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51話:引き合う魂②

 薄暗いダンジョンで剣を構える二人。


 その剣はモンスターという共通の脅威に抜けられたものではない。対峙する二人は物騒なこの場所で向き合い、互いに機を窺っている。一人は今や時の人、『天剣』スカル=ゾゾン。【戦士の狂宴】でテレサを下した実力を以て、様々な憶測や言われなき風評を吹き飛ばした剣士である。その剣はすでに抜き身であり、ひりつく空気を纏っていた。


 もう一人、スカルに相対する人物にも隙は無い。


 呪術師のようなローブを纏い、顔はフードで隠している。体のラインで女性と分かるが、それ以外の情報は拾えない。一触即発な場面でそれを見守るのは、少し離れた岩陰に身を潜めるヤム、テレサ、そしてセミテスタ。彼らは中日二日目もダンジョンに潜っており、運悪く修羅場に遭遇してしまったのである。


「なんでこんなことになってるんだろう……」


 状況が掴めないまま、ヤムの困惑がそのまま声になるのであった。



 *



 事態を遡ること数刻。


 一人、ダンジョンに足を踏み入れた男がいた。


 このダンジョンは非常に入り組んだ地形であり、まるで天然の迷路だ。パーティーはギルドやマップ屋などから安くない地図を購入し、睨めっこしながら潜るのが一般的だ。だが手ぶらな男の足取りは決して乱れることなく、たんたんと特定の道を進んでいる。


「なんだ……? ダンジョンでソロ?」

「声掛けたほうが……って、おい! あれ本物か!?」


 道中すれ違うパーティーは、彼が一人なことに気づくと声を掛けようかという素振りを見せるが、相手が誰か分かると羨望の眼差しだけ残してそっと見送った。そんな好奇に満ちた視線を何度か浴び、いい加減うんざりしてきた頃、ダンジョンを揺らす地響きが彼を襲う。


「うわっ……! おい、これって!!」

「やべえよ! こんな浅い階層に出るなんて聞いてないぞ!?」


 周りの冒険者達が露骨に狼狽える中、男は腰の刀に手をやる。


「《マッド・ワーム》……階層を渡ってきたか」


 まだ浅い階層ということもあり、ちらほらと周りにパーティーもいる中で、彼はモンスターと真正面から相対する。《マッド・ワーム》と呼ばれるそれは、一般的には中層以降に出現する芋虫状の大型モンスターであった。身体の大部分がまだ地中に潜っているにもかかわらず、その凶暴な口腔は彼の頭上の遥か上にある。人一人を容易く丸呑みできる脅威が鎌首をもたげ、彼に狙いを定めていた。


「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」


 甲高い咆哮がダンジョンに響き渡り、次の瞬間に間合いはゼロとなる。


 巨体に見合わない俊敏性、それも《マッド・ワーム》が冒険者に恐れられる一因ではあったが、流石に相手が悪かった。それよりも速く、まるで滑る様に前方に移動していた彼は、すでに刀から手を放していた。


「悪いが人探し中でな」


 もはや眼中になし。


 振り返らない彼に苛立ちを隠せないモンスターは、地面に突き立てた咢をもたげ、再び攻撃態勢に入る。だが重量のある身体を勢いよく動かした反動か、次の瞬間にはその重たい首は鋭利な切り口を残し、ズドンと地面に落ちた。


「お前にも来世があることを祈ろう」


 周りで喝采が起きる中、まるで何事もなかったかのように、【放浪武者】スカル=ゾゾンは再び歩を進めるのだった。



 *



 事の発端は、ギルド長ジークからの依頼にある。


『協力者に監視を付けたら撒かれたから、お前が追いかけてくれ』


 呼び出して早々、意味不明なことを言い放ったジーク。


 そのままUターンを決めようとしたスカルだったが、結局ギルド長という威厳を捨て泣きついてきたジークの頼みを断れず、今に至るという訳だ。曰く付きの協力者を警戒する理由が、このダンジョンにある。最終的には「俺の勘が放っておくとまずいと言っている」と、根拠にならない説明を真面目な顔で言っていた。


「昔からあいつの勘は当たるからな……」


 ジークの現役時代に同じくダンジョンに潜ったよしみ。


 昔と変わらずただの剣士であるスカルにとって、お偉い肩書きを背負った旧友の頼みはなかなか断り辛いものだった。もちろん何も手がかりがない訳ではない。ギルドの監視もそれなりの役者は付けていたのだろう、煩わしく思った件の協力者はこのダンジョンに駆け込んだらしい。


 探し人はその協力者と、先にダンジョン入りしているヤム達だった。


 絶対に鉢合わせさせるな、と釘を刺された手前、スカルは先手を取るために足早に移動する。彼の固有スキル:『天眼(ホロウアイ)』は、人探しにおいても有用だ。彼らの足跡を辿り、最短ルートで迫る。その足取りは下層へと正規ルートで進んでおり、奇しくも同じ軌跡を描いていた。


 中日一日目、ダンジョンから戻ってきたテレサの言葉が脳裏に蘇る。


『明日はね、パーティー戦を意識して動いてみようってことになったの! ボス部屋に乗り込んでも面白いかもって!』


 碌に他人に興味を示さなかったテレサの笑顔が、同時に思い出される。


 【戦士の狂宴】でやりあった遺恨などまるでなく、テレサはスカルを「お爺様」と呼び、ベタベタに甘えるようになった。彼女の崇拝する教皇ハインデルの入れ知恵によるものだが、スカルも邪険にはしなかった。リュウレイも含め、急に賑やかになったものだと人知れず嘆息する。


 若き才能に見た可能性。


 彼らならば超えられるかもしれない、古き時代に生きたあの【剣聖】を。スカルが若かりし頃に見た、剣の終着点そのもの。リュウレイからしてスカルがそうなのだが、スカルの『天眼』には今もその理想が焼き付いて離れないのだ。


 規則正しく一定のリズムで動いていた足が止まる。


 どうやら物思いに耽っている間に、目的に辿り着いたらしい。ダンジョンの少し開けたところで、無防備に佇んでいる黒のローブに身を包んだ人物。彼の眼がそうと指し示す中、何気なく探ったその瞬間に、スカルは剣を抜いていた。


「――剣を抜け、【()()】レギルス」


 強烈な殺気――空気を震わすような威圧に、件の人物が反射的に振り返る。


 スカルの感情は今、激しく揺さぶられている。危険に満ちたダンジョンの中でさえ平時そのままだったそれは、今や見る影もない。もう二度と叶わないはずだった再会――言葉にできない感情を纏いながら、スカルは再び歩を一歩ずつ進める。


 奥で見守るヤム達に気づかないほどに、スカルは平常心を失っていた。


 相対する黒ローブの人物も、突如受けた殺気に焦る挙動を見せたが、瞬時に切り替え抜刀。無遠慮に近づいてきたスカルの足が、一定の距離で止まる。そこはすでに射程圏内、次の瞬間にはどちらかの首が落ちていてもおかしくない。そんなひりついた空気がダンジョンを支配する。


「なんでこんなことになってるんだろう……」


 ヤムが無意識に発した声は、掠れていた。


 野生動物なら瞬時に逃げ出すであろう、命の危険を感じる空間が彼らを中心に渦巻いている。本能的に身体がこの場からの撤退を促すが、必死に理性で止める。これを見逃すなんてありえない。単純な好奇心で命を投げ出すほど愚かなことはないが、残念なことに冒険者はそういう生き物だった。


 もはや衝突は避けれない――向かい合う二人が剣を構えた瞬間、その姿が掻き消えた。


「きれい……」


 達人同士の切り結びは、その中間に十字の光の輝きを残した。


 高速で動き合いながら、付かず離れずの距離で絶えず剣が振られる。夜空に浮かぶ星のように、刹那の輝きが薄暗いダンジョンに瞬いては消えていく。無駄な破壊もなく、まるで一組の演武のように彼らは光を生み出し続けていた。


「あっ……!」


 うっかり声が漏れたと、慌てて口を塞ぐのはテレサだ。


 光の輝きが一定範囲で強まり、そして弾けた。ようやくまともに姿を見せた二人は、すでに次の態勢へと移行していた。相手へと剣の切っ先を真正面から向けた、突きの姿勢。腕を引き踏ん張る姿勢から一転、弾かれるように前へ。


 テレサを屠ったスカルの突き、『死突』。


 強者にのみ死を告げる最速の突きは、最短距離で両者の中央地点へ。剣の切っ先が霞む中、1点に集中された力がぶつかり合う。真正面からの正面衝突、お互い無事では済まないはずの威力を纏ったそれは、お互いの剣の切っ先で相殺し合い、その余波が後方に押し出される。


 衝撃でローブが捲れ、そこから覗いたのはピンク髪の乙女の顔。


「ふん、私と同等など……随分怠けたものだな」

「いいや、君が腕を上げただけさ。……我が友スカル」


 だが、その声色は落ち着いた男性の声であり、整った容姿に笑みを宿すのだった。

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