47話:戦士の狂宴-Cブロック③
脚の止まったスカルを襲うのは、断罪の刃。
視界を埋め尽くす光の刃がスカルを取り囲み、全方位から無慈悲な死を告げた。耐えるほどの防御力も、逃げ出せるほどの機動力も今の彼にはない。いよいよ勝負が決まったかと思われたが――彼はまだそこに立っていた。
「『天剣』……ようやく見せてくれたね」
ポツリと呟くのは、VIP席でゆったり観覧していた、教皇その人。
スカルと浅からぬ因縁を持つ彼は、彼の剣が日陰に隠れていることを誰よりも憂いていた。本人がその立場を望んでいたとはいえ、このまま表舞台に姿を見せず腐らせるのは余りに惜しい。そのため教皇ハインデルは"十拳"の席に彼を縛り付け、来るチャンスを虎視眈々と狙っていたのだった。
(何故……いや、何をしたかは分かってる……でも、そんなのって)
テレサの頭の中では自問自答が繰り返され、エラーが吐き出され続けている。
確実に仕留めにいった一撃だった。決して、最初の牽制のようなお遊びではない。『信仰天秤』を解放しての最高出力。ただでさえ、スカルは身体能力制限の足枷を負っているのだ。避けられるはずがない。いや、避けてはいない――だがそんなことが本当に可能なのか。
理解できていても頭がそれを拒む。
そんなラグの処理に苦しむテレサをおいて、対面のスカルが再起する。ゆったり上体を起こす彼の右手に握られているのは、鞘から抜かれた刀。今まで抜刀を頑なにしてこなかったスカルに、とうとうそれを選択させたのである。
「えー……スカル選手はどうやら無事のようですが……解説願えますか?」
「あー……」
実況のサミュが苦し紛れに解説席に振るも、反応は芳しくない。
隣に座るギルハートが言葉に詰まり、クリストもそっと顔をそらした。必然的にサミュの視線が向かう先は、特異な眼を持つ"十拳"初の弓兵、マキリ。彼も随分と難しい顔をしていたが、他に答える者がいないと分かるや、観念して言葉を紡いだ。
「おそらくとしか言えませんが……彼は斬ったのでしょう、相手の攻撃を」
*
無形を斬る剣、それが『天剣』。
スカルが辿り着いた境地、それは一振りの剣で全てを圧倒する剣技。剣士としての頂を追い求め続けた彼の"眼"には、最初からゴールは映っていたのである。彼はその差に絶望しながらも足掻き続けた、ただの凡才。一つ、誰よりも持っていたのは"執念"。ただ、それだけであった。
「手間などと言いつつ……すでに仕込んでいるとは、どこまでも悪趣味な」
「…………っ!!」
スカルの呟きにテレサの身体がビクッと震える。
得体の知れない生物に怯えるように、武器を構えながらも及び腰なテレサ。そんな姿に嘆息しつつ、不思議と苛立ちもないスカルは遠い目をしていた。天賦の才を持つリュウレイとテレサ。例え片方は仕組まれた出会いだとしても、今はその先を見てみたい。
凡才であるこの身が辿り着いた境地など、最早通過点。
愉悦が収まらず、スカルの身体が不気味に揺れる。彼の眼を以てしても、彼らの今後は読み取れない。それほどまでに無数の道が拡がっているのだ。ならば、私はそこに立ち塞がる壁となろう。いつかそれを突き破り、新たな景色を見せてくれるその日まで。
「さて……お互い全力を出すのに、これは不要だな」
「そんなっ……!? どこまでもコケにして……っ!!!」
スカルがサッと剣を振るい、彼に纏わりついていた足枷が外れる。
『天剣』に斬れぬものなし。彼の眼と辿り着いた境地が可能にした、最強の矛。それを振るうのは、認めた相手を切り伏せる時のみ。スカルの内なる矜持すら引き出したテレサの攻めは称賛されるべきものだったが、テレサの心の中に渦巻くのは怒りの炎。
「人としての感情など、剣を鈍らせるだけだと思っていたが……」
「殺す……殺すっ……!!!」
スカルの予想の上をいった攻撃、それはテレサの感情の爆発によるもの。
リュウレイあたりは顔をしかめそうだが、大事なのは過程ではない。名だたる猛者を切り伏せ最後まで立っていたという結果。それが勝者であり、剣士としての最強の証なのだ。あとは掌の上で踊らされてばかりなのも癪だ、一つこちらも利用させてもらおう。
「さて、小娘よ。お前がこの仕合に勝てなかった場合、どうなると思う?」
「なにを――っ!? お前……お前ぇ……っ!!!!」
「ふん、そういうことだ」
無機物のように静かだったスカルが殺意を放った先。
それは高みで見物する教皇ハインデルが居座る閲覧席だった。――お前が負ければ、あいつを殺す。無言の殺意がテレサの身体を縛る。他のシスター同様、テレサは教皇のためであれば、自分の命も容易く投げ出すだろう。だが相対するのは、一つの剣の高みに至った男。
「う、うわぁあああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
「ふむ……凶と出たか」
叫びで恐怖をごまかし、めちゃくちゃな攻撃を振りまくテレサ。
武器を持つ手は震えで強張り、先ほどまでの精度には程遠い。感情の爆発、それによる更なる力の発揮に期待したスカルの目論見は脆くも崩れたのである。微かなため息を零し、スカルの姿が掻き消える。荒れ狂う『刀剣術式』の乱舞を切り裂き、次の瞬間にはテレサの下に辿り着いていた。
「あっ……」
密着した状態で振りぬかれるのは、神速の蹴り。
格闘家も真っ青な速度で放たれたそれは、身体の軽いテレサを軽々と吹き飛ばす。お前は一度死んだ、そう暗に告げるスカルの表情は読み取れない。
「強いな……」
「うん」
裏で仕合を見届けていたストリック達の口からも、自然と声が漏れる。
スカルの強さは、身体能力に頼ったものではない。『天眼』による圧倒的な見切り。言うなれば、彼の動きには全く迷いが存在しないのだ。絶えず変化する戦況を瞬時に読み解き正解に辿り着く、それは一流の冒険者であっても至難の業だ。だが彼の眼はそれを可能にし、常に最適解を突き付ける。
そして振られるのは、必殺の太刀『天剣』。
相手に辿り着くための"眼"と、命を絶つための"剣"。結局のところ、スカルはこの二つだけで、数多の剣士を屠ってきた。ただ『天眼』は彼にとって、祝福であり呪いであった。全てが見えたが故に絶望し、それでも諦めきれなかったもの。
幾度となく折れても、彼は己の人生を賭して、一つの頂へと辿り着いたのであった。




