4話:瑠璃色蝶は蒼い夢を見る②
現れるモンスターを適当に捌きながら、深層を目指す3人。
「でもさでもさ、なんでクシャーナはそんな糞装……呪具を集めるようになったの?」
「本音漏れてんぞ、テスタ。そりゃさっき聞いただろう」
ストリックにダメだしされるセミテスタだが、彼女は引かなかった。
「えー、違うよぉ。呪具の制御ができるようになったとは言っても、今まで散々苦しめられてきた拷問器具みたいなのだよ? 私なら好んで使ったりしないけどなー」
「あー……まあ言われるとそうだな」
言われれば確かにそうである。
クシャーナ自身が割とぶっ飛んでいるため、さほど気にしていなかったが、普通なら呪具に対して嫌悪感があって当然なのだ。何かしらそれを活かして食い扶持を稼ぐなどは分かるが、彼女のそれはすでに道楽の域に達している。
二人の訝し気な視線に気づいたクシャーナは、事も無げに話す。
「んー? そりゃ初めはそうも思ったけどね。結局、道具に善悪はなくて、人の使い方次第じゃない?」
「おお、なんだ? クシャーナがまともなこと言ってるぞ……」
「すんごい失礼だけど、私もそう思っちゃった……」
「ははっ、そうかなー」
平気で失礼なことを言うストリックとセミテスタ。
だがそんな二人に嫌な顔もせず笑って見せるのが、クシャーナの器のでかさだ。自分の人生を狂わせた呪具との出会い。それは彼女の生き方に確実に影響を与えていて。聞かれたから初めて話すんだけど、と前置きをして、彼女は再び語り出した。
*
クシャーナを実験台にしていた教団は滅んだ。
怒りや絶望と言った感情まですり減っていたクシャーナだったが、行動に移せたのは周りにも同じ境遇の子供達がいたからだ。自分だけが、この地獄から抜け出す術を得た。それからは半ば使命感で動き、やつれた身体に鞭を打って悪を滅ぼした。
彼女にとって、それは難しいことでもなかった。
固有スキル:『呪物操作』。その効果は、呪具効果の『鑑定』『無効』『反転』『付与』。言ってしまえばそれだけ。別に突然、無敵の剣士になったわけでもない。だが呪具の扱いだけならば、そこらの大人よりよっぽど長けていた。
『呪物操作』の効果の一つ、『付与』。
身に付けている呪具の効果を、文字通り他人に『付与』できる効果だ。呪具と言ってもピンキリで、デメリットの効果がさほど大きくないものもある。だが教団に揃えられた呪具は、いずれもギルドの『指定呪具』に入るほど凶悪なものばかり。そのデメリットは、乱用すれば人一人の命を軽く摘める、死神の鎌だった。
実験体が入れ替わり、起こったこと。
それが教団の壊滅であり、正に過ぎた力が身を滅ぼした結末であった。発狂し自滅を繰り返す教団員を打ち捨て、クシャーナと子供達は自由を得た。だが元々奴隷の身分、行くあても伝手もない。一人で生きる手段すら持たない彼らは、旅の道中に次々と数を減らしていった。
それでも辿り着いた先、小さな街で彼らは幸運に恵まれた。
奴隷の身分を示す、白装束の彼らが再び毒牙にかかる前に、街の教会のシスターが彼らを迎えたのだ。熱々の食事に、一人一つある寝床。決して裕福な環境ではないにもかかわらず、シスターは彼らにも平等に接した。
迎え入れられてから訪れた、貧しくも平穏な日々。
廊下から響く足音に怯えることもない。硬い椅子に固定され、目隠しをされ、呪具の呪いや後遺症に苦しむこともない。周りの子供達の悲鳴が聞こえることも、逆にある日聞こえなくなることもない。
数日が経ち、ようやく現実を受け入れることができたのだろうか。泥のように眠る彼らの寝息を聞き、クシャーナはそこで初めて涙を流した。
*
平穏を手に入れたクシャーナが次に目指したもの、それは自立だった。
貧しい教会に急に増えた子供達。彼らはある一定年齢に達すると、率先して食い扶持を探しに行った。それは教会の運営に協力的な貴族への奉公だったり、街への出稼ぎなど様々。クシャーナもそうした先から候補を見繕っていたが、彼女は呪具の後遺症で視力をほとんど失っていた。
満足に働けないことへの焦りは、やがて苛立ちへと変わる。
それは自分自身への怒りだったが、周りの優しさが自分の惨めさを浮き彫りにするようで、一時期彼女は荒れた。それでも彼女を突き動かしたのは、救ってもらったことへの恩義。自分を見つめ直した結果、彼女はとうとう自分にしかできないことを見つけた。
クシャーナが選択した道。
それは呪具を使いこなす、特異な冒険者としての道だった。