38話:それぞれの朝①
【戦士の狂宴】が始まってから、5日目の朝を迎えた。
朝早くにもかかわらず人の移動は活発だ。
本日予定されているのは、BブロックとCブロックの仕合。会場となる闘技場自体が特殊な魔道具であり、仕合で受けた傷は後に残ることはない。それでも消耗した体力や精神の摩耗の回復には時間を要する。そのため各試合ごとに中日が3日設けられており、今日は待ちに待った本戦2日目となるのだった。
決勝までは1日に2戦消化し、最終日17日目には頂点が決まる。
開宴日には早速2戦が行われ、ハクマとヤムが脱落した。本日は同様に2戦行われ、さらに2名が脱落する。どのカードも注目度の高さはあったが、今回のカードは最も待ち望まれていたカードと言っても差し支えないだろう。
外の盛り上がりは闘技者にも伝わるが、過ごし方はそれぞれである。
多くの闘技者は集中力を高めるために、一人静かな場所に籠るものだ。だが職業的な性分なのか、魔術師のエミットは仕合がある当日、ギルドの一室を借りて講義を行っていた。有名な現役冒険者がこうした講義を行うことは稀であり、その話は魔術師ギルド内でのみ共有されていた。
「あれ、エミットだ」
講義を終え、ギルドの一室から出てきたエミットに声が掛かる。
「あら、こんなところで珍しいですわね」
「まあちょっとね~」
声の主はセミテスタであり、その後ろには若い魔術師だろうか、数名の男女が控えている。【戦士の狂宴】の期間中は、冒険者の交流の場としてギルドの一室などが開放されている。なんとなく察したエミットは、若い魔術師達に上品な会釈を返し、セミテスタにそっと近づく。
「あなたに後進育成する気があったとは意外ですわ」
「まさか~、そんな固いものでもないよ。応援してくれるって子達と話が弾んでね。じゃあちょっと落ち着いて話そっかって」
Bブロックの仕合で当たる者同士の会話。
すでに戦いは始まっているのかと、後ろの若い魔術師達は変にそわそわしている。だが実際のところ、二人にそんな意図はない。むしろ二人が気にかけているのは、若い魔術師達の今後である。これも外から見ると、派閥争いや人気取りなど、様々な捉え方をされてしまうのだ。
「そういうエミットも一緒でしょ」
「ええ、勘違いしないようにと」
短く交わした言葉、それだけで二人には十分だった。
"十拳"に名を連ねるほどの冒険者であれば、その影響力は絶大である。特に魔術師期待の星として、同世代で注目される二人には、共通した懸念事項があった。それはスタイルが異なるだけに、今回の勝者のスタイルが是とされること。
時代によって、戦闘スタイルの流行り廃りはある。
だが流行りに流されすぎると、自分の適性を見失ってしまう。さらに二人が選んだスタイルは、彼らの持つ固有スキルが大きく関わっている。他の魔術師と比べると前提がそもそも違うので、妄信は厳禁という訳だ。
「あれ、セミちゃんだ~。ほんとに小っちゃくてかわいい!」
「えっ! ほんとだ、まさか講義するのかな」
「お、俺も聞きたい!」
どうやら少し世間話が長くなってしまったらしい。
エミットが講義を終えた一室の窓から、こちらも若い魔術師達が顔を覗かせて騒いでいる。エミットは今回の【戦士の狂宴】を機に、散々お願いされていた魔術師ギルドからの依頼に応えたわけだが、セミテスタの登場はサプライズだったようだ。
「よし! お姉さんが皆に土魔法の良さを教えてあげよう!!」
俄然乗り気になったセミテスタの一言に盛り上がる生徒達。
彼女自身も別に大勢に講釈を垂れるつもりはなかったのだが、元来のお調子者気質が出てきてしまったらしい。ノリノリで乗り込むセミテスタと騒ぐ生徒達を見送り、エミットはポツリとため息交じりにぼやくのであった。
「はぁ、私の勘違いじゃないと思っていいのかしら?」
*
【戦士の狂宴】の会場となった闘技場。
その外側を囲むように天に突き出している外壁の上に、一人の男が胡坐を掻いていた。そこに繋がる階段や通路などはなく、人の目にも触れない場所でただ風にそっと撫でられている。眼下に移る人波も遠く豆粒のように映り、同じ場所にいながら街中の喧騒とは隔離された、彼だけのお気に入りスポットである。
「あ、師匠! こんなところにいた」
「…………」
そんな風情を颯爽と破壊する、若い声。
声の主は下から声を掛けたかと思えば、次の瞬間には彼と同じ高さに浮かび上がる。隣に立ち、今日も探しましたよ、これも修行の内ですか、などと好き勝手のたまうが、彼にしてみればいい迷惑であった。ひとしきり喋らせた後、仕方なしに発せられたのは短い事実のみ。
「私は、お前の師匠ではない」
野に彷徨う名無しの侍、【放浪武者】スカル=ゾゾンは僅かに諦観を込めた声色でそう呟くのであった。
*
何度突き放してみても変わらない。
隣の男、若き剣士リュウレイ=イサヤは事あるごとに彼に付いてくるようになった。今も今日の仕合に対する期待と、彼への賛美が溢れることなく口から零れている。仮にも同じトーナメントに出場している闘技者同士、はっきりと敵対する立場なのだが、リュウレイは純粋にスカルを慕っているように見えた。
語られない死闘。それが今の関係性を作っている。
振り返るにはまだ記憶に新しい、当時の序列3位と10位の直接対決。"十拳"の制度上、実現することは有り得なかった組み合わせ。それは3位のリュウレイからの直々の申し入れと、10位のスカルの承諾を得て初めて実現した。
今まで例外を認めなかったスカルが認めたもの。
それはリュウレイの才能だった。今のスカルにはそのリュウレイを一蹴するだけの力がある。だが、数年後には分からない。研鑽は積んでいるが、それでもまだまだ粗削りな原石。結局のところ、同じく剣に生きる者として、柄にもなく高ぶってしまったのである。
そうして表舞台に引きずり出されたスカルは、逃げ場を失った。
旧知の友である教会のトップ、教皇ハインデルは「手間が省けた」と何やら含んだ笑みを浮かべていたが、今更詰問する気にもならない。まるで錆びついていた運命の歯車が急に動き出したような、そんな感覚を覚えつつ、一人の剣士は仕方なしに応答する。
「……そもそも貴様には、貴様の流派があるだろう」
「ああ、五月雨流のことですか?」
リュウレイが扱う水の流派、五月雨流。
リュウレイの快進撃と共に急速に注目が集まっている流派である。雨の如く途切れることのない斬撃が売りだが、その正体は基本を極限まで研ぎ澄ませた剣術である。その理想をスカルに見たからこそ、リュウレイは彼に付き纏っているのだが、当然その流派の指導者はいたはずだ。
「一応流派とは言っても聞き覚えないと思います。なにせうちの父が考案者なので」
「ほう、ならば流派の布教が今回の目的か?」
「いえいえ、自分は父に追い出されただけです。父に勝てるまで里を出る気はなかったんですけどね……『これ以上強くなりたければ、世界を見てこい』と」
頭を掻き、恥ずかしそうに話すリュウレイ。
しかし、彼の言葉が真実であるならば、冒険者のトップ集団"十拳"の階段を瞬く間に駆け上がったリュウレイでさえも、その父君には及ばないらしい。技の威力や精度はすでに父を抜いたと自負するリュウレイだが、こと勝負になると何故か1本も取れないと歯噛みする。
「ふっ、なるほどな……名は何という?」
「父の名はシグレ=イサヤですけど……まさか面識が!?」
「いや、全く知らん」
色々と表情を目まぐるしく変えるリュウレイに、スカルは淡白に伝える。リュウレイを軽くあしらうほどの無名の強者。剣の道をひた走り、世界を周ったスカルでさえも、まだ知らないことは多い。
そう世界は広いのだ。
当たり前のその事実に、スカルは仮面越しに笑みを浮かべるのだった。




