37話:十拳会議③
混成魔法の説明から対策まで、議論は弾んだ。
特異な魔法ではあるが、知識があるのとないのでは対応速度にも差は出てくる。今回はそこを入念に確認できただけでも、集まった価値はあったに違いない。あらかた情報が出尽くすと、今度はもう一人の強敵、呪術師の少女の話題へとシフトしていった。
神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】を操る少女、ミーコ=ミラー。
「一番特徴的なのは、魔法の反射。それ自体は前情報があるだけで、大分立ち回りは楽になりますわ」
「ああ。物理的な投擲武器は反射されなかったし、言うほど脅威でもねぇ」
「たぶん彼女は直接戦闘以外のほうが厄介なのかも。支援に長けてるし、特殊な移動手段もある。それと呪法かな」
実際に戦闘経験のある面々がそれぞれ声を上げる。
エミット達の言う通り、単体での戦闘能力はそれほどでもない。だがイルルと組んだ彼女は、途端にやりづらい相手へと変わる。彼女がイルルの魔法に巻き込まれることはないし、それをも利用して連携してくるのが厄介なのだ。さらには呪法。この魔法の存在が、彼女の警戒レベルを大きく引き上げていた。
「これは疑問なのですが……呪法と闇魔法の違いはなんでしょうか? すみません、魔法には疎くて」
「おっ、いい質問だね~」
恐縮しながら質問するのは、序列4位:【五月雨式】リュウレイ=イサヤ。
戦闘時の冷徹なまでの覇気は鳴りを潜め、今は年相応の青年の顔を見せている。先輩風を吹かせたいセミテスタが話に乗っかり、得意げに解説を始める。呪法とは闇魔法とは似て非なるもので、言ってしまえば闇魔法の地方版、ということらしい。
「体系は闇魔法ですけど……それが極東の一部地域で洗練され、独自の発展を遂げたものと言われていますわ」
「ああ~、私が解説してたのにぃ」
「こんなもの、魔術師であれば威張って話す内容でもありませんわよ」
よよよ、と嘆くセミテスタをエミットが適当にあしらう。
呪法はローカライズされた闇魔法であり、さらにその特異性に磨きがかかっているらしい。とりわけ恨みの文化、呪いに特化しているようで、一対象を執拗に狙う性質を持っている。実際に体験したクシャーナとストリックが思い出したくないとばかりに苦い顔をして、話を引き継ぐ。
「確か……呪法『ワンダー・ダブル』だったか?」
「うん。たぶん依り代とコピー元がいないと成り立たないんだろうけど、その手間分は元取れてるね、あれは」
「ふむ、興味深い話だな」
興味を示すのは、老戦士オルゲート。
実際のところ、呪法『ワンダー・ダブル』のコピー元は、彼自身である。コピーするための条件は不明だが、見事にオルゲートの力、身のこなし、戦闘技術などを引き継いだコピー人形だったのだ。
「私達がなんとか五体満足で済んだのは、スキルの効果分まではコピーできてなかったからだしね」
「実際コピーするなら最適解だと思うぜ。なんせ複製できるんだからな」
戦士のスキル分を加味しないとはいえ、末恐ろしい話だ。
スキル分の差は兵の数で補えばいい。二人で数体をまとめて相手したクシャーナ達が身震いして答える様は、その場に重い空気を残す。ただ当の本人であるオルゲートはむしろ刺激を受けたのか、「組手相手に数体欲しいのう……」とまでぼやいていた。
「呪法に対抗するには神聖魔法……なんてのは、さすがに安易かな?」
「……あ、わたしですか?」
ギルハートが話題を振った先、右隣のシスターが鈍い反応を示す。
序列8位:【逆十字】テレサ=スー。
今まで無反応だった彼女ではあるが、話は聞いていたらしい。
見た目は線が細い普通の少女だが、"十拳"の歴史の中でもおそらく最年少での序列入り。15歳を機に独り立ちを始める冒険者界隈において、彼女はまだその年齢に達していないとの噂もあった。当然話題にならない訳がなかったが、教会の庇護下の元、まともな情報は出回っていなかった。
ギルハートが緊張した面持ちで様子を窺うが、本人は至ってマイペースなようだ。
ベールに覆い隠されているのは、流れるような長い白髪と赤い瞳。どこか俗世と隔離している、人形のような風貌を思案に曇らせた後、気だるげに言葉を吐いた。
「邪気を払う神聖魔法……『キュア』なんかは効果あるんじゃないですか? 呪法に、というよりかは死人に対してですけど」
「そ、そっか! これは頼ることも多くなりそうかな!」
「いや知りませんけどね」
一定の反応があったことへの安堵と、やや壁を感じる物言いへの焦り。
ギルハートが複雑な表情を浮かべる中、議題は死人対策へと移っていく。一度命を失い、仮初の肉体を持つ者への対抗策。基本的にはアンデッドモンスターと同じく、損傷度合いが5割程度を超えると活動を停止するらしい。
弱点を突いた神聖魔法での浄化、もしくは物理的な殲滅。
イルルの超回復も伝えられたが、神器と合わせて情報の不足感は否めない。ギルドと教会からの情報提供を待ち、各自警戒に当たるということで話はまとまりつつあった。ちなみに【戦士の狂宴】の中止という選択肢はそもそもないらしく、それは彼らも当然のように承知していた。
解散の空気が漂い始めた中、唐突に苛立ちを込めた声が上げる。
「――んで、ここまで何も喋ってない【放浪武者】さんよ、あんたからは何かないのかよ」
声の主はストリックであり、突っかかった先は斜め左前に座る、一人の剣士である。
序列3位:【放浪武者】スカル=ゾゾン。長く『万年十位』と言われてきた"十拳"制度の番人である彼は、この場においても沈黙を貫いていた。表情は白い仮面に隠れ窺えない。東洋風の着物に身を包んでいるが、肌が露出した部分もなく、年齢性別などまるで分からない様は無機物のようにさえ見えた。
「お爺ちゃんだから、寝ちゃってるんじゃないですかー」
「え、お爺ちゃんなの?」
「…………」
解散の流れを阻んだ人物にチクリ。
接点があるかも不明なテレサから、嫌みが零れる。恐らく男性である、という情報しか持たないクシャーナも、びっくりしたように話に乗っかる。長らく"十拳"制度に関わってきただけに、年数を考えると当然の帰結であり、何故今までそういう見方をしてこなかったのが不思議なぐらいだった。
「…………目の前に現れれば斬る。それだけだ」
「あ、起きてた」
仮面越しにくぐもった声が漏れる。
それは過去にクシャーナが聞いた声と同じであり、どこか凄みを感じさせる重い声であった。一人対戦経験があるリュウレイはうんうんと頷き、その返事に満足しているようだった。それ以降再び沈黙の置物へと戻ってしまったスカルに、ストリックの舌打ちが浴びせられる。
それが解散の合図となったのか、冒険者達は再び闘技者へと戻るのであった。




