ったフードで素顔は窺えないが、後の二人は見覚えがある。
「おーおー、こんなところまで血気盛んやなぁ」
「ここならいくらでも暴れられる、それそれ」
神器:【恵みの宝杖アダムツリー】を操る死人イルル=ポッカロ、そして神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】ミーコ=ミラーである。色とりどりの魔法が発現し、宙と地から狙い撃たんと放たれる。大半が初見ではあるが、情報を共有した彼らの歩みは止まらない。大技はセミテスタが相殺し、瞬く間に距離を詰める。
しかし、ここで野に放たれるのは黒に染まった武人。
クシャーナ達の報告にあった、オルゲートの分身である。たちまちその数は膨れ上がり、中央で乱戦に突入する。スカルを以てしても一撃で仕留めきれない巨漢がひしめき合い、前進を阻害する。そこに降り注ぐのは分身の損害を全く無視した魔法の集中砲火。
「……ほんと、厄介なことに巻き込まれたわね」
「君がまさかそちら側にいるとはね、寂しいよ」
噴煙が立ち昇る中、会合した二人の死霊術師の声が戦場にポツリと落ちるのだった。
*
時間は、ボス部屋突入より少し前に遡る。
「あなた達が追ってる彼ら……今ここに来てるわよ」
ネルチェの忠告に緊張が走る。
彼女の言う「彼ら」とはもちろん件の死霊術師一味であり、ギルドとしても"十拳"としても打ち果たさなければならない敵であった。各自顔を見合わせ、お互いに神妙な顔持ちで首を横に振る。ネルチェの告げた情報を裏付けるものはなく、結局再び視線は彼女に戻ってくる。
「死霊術師のスキル『コトダマ』。死者は嘘を付かないわ」
「そんな探し方が……」
言葉少なめな説明だが、話としては頷ける。
スカルが彼女を見つけた時、危険なダンジョンにおいて武器を構えるでもなく棒立ちであった。恐らく先刻の主張通り、ダンジョンで彷徨う死霊と交信していたのだろう。また続く話では、どうやらそう前の出来事でも無いようだ。ダンジョンは誰に対しても牙を剥くが、なるほど彼らの実力があれば、もっとも安全な隠れ場所と言えなくもないのかもしれない。
「潜伏先はすでに掴んでいるのか?」
「……このまま行けば、ボス部屋ね」
すでに場所はダンジョンの深層。
正規ルートで進んだヤム達がここまでトラブルもなく来れたことも考えると、潜伏先としてはむしろそこしかない。ダンジョンの構造や階層数はダンジョン一つ一つで変わるが、最下層にボス部屋があることは共通している。街にも比較的近いこのダンジョンはすでに『攻略済み』、ボスは大型のアンデッドモンスターであった。
「最悪ボス含めた乱戦になる可能性もあるけど、どうする~?」
「愚問だな」
腰の刀に手を掛けて、瞬時に行動指針を示すスカル。
こうして彼らは、ボス部屋での死闘に身を投じたのであった。
*
奇襲を仕掛けたはずのスカル達ではあるが、戦況は拮抗していた。
「ちっ……私に読めるなら、あなたにも読めないはずはなかったわね」
「そういうこと。これでも追われている自覚はあるよ」
ネルチェの言葉に静かに答えた男は、フードをさらっと外す。
見た目は線の細い普通の男性、という感想しか出てこない。外套の下も黒づくめの衣装であり、紫の短髪だけが僅かに存在を主張していた。長い前髪を鬱陶しそうに掻きあげ、ネルチェとの再会に言及する男だが、その瞳は虚ろで曇ったままだった。
「今度は何を企んでるの、【墓荒らし】?」
「ふむ……君には名前で呼んでほしかったけどな。なに、魂の輝きに魅せられるがまま、一度限りの人生を楽しんでいるだけさ」
「ほんと……どの口が言うのかしら」
吐き捨てるよう呟いたネルチェが再び剣を構える。
そんな彼女に倣うように再び臨戦態勢に入るスカル達であったが、眼前の男は依然として自然体のまま。ネルチェとの関係性も気になるが、悠長なお喋りをして逃がしてはたまらない。そんな心情に後押しされ再度踏み込もうとした瞬間、後方で衝突音が響き渡る。
「テレサ!?」
反射的にヤムが顔を向けた先、そこには壁に打ち付けられたテレサの姿があった。悔し気に顔を上げるテレサの瞳には、黄金の十字の輝きが見える。――スカル戦でも見せた、固有スキル:『信仰天秤』の本領。一対一で異常な強さを見せるテレサが、それでもなお押される相手。
ヤム達が息を呑む中、死霊術師一味の最後の一人が、おもむろにフードを脱いだ。
「いいぞ、実にいい。やはり戦いはこうでなくてはな」
フードから零れるのは、太陽の輝きを纏ったかのようなオレンジ色の長髪。雑に首を振るその仕草でさえ、どこか優雅なものを感じてしまう。圧倒的な気品、威厳を身に纏う女性がテレサを自然に見下ろし、高らかに名前を告げた。
「神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】ギルガメイジュ=サン=ケヴィット。……ようやく妾の刻が来た。待たされた分、この高ぶりに応えてもらうぞ」
どうやら出し惜しみはなしらしい。
言葉通りであれば、彼女の持つ漆黒に染まる槍も神器なのだろう。ギルハートの持つ円錐状の槍、ランスとはまた別物。槍の先端は当然尖っているが、傍から見るとただの細長い棒にも見える。どこか心許ない印象さえ受けてしまうが、テレサを圧倒する力は侮れない。
「やれやれ、こうなっては止められないからね……彼女の相手はお願いするよ」
「なっ……逃げる気!?」
総力戦に突入するかと思われた矢先、死霊術師の男の発言にネルチェが噛みつく。そんな挑発とも取れる言葉に、男はにこやかにほほ笑むだけだ。彼らのすぐ後ろにはすでに撤退用の扉が生み出されており、この場に固執しない態度が明確に示されていた。
「ボス部屋って帰還アイテム使えないのに、それずるくない!?」
「ぷぷ、わざわざ乗り込んできたのに相手にされないの可哀想」
セミテスタの悲鳴に、ミーコの煽りが重なる。
そんな中、再びダンジョンに衝撃が走る。先ほどの衝突とはまた別、今度はダンジョン全体が揺れているかのような、大規模な振動だ。その予兆に心当たりがある面々は、前方を見据えながら歯噛みする。振動が強まる中、全て織り込み済みとばかりに、死霊術師の男が撤退の指示を出す。
「ここの主役は僕じゃないからね、大人しく退散するとするよ。ああ……メイジュは暴れ足りないみたいだから、彼女共々お願いするよ」
「おい、ギルー、適当なとこで帰ってきいよ」
「ギル、楽しんでね」
口々に好き勝手のたまい、その姿が闇に消える。
彼らへの追撃を許さなかったのは、この部屋の主であり、ただ一人居残った狂戦士である。当初とは多少の違いはあるが、想定した悪いほうへのルートに突入したのは、どうやら疑いようもないようだ。
「オオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「やれやれ……これは骨が折れるな」
スカルの呟きが零れる中、このダンジョンの最下層ボス、大型の骸骨型モンスター《トレット・ボーダーオブ・デス》が地中から姿を現すのであった。




