50話:引き合う魂①
【戦士の狂宴】本戦2日目が終わった。
"十拳"の中で4人が振り落とされ、残るは6人。勝ち上がったのは歴戦の猛者オルゲート、流星の如く現れた若き剣士リュウレイ、魔術師対決を制したエミット、ついにベールを脱いだ『天剣』スカル。そして序列1位のクシャーナ、2位のストリックが控えるという形だ。
激戦を終え、再び束の間の休憩に入った闘技者達。ただ人数が絞られてくるにつれ、中日を過ごす彼らの動きも少しずつ変わってきたようだ。
「テレサ、こっちこっちー」
「ま、待って、ヤムお姉様……!」
「のんびり行こうよ~、慌てなくてもモンスターは逃げないって」
ダンジョンの中で場違いな明るい声が響いている。
ここは街に隣接するダンジョンのうちの一つ。先頭を走るのは踊り子ヤム、それを追うシスターテレサ、そして魔術師セミテスタが最後尾に続く。ハクマを除いた、お役御免となった"十拳"の面々であった。彼らは一足先に衆人環視の目から解放され、【戦士の狂宴】の中日を利用してダンジョンに潜っている。
死と隣り合わせのダンジョンにおいて、彼らの足取りは軽い。
元来冒険者は生活のために危険なダンジョンへと足を伸ばすのだが、彼らにはどうやら当てはまらないようだ。あくまで気分転換という、命を賭けるには安すぎる理由で、ズンズンと下の階層へと降りていく。階層を潜るにつれ、このダンジョンにおけるテーマが少しずつ露わになる。
「うわぁ……」
「うん、気持ちは分かるけど……まあこれも慣れだよ」
若干引いた様子のテレサに新鮮味を覚えつつ、ごめんねと軽く謝るヤム。
腐りかけの肉体を持つすばしっこい大鼠を切り飛ばし、泥のような色をしたスライムを土魔法で核諸共押しつぶす。中間にテレサを据えて、まるでお姫様のようにエスコートする二人。今回はそう、アンデッドモンスターが多く出現するダンジョンであった。
当然ここを選んだのには、理由がある。
「あ、テレサ! あれ見て、《スケルトン》! 神聖魔法使える?」
「う、うん……!」
彼らの目の前に立ちはだかるのは、物言わぬ骸。
人型の白骨モンスター《スケルトン》。アンデッドの代表的なモンスターであり、大体が何かしらの装備を身に纏っている。それは夢半ばで散った冒険者の亡霊か、髑髏をカタカタと鳴らし生者を引き込もうと近寄ってくる。ヤムが牽制する中、テレサが剣を収め祈りの態勢に入る。
シスターが使う魔法、それが神聖魔法。
彼らは神に祈りを捧げることで、光魔法の一部が使えるようになっている。一部、というところがミソであり、純粋な光魔法の使い手と区別するためにそう呼ばれているのだ。最も白魔術師は黒魔術師よりも少ないとされ、冒険者にとってはシスターのそれが光魔法という認識だった。
神聖魔法には、攻撃用の魔法は少ない。
だが、アンデッドモンスターには特攻付き。殲滅に手間のかかるモンスターではあるが、浄化してしまえば一発という訳だ。今回のダンジョンアタックの目的、《スケルトン》を死霊術師が使役する仮想敵とみなし、手順を確認する。戦闘の最前線ではあまり見られない光景に、ヤムとセミテスタがそれぞれ興味深そうに視線を送っている。
「――『祈り捧げよ、照らすは救済の光』」
厳かな祈りに導かれ、聖なる光が《スケルトン》に降り注ぐ。
「――『キュア』」
強力なスキルを叩き込んだ時のような衝撃はない。だがまるで魂がフッと抜けたかのように《スケルトン》が崩れ落ち、再び物言わぬ屍に戻る。それを見ても半信半疑なヤムは、手持ちのナイフで執拗に突いた後に、ようやく効果を実感したようだ。
「テレサすごーい!」
「ヤムお姉様、く、苦しい……!!」
容赦なくテレサに抱き着き、頬を擦り合わせるヤム。
悲鳴を上げるテレサではあるが、彼女もまんざらでもないようだ。今回の発起人はヤムであり、これはテレサとの交流を深めるためでもあったのだろう。誰に対しても遠慮なしに距離を詰めてくるヤムは、テレサからの「お姉様」呼びをも獲得していた。
和気あいあいとした雰囲気を醸し出しながら、一行は道行くモンスターを片っ端からなぎ倒していくのだった。
*
天気のいい昼下がりの午後、ギルド長室には男女の姿がある。
一人は備え付けの執務机と椅子に巨体を挟まれ、書類に埋もれている男。もう一人はその前に立ち、何やら淡々と報告しているようだ。
「――私から言えるのはこのぐらい」
「ああ、助かった。ありがとう」
報告を受け、ギルド長室の椅子の背もたれにドカッと体を預ける。闘技者達が思い思いに過ごす中、ギルド長ジーク=モーデンは今来客を迎えていた。
【戦士の狂宴】の開催まで何とか漕ぎ着け、ホッとしたのも束の間、厄介事は次から次へとやってくる。現在ジークを悩ませているのが、件の死霊術師に関してだ。"十拳"に死人であるハクマを送り込み、クシャーナ達ともすでに一戦交えている。彼らの狙いはいまだ不明だが、戦力的に決して無視することはできない相手だ。
素直に感謝を告げるジークは、改めて目の前の客へと目を向ける。
呪術師のような長めの黒いローブを身に纏った女性である。フードを目深に被り、対面のジークにすら不愛想を貫いている。顔は良く窺えないが、胸には首から掛けたロザリオが乗っていた。それだけ見ればお忍びのシスターに見えなくもなかったが、腰には鞘に収まった一振りの刀。協会所属の近衛シスターとはまた別の圧を感じる得物だ。
すでに件の死霊術師の調査という点では、彼女の役目は終わっている。
だがジークは調査書を睨みながら、次の切り出し方について悩んでいた。各方面に根は拡げてあるが、死霊術師のコミュニティは狭く排他的だ。その中で、同業の協力者が得られたことは僥倖であった。渋る彼女を馴染みのギルド員から説得してもらい、高価報酬ありのクエストとして発注して、ようやくこの場まで漕ぎ着けたのだ。
――逃したくない、そんな一心で言葉を振り絞る。
「……それでだ、できれば関係者にも君を紹介したいんだがどう――」
「嫌」
「…………」
「嫌よ」
取り付く島もなく、ジークは露骨に項垂れる。
さっさと報酬をよこせ、私はそれで帰る――無言の圧を放ち、ジークに迫ろうとした女性から、別の声が漏れる。
「少しばかり、ここに滞在してもいいんじゃないかな」
「レギー……?」
決して大きい声ではない。
だが不思議と意識が引きつけられるような、落ち着いた男性の声だ。女性が胸のロザリオを掴み、少し困惑した声を漏らす。あれがそうかと、目を細めてみるジークには目もくれない。そのまま二言三言呟いた女性はため息を零し、やがてくるりとジークに向き直り言い放った。
「私は私で好きにさせてもらうわ。でも、何かあれば……宿に報せをよこしてくれたらいい、それじゃ」
何やら考えが変わったのか、どうやら最低限の協力はしてくれるらしい。
彼女が開け放ったドアが緩やかに揺れる中、ギルド長ジークは安堵とも不安ともつかないような表情で、そっと深い息を吐くのであった。
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