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43話:戦士の狂宴-Bブロック④

 固有スキル:『魔力貯蔵湖(マナプール)』。


 これが、セミテスタの無尽蔵な魔力量の正体である。


 蓄えられる魔力量が普通の魔術師の何倍もある彼女だったが、ただ容量を大きくするだけのスキルではない。基本的にどんな優れた冒険者でも、魔力が自然回復する速度は一定である。それは人という種族の限界値、人体に魔力が取り込まれる量と速度が固定であることと同義だが、彼女は平然とその限界を超える。


 つまり『魔力貯蔵湖』の真価は、限界を超えた魔力吸収速度にあった。


 魔法を打てば内包する魔力を消費し、自然に魔力吸収が始まる。それは人であっても魔物であっても変わらない。その吸収速度の限界から解き放たれたセミテスタは、なんと下手な魔法一発程度であれば、打つと同時に瞬時にほぼ満タンにまで補充されるのである。もちろん大技を連発すればそちらの消費のほうが多いが、一時もすればすぐに補える。


 それだけ自然には魔力が溢れており、人が扱える程度が知れるというものだった。


 魔術師は己の限界を見極めるため、通常の魔法なら何発まではいけるかと試し、把握し、それを天井にしてスタイルを決める。魔力が枯渇すれば当然戦闘の継続はできず、それが魔術師としての大きな弱点であった。


 青天井の魔力で満たされた湖で、優雅に泳ぐ【緑牢亀(テストゥードー)】。


 鉄壁の防御結界から付けられたその異名だが、ちゃっかり固有スキルにもかかっていたらしい。魔力残量を気にしない戦い方、それがセミテスタの絶対的な強み。特にそれは常に自身の守りを念頭に置く土魔法と相性がよく、彼女を異次元の魔術師へと引き上げたのであった。



 *



 魔法は魔力の塊、つまりは()()()()()()


 セミテスタには土魔法による安定した守りがあったので、わざわざ試したことはなかったのだが、構想自体は元からあったのだ。『魔力貯蔵湖』はスキルというだけあって、多少の自由度がある。エミットが『五芒星』から『消滅魔法』を見出したように。彼女には彼女にしかできない戦い方がある。


「こ、これは、なんということでしょうか……!?」

「はぁ……どっちも型破りにも程があるね。これは何の参考にもならないよ全く」


 実況のサミュが絶句し、同じ魔術師であるギルハートが呆れ返る。


 全てを消滅させる『消滅魔法』。だがそれも結局は魔法である。その構成を紐解き、魔力の糸を辿り、隠し持つ湖へと放流する。だが『消滅魔法』に込められた魔力量はその威力も合わさって、セミテスタの持つ貯蔵庫にも全ては入りきらない。


「『消滅魔法』に対抗して『吸収魔法(アブソーブマジック)』なんて……どうかな!?」

「つくづく飽きませんわね、あなたといると……!!」


 今セミテスタの背には正しく亀の甲羅のような模様が半円状に浮かび、そこから膨大な魔力が放出され続けている。『ロスト・カノン』の威力に押されないよう、吸収すると同時に背中から噴出し、今の力比べを成立させているようだ。


 押し切るか、耐えきるか。


 いくらセミテスタの魔力量が無尽蔵でも、これほどの魔法を吸収し続ければやがて器のほうに限界は来る。エミットもいつまでも放出できるわけでもなく、耐えきられるともはや次の手はほぼないと言っていい。決着を見守っていたはずの闘技場の観客はいつの間にか総立ちし、思い思いの声援をぶつけている。


「はぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」

「うわぁああああああああああああああああああああああ!!!!」


 お互い振り絞った、極限のせめぎ合い。


 両者が吠え、ついに結末を迎える。『消滅魔法』が立ち消えた先に――――セミテスタは立っていた。土魔法で迎え撃とした方針を瞬時に転換した柔軟さ、魔法としての特性を理解しぶっつけで『吸収魔法』を成功させた胆力。全てにおいて、彼女はエミットの上をいったのである。


「もう……流石にないでしょ」


 魔力量こそまだ余裕はあるが、セミテスタとて無事ではない。


 無茶な『魔力貯蔵湖』の使用により、上手く魔力吸収が始まらない。魔力量の残量を意識してこなかった彼女だからこそ、下手な状態異常よりもよっぽど深刻な事態だった。だがエミットの切り札を潰し、見事に耐えきったという自負はある。後は間違えないように詰めるだけ。


 その視線の先には、肩で息をするエミットの姿。


 渾身の一撃を耐えきられ、もはや意地だけで立っているのだろう。薄らと身に纏っていた『消滅魔法』も消え、その身は剥き出しにされたままだった。張り直されない防御結界に相手の限界を感じ、視線を切らずにゆっくりと杖を拾い上げる。


「降参してくれないかな……もう魔力も残ってないでしょ」

「ええ……これほどまでに出し尽くしたのは、駆け出しの時以来かしら」


 絞ってもあと精々()()()()()程度だと、自嘲気味に応える。


「だから……最後まで足掻くわ」

「――っ!?」


 微かに呟いたエミットの言葉、それは()()()()()()()()()


 どこかもう手はないと決めつけていたのかもしれない。舌打ちし距離を取ろうとしたセミテスタの身体が、ガクンと揺れる。気付けば両腕をがっちりホールドされ、真正面から抱き合うような形になっていた。ここまで密着されると、土魔法での防御も難しい。


「油断したのは認めるけど……なに、まさか最後は殴り合いでもしようって?」

「ふふっ、まさか」


 魔術師は非力であり、戦士など近接職のように身体能力向上のスキルは持ちえない。セミテスタもエミットの次の動きを阻止するため腕を掴み返した結果、両者身動きできない状態に陥っていた。エミットの足元にチラリと見えるのは、風魔法『ウィンド・パス』が描く魔法陣。


 残っていた魔法二つ分のうちの一つ。


 風魔法『ウィンド・パス』は風の通り道を生み出し、簡易的な転移陣を生成する魔法である。どうやら最初の砂塵に隠して仕込みを行っていたのは、セミテスタだけではなかったらしい。となれば、当然気になるのは最後の一手だが、こんな身動きが取れない状態での仕掛けに、有効な魔法が思いつかない。


「え、おい……あれ…………」

「暑い暑いとは思ってたが……これは幻か?」


 闘技場に広がるざわめきは、何やら別の事象にも引っ張られているらしい。


 不意に差し込んだ眩しさにセミテスタが眼を細め、反射的に見上げた先に、それはあった。Bブロック仕合い始めには真上に合った太陽が少しずれ、()()()()()()。観客達が怪訝な顔をする中、いち早く正解に辿り着いたセミテスタは、寒気を覚えた。


「火魔法『グローイング・サン』――まさか」

「そう、()()()()ですわ」


 セミテスタが煮詰めたプランが、持久戦に見せかけた速攻。


 だがエミットはその逆。無尽蔵の魔力量を持つセミテスタに、持久戦を仕掛けていたのである。火魔法『グローイング・サン』は魔術師の間では、死にスキルとして認識されている。実用性に欠けるその魔法の効果は、「疑似太陽を生み出し、魔力を吸って成長する」というもの。


 成長しきれば大技よりも強力な魔法になるのだが、如何せん成長速度に問題があった。亀のような歩みの中で、周りの魔力はしっかり吸い尽くすスキル。それは魔力量に制限を持つ魔術師には相性が悪く、忌避されるのも当然であった。


「私達は魔術師。――決着も当然、魔法ですわ」

「~~~~っ!!!?」


 声にならない悲鳴を上げるセミテスタの真上に、太陽が堕ちてくる。


 いい笑顔を残したエミットだが、まるで防御する気がない。つまりは、セミテスタ頼みなのである。彼女の守りに絶大な信頼を寄せるエミットは、思い描いていた決着へと突き進む。何もしなければ二人とも燃え尽きて灰になるだけ。当然復活はできるだろうが、ここまで来てドローなど認められるわけがない。


「あ~~~~~~~もうっ、エミットのばかーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 しっかり寄り添ったエミットは、無事セミテスタの結界の中。


 それを分かった上で、魔力を吸収し焼き尽くす太陽に晒されたセミテスタ。酷使された『魔力貯蔵湖』はいよいよ踏ん張れず、なけなしの魔力がどんどん飛んでいく。それでもそこは【緑牢亀】、己のアイデンティティーを守り切ったのか、太陽が沈んでも彼女は立っていた。


「流石ですわね、セミテスタ」

「……ねぇ、これも耐えたんだからさ……もういい加減私の勝ちでよくない?」


 初めての魔力欠乏症に苛まれ、疲労困憊の表情を隠せないセミテスタ。


 それはある種のやり切ったという自負からの懇願だったが、帰ってきたのは曇りなき笑顔と最後の一つ分の魔法だった。


「だめですわ♪」

「――――あだっ!?」


 文字通り、熱戦を制した最後の決まり手は、火魔法『フレイム・ハンド』。手に魔力を凝縮させ放つ、高威力の近接技ではあったが、エミットもいよいよ限界だったのだろう。魔法一つ分にも満たないそれを中指に込めて放つ。俗にいう、デコピンであった。


「あー、えーっと…………Bブロック勝者――エミット=アルグレカ!!!!」


 こうして魔術師最強の座を賭けた戦いは幕を閉じ、デコピンが最強という与太話がしばらく流布するのであった。

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