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5話:瑠璃色蝶は蒼い夢を見る③

 静かな告白は、一人の少女の決意で締めくくられていた。


「……とまあ、そんな感じ。これけっこう恥ずかしいね」


 若干照れくさそうに話を終わらせるクシャーナ。


 別に後生大事に胸に秘めていたかった思い出という訳でもない。それでも聞かれたからといって、誰にもでも話すような内容だとは思わない。今こうして話せる相手ができたという事実に、クシャーナは密かな驚きを感じていた。


「……まあそれで冒険者のトップに上り詰めるんだから、実際すげぇよな」

「うんうん……努力が実を結んだんだねぇ」


 素直に感心するストリックと、すでに涙声なセミテスタ。


 きっとクシャーナの覚悟の重さは、彼女にしか分からない。それでも辿り着いたこの場所が、どれほどの高みかをストリック達は知っている。茶化すでもなく、素直に受け止められたのは、彼らもまた身一つで頂に挑む冒険者だからだ。


「え、でもさ、気に障ったらごめんだけど……クシャーナ、見えてるの?」

「視覚に頼らない冒険者もいねぇことはないだろうが、そんな素振りは感じなかったな」

「ふふ、気になる?」


 聞きづらいことでもずけずけ聞いてくるセミテスタ。


 クシャーナ達に比べると埋もれがちだが、彼女も彼女でいい性格をしていた。そして、そんな彼女を好ましく思うクシャーナは、惜しげもなくお気に入りの呪具を披露する。


「絡繰りはこれ。『堕天使の祝福』シリーズの一つ、『絶望の断罪マスク』だよ」

「よく付けてるマスクだよな。それどんな効果があるんだ?」

「もう響きが不穏なんですけど! というかシリーズ化してるの!?」


 クシャーナが手に掛けたのは、今も顔に装着している漆黒のマスクだ。


 いまや彼女の代名詞と言っても過言ではないそれは、顔の上半分を覆うゴーグル状のものだ。中央には十字の装飾と、耳元あたりは羽のように尖った形状をしている。まさしく堕天使が身に付けるようなそれを、平然とセミテスタに差し出す。


「ふふ、そうだな。セミちゃんに試してもらおうか」

「うぇ!?」


 焦るセミテスタに、にじり寄るクシャーナ。


 物がものだけに、当然の拒否反応を示すセミテスタだったが、身から出た錆だ。覚悟を決めようとするセミテスタに、クシャーナがじわりじわりと迫る。


(あ、でもクシャーナの素顔……初めて見たかも)


 必然的に近づいてくるクシャーナの顔を、まじまじと見つめ返す。


 彼女の髪と同じく、綺麗な瑠璃色の瞳だ。吸い込まれそうなその瞳は、今セミテスタただ一人に注がれている。冒険者のトップともなれば、戦闘能力はもちろんだが、その人気も桁違いだ。


 髪やドレスの色などから【瑠璃色蝶(ラピスラズリ)】と呼ばれるクシャーナ。


(あ、あー---っ! 近い近いよぉ!?)


 端正な顔立ちから、きっと美人だろうとは思っていた。


 だが何よりも、その瞳の神秘性に魅せられたセミテスタは、急に金縛りにあったように顔を真っ赤に染め、ガチガチになっていた。面白がって笑うストリックの声が微かに聞こえるが、それも聞こえなくなりそうなほど胸がドキドキしている。


 こ、これが冒険者のトップに立つ実力なの……!?


「はい、装着っと」

「あっ……あ゛ー----------!!?」

「ぶふっ、どっから出したんだよその声」


 上からスッと被せられたそれは、なんの抵抗もなくセミテスタの顔に張り付いた。


「ええ!? これ取れないよ!? 暗いし! クシャーナ!?」

「え、だって呪具だもん」

「くくっ、似合ってるぞー、テスタ」


 焦りまくるセミテスタに、彼らの声は届かない。


 単純にマスクをしたからではない、一切の視力、光の遮断。突如の真っ暗闇に平衡感覚を失い、全てがおぼろげになる。早くも泣きそうになる彼女だが、辛うじてその前に呪具のメリットとも呼べる効果が発動する。


「え? え? なにこれ!? 周りの情報が一辺に頭に入ってくるような……!!」

「そうそう、『視覚』を代償に得られる効果が、視覚以外の『感覚覚醒』だよ」

「視えてるってそういうこと……」


 視力を失った人は、他の感覚が研ぎ澄まされるという。


 それは聴覚だったり、触覚だったり。人間の生きる本能の成せる業だが、それを強制的に生み出し引き上げる効果が、どうやらその呪具にはあるらしかった。さっきまで歩いていたはずなのに、全く未知の世界が拡がっているようだ。


 身近にあるものだけではない。


 ダンジョンの入り組んだ通路の先に蠢く影や、地形の詳細、入り込む風の音、そこに紛れる匂い。そんな膨大な情報が、直接その場で見て、触って、感じたかのように分かる。


「はい、おしまいっと。ごめんね、怖かった?」

「……なんか不思議な夢見てた感じ」

「おいおい、仮にもダンジョンの中だぞ」


 クシャーナが少し申し訳なさそうに話し、呪具を取り外す。


 セミテスタはぽけーっとしたままだったが、ストリックに小突かれ、徐々に意識が覚醒してきたようだ。彼女も冒険者、財宝のみならず、未知の経験や興奮を求めダンジョンに潜る、酔狂な人種の一人。今は嬉々としてストリックにその情報を伝えようとしているぐらいだ。


 その姿を見て、クシャーナは安堵の表情を浮かべた。


「ちなみにだけど、そう視る以外に、()()()()()()方法もあるんだよ」

「え……?」

「あー、もしかして『反転』か?」

「ストさん正解。冴えてるじゃん」


 マスクを持ったままウィンクするクシャーナ。


 その瞳には、得難い友となった二人の姿が鮮明に映っている。呪具の効果の『反転』、つまりは他の感覚を抑える代わりに、視覚が覚醒、回復するということだ。ある程度、固有スキルの効果でその出力は調整できるらしく、通常見える程度の視力に落ち着けると、他の感覚も日常生活を送る分には問題ないらしい。


「う~~……クシャーナぁ!!」

「はは、何照れるんだけど」

「なんか、なんかね! よかったなって!!」


 涙目で抱き着くセミテスタに、今度はクシャーナが固まってしまう。


 そんな二人をニヤニヤ見つめるのはストリック。感情がストレートなセミテスタと、何を考えているのか分からないクシャーナ。そんな二人に振り回されることの多い彼女ではあるが、それでも今のこの共有している気持ちは、一緒だと確信できた。


「うん、ありがとう」


 短く紡いだクシャーナの言葉。


 それは場違いなダンジョンという魔境に、優しく流れるのだった。

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