44話:戦士の狂宴-閑話④
【戦士の狂宴】中のお決まりとなった、仕合終了後の待合室での談笑。
「うう~……ぐやじい~~」
エミットの待合室に向かったクシャーナ達の耳に届いたのは、セミテスタの声。誰よりも早くエミットの元に合流していた彼女は、座った姿勢のままのエミットの腰に抱き着き、嗚咽を漏らしていた。
「いや、気持ちは分かるけどよ……負かされた相手に泣きつくのはどうなんだ?」
「私も少し困ってるんですけど……」
両者疲労困憊の中、すぐに魔力を回復して再起したセミテスタにも驚くが、今の絵面に若干引いてしまう。
「クシャーナ、慰めて~~……」
「おっと、セミちゃんよしよし。エミットもお疲れ」
「ええ……薄氷の勝利でしたわね」
張り付くセミテスタから解放され、一息つくエミット。
お互い対戦相手が決まってから時間があったため、作戦を練る時間は十分にあった。セミテスタは速攻を、エミットは持久戦を狙った末の接戦。最後はお互いの固有スキルをフルに利用した大技での終結を見たが、他の魔術師がドン引きするほどの異次元の闘いだったことは間違いない。
「全く……これ逆に魔術師目指す奴は減るんじゃないのか?」
「あら、その程度で諦めるようでしたら、どのみち続きませんわ」
余りにも高い、頂への道。
後進に示す道としてはいっそ残酷であろうが、差し伸ばされる手を握って登れる道などたかが知れている。あくまで道は自分で切り開くもの。その姿勢を余すことなく見せつけたエミットは、心地よい疲労と共にしばしの眠りへとつくのだった。
*
Bブロックの仕合が終わって早々、まだ激戦の熱も冷めない中、某所では新たな戦いが勃発していた。
「だから、あの時はこの手しかなかっただろ!?」
「いや、仮定をもっと突き詰めていけてれば最善手は……」
場所は、魔術師ギルドの一室。
そこに集結した生徒達は、己の知識や知見を総動員し、持論を通そうと躍起になっている。【戦士の狂宴】は競争率、値段共に高いチケットを獲得しなければ見ることも叶わない、年に一度の一大イベントである。通常学生が背伸びをした程度では買えない代物だが、彼らはエミットの好意もあり、特別に配信で観戦するという幸運に恵まれていた。
立ち上がり椅子に足をかけ、興奮状態で話す生徒達。
議題はもちろん、先ほど終わったばかりのBブロックの仕合、その戦評である。彼らは魔術師の卵、多くは将来エミットやセミテスタのように、冒険者として世界に羽ばたくことを夢見ている。固有スキルが深く絡んだ試合運びだったとはいえ、これほど恵まれた生きた教材はない。
なまじ魔法が使えるため、彼らの見方はより穿ったものとなる。
試合運びや魔法のチョイス、魔力量の残し方、使い方。その戦術を選んだ経緯、勝敗を分けた分岐点。さらには自分ならどうするか、もっとこう動けたのではないかという考察、そして実戦での活かし方。当然外から見ただけでは、エミット達の心境や交わした言葉、固有スキルの詳細などは分からない。
それ故に研究心をくすぐられ、議論は何処までもヒートアップする。
仮定が仮定を呼びナンセンスだと非難されれば、じゃあどうすれば説明できるのかと感情を爆発させる。まだ若く青く未熟ではあるが、どこまでもエネルギッシュな生徒達。一属性の特化型を目指すもの、複数属性で万能型を目指すもの。彼らの持つそれぞれの理想や思想もが、議論に密接に関わってくる。
「うーーーーーー!! やっぱり私、お姉ちゃんみたいになりたい!!!」
「おわっ、声でけぇよニノ!」
「お前はまず、まともに魔法打てるようになってから言えよー」
感情が溢れた女生徒の張り切り声に、茶化した声と笑い声が響く。
優秀な姉を持ち、クラス内で誰よりも努力する元気印。興奮を誤魔化すように、金に染まる短めの髪を掻く。高すぎる頂きを見せつけられながらも、彼女を始め、誰もその道から降りることはない。それは横に同じ道を歩む同士がいるからに違いない。
彼らの未来は太陽の輝きに照らされ、どこまでも晴れ渡っていた。
*
また一人強者が散り、残りは7人。
この後予定されているのは、Cブロックの一仕合。Bブロック終了後、長めのインターバルを挟むため、今闘技場に残っている人はまばらだ。その中には、観客席の間を縫うように移動するクシャーナの姿があった。闘技者であるクシャーナ本人が間近にいるにもかかわらず、観客達の反応はまるでない。
呪具『血塗られた狂戦士の腕輪』。
効果は「敵を引き付ける代わりに、防御力を上げる」というもの。クシャーナはこれを固有スキル:『呪物操作』の『反転』を使い、敵を引き付けない=気配を絶つ能力を身に纏っていた。
近接職の、とりわけ盾役の戦士に重宝されるタイプの呪具であるが、一つ厄介な点は「常時発動型」だということ。ダンジョン内では意図しない戦闘を誘発しかねず、効果が強力なものほど敬遠される傾向にあった。そしてクシャーナの持つそれは最上級のものだったが、『無効』を持つ彼女には不要な心配であった。
右腕に身に付けた腕輪を愛しそうに撫でながら、ぶらりと見回りを行う。
注意すべきは、やはり件の死霊術師の勢力。防御力を下げているのは一つのリスクではあるが、見つかる可能性は極限まで低くしてある。逆にこれで見つかるのであれば、その能力こそ警戒しなければいけない。単純な見回りをも相手を量る物差しに利用するあたり、クシャーナの曲者具合が窺えた。
(……異常はなしかな)
人々の間をすり抜け、通り過ぎ様に心音チェックを行う。
さすがにあれだけやりあった後なので、闘技場内に堂々と潜伏はしていないだろうが、油断はできない。ただ今回は恐らく杞憂に終わるだろう。軽い散歩を兼ねての警戒だったが、聞こえるのは純粋に仕合を楽しんだ観客の声だけ。しかし、何気なく通り過ぎた人物に、クシャーナの警戒度が跳ね上がる。
(……っ!! 濃い死の気配――!?)
バッと振り向いた先には、クシャーナには目もくれずスタスタと歩き去る人影。心音は……ある、だがその気配は二つ。華奢なシルエットから見るに女性だろうが、明らかに堅気ではない。そして腰には鞘に収まった刀。闘技場内では関係者以外の武装は禁じられており、クシャーナは彼女に見覚えはない。
剣に手を掛けかけたクシャーナだったが、すんでのところで自戒する。
その人物の横から、さらに別の人物が声を掛けてきたからだ。そしてそれはクシャーナの師でもある、シスター近衛隊長のサラ。恐らく件の死霊術師の件で呼び寄せた助っ人なのだろう。二人は顔見知りなのか、軽く挨拶をして並んで去っていった。
「はぁ……自分が事件を起こしたら世話ないよね」
身に纏った緊張と呪具の効果を解き、大きく息を吐く。
彼女の正体は気になるが、サラと一緒ということは危険はないはずだ。そもそも見回りや警戒は教会やギルドが人海戦術を駆使して、随時行っている。仕合を残している身でもあるので、あまり出張るのも迷惑になるだろう。
若干のモヤモヤを残しつつ、クシャーナは闘技場を後にするのだった。




