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35話:十拳会議①

 広い部屋の中央に並べられた長机を囲むように、椅子が十と二。


「効果的な対策は……」

「それよりもまず先に……」


 机の長い面には左右で五席ずつ割り振られ、活発な意見が飛び交っている。


 その内の角の一席、縮こまるように座る【黒槍騎士(ブラックランサー)】ギルハート=ノーブルは困惑していた。議題の内容は【戦士の狂宴(ウォーリアフィースト)】中に仕組まれた、死霊術師による策略について。実況の隣、解説席にゲストとして呼ばれていた彼女ではあったが、水面下でそのような事態が起こっていることすらまるで知らなかった。


 俯きがちな頭を上げ、会議の面子をチラリと盗み見る。


 ギルハートから見て右斜め前、反対側の席で活発に意見を出しているのは、冒険者序列5位:【天変地異(カタストロフ)】エミット=アルグレカ。ギルハートをこの会議に連れてきた張本人であり、会議自体の発起人でもあった。ほかの面子もギルハート以外、時の主役ばかり。


 今まさに開催されているのは、冒険者のトップを招集した十拳会議。


 ギルハートとて一時期は、その末席に名を連ねたこともある。だが今は番外であり、ここにいる資格はない。さしたる説明もないまま連れてこられた彼女にとって、会議の内容などまともに頭に入らず、ただ困ったような視線をエミットに投げかけるしかなかった。


 議論が白熱する中、目を瞑り俯瞰していた男が声を上げる。


「――発言、よいか」


 たったそれだけで、場が静まり返る。


 その声の主は序列7位:【駆逐要塞(デストロイヤー)】オルゲート=フュリアス。"十拳"の礎を築き上げた老戦士の言葉は、やはり重い。大柄な体を狭い椅子に押し込め、身体の前では丸太のような両腕を組んでいる。慣例として机を挟み序列順に交互に座った彼らは、エミットの右隣りの男に視線を注いだ。


 やがて沈黙を肯定と受け止め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「集められた趣旨は理解した。対策も必須。だがまずは相手を知らねば何も話せまい。ハクマとやりあったのはわしだが、他の死人やらはまた毛色が違うのだろう?」


 その言葉は、実際にイルルとミーコと相対した人物に向けられている。


 序列1位:【瑠璃色蝶(ラピスラズリ)】クシャーナ=カナケー。掴みどころのない性格の彼女だが、その実力は本物であり、他者をないがしろにすることもない。何か思い出していたのか、虚空を見つめ数秒、後ろにのけ反り椅子を揺らしながら、一席離れたエミットに声を掛ける。


「うん、私が先に見つけた男と女とは別。女の子二人だったよね」

「ええ、魔術師と……あれは呪術師と言えるのかしら」


 続いて挙手をしながら喋るのは、序列6位:【緑牢亀(テストゥードー)】セミテスタ=ケアー。


「なにせ二人共レアなスキルばっかりだったもんね~。神器持ちとか言ってたっけ? 真偽は不明だけど、それに見合う実力はあったと思うよ」


 "十拳"上位2名を含んだ戦力で取り逃がした相手。


 そんな巨大戦力が人混みに紛れているこの現実が、すでに危機的状況だ。内2名は名前と顔が割れているとはいえ、クシャーナがとったような奇策は何度も通用しないだろう。いやそもそも隠れる気すらないのかもしれない。


 やっていたことと言えば、闘技場観戦と祭りでの飲み食い。


 敵情視察のついでなのか分からないが、どうにも目的や全体像が掴みにくい相手だった。その後もクシャーナ達の呟きに反応する形で、少しずつ相手の姿形が立体的になっていく。あらかた情報を共有した中で、クシャーナが左斜め前に座る男に声を掛けた。


「私達が知ってるのはこんな感じ。どう、まとまった?」

「……まとめるにはまとめたが、ギルド長を書記みたいにこき使うんじゃねぇよ」


 乱暴に返答するのは、机の短い面に座った大柄な男。


 男の名はジーク=モーデン。


 オルゲートと"十拳"内で競い合った昔の冒険者仲間であり、【破砕岩(アンロック)】という古き異名を持つ元冒険者だ。最初は荒くれの冒険者をまとめる顔としての役割がメインだった。だが彼は慣れないデスクワークも苦労を重ねながらこなし、何時しか名実共にギルド長に相応しい人物になっていた。


 今は若い冒険者に振り回される、苦労人という顔すら板に付いてきている。


「そもそも先に情報をまとめてくれてるだけでも違っただろうに。【天変地異】がいながらなんで碌な準備もせずに会議を開いたんだ?」

「ああ、それは私らよりもおっさんにまとめてもらったほうが見やすいだろうってな。文武両道のあんたなら容易いことだろ?」


 机に脚を投げ出し、ぞんざいに言い放つのは序列2位の獣。


「【灰掛梟(グレイオウル)】……てめぇの入れ知恵かよ。俺も好きで毎日書類に埋もれてる訳じゃねぇよ。元からじゃなく、必要に迫られてできるようになっただけだしな」

「あはは、頼りにしてます~」


 ちなみにセミテスタも、面白がってそれに乗っかった一人である。


 【灰掛梟】ストリック=ウラレンシスとともに問題児扱いされる彼女は、管理する側からすると一緒には相手をしたくない筆頭である。申し訳なさそうにするお目付け役のエミットをチラリと眺め、ギルド長ジークは大きなため息を吐いた。


「一応敵さんの素性はギルドで調べてやる。死霊術師は狭い界隈だ、何かしら手掛かりは見つかるだろう。だが死人は期待するなよ? 古代の人間ならなおさら、な」


 正面を見据えて、ギルドのスタンスを伝える。


「ああ、神器となれば我々のほうが適任かな。コネのある王国の図書館で調べさせよう」


 ギルドのトップ、冒険者のトップ、そして最後の一人。


 1人だけやたら豪華な椅子に座るのは、教会のトップ【統一教皇(スペリオール)】ハインデル=スペランサ。齢五十を超える年のはずだがその顔は生気に満ちており、二十代と言われても遜色ない。長い白髪を無造作に垂れ流し、厳かなクリーム色の法衣を大胆にはだけて身に付けている。気障にも見える風貌だったが、何処か様になる色男だった。


 後ろには近衛のシスター2名が控え、当たり前のように帯剣していた。


「しかし興味深いね。杖のほうはなんとなく心当たりがあるが、おそらくそれ以外にも所持しているのだろう。死人はどうでもいいが、神器は欲しいな」

「はっ、神に使える使徒が言う台詞じゃねぇな。ここだけの話で、聞き逃しておいてやるよ」

「ふふ、悪いね」


 ジークとハインデルが二人して悪い顔でニヤつく。


 旧知の仲である二人の間に、遠慮は不要らしい。死人の存在を放置したり認めることは、教会にとってはタブー。ハインデルの発言の後、何か訴えるようにわざとらしい咳をしていた近衛の一人も、密かに胸を撫で下ろしたようだ。


「人はギルドに、神器は教会に」

「戦闘は冒険者に、でしょ?」

「けっこう」


 ハインデルの発言に、冒険者を代表してクシャーナが答える。


 それぞれの役割分担は決まった。ギルド側と教会側の関係者が揃って席を立つ。急な解散の流れに、何も発していないギルハートが露骨に狼狽える。そんな様子を見て取ったのか、ハインデルが去り際に声を掛ける。


「実質的な対応は冒険者の皆様にお任せするよ。明かしたくない手の内もあるだろうしね。それに、いつまでも講師のレディをお待たせするのも失礼かな。それでは」

「え、ええ、わたし!?」


 パチッと憎らしいぐらい爽やかなウィンクをして去るハインデル。


 見ればぶつくさ言いながらジークも退出するところだったが、"十拳"はいずれも席に着いたままだった。一人一緒に席を立とうとした、教会出身のテレサは「君は立派な"十拳"の一人なんだから、残るんだよ?」というハインデルのしつけに「ふぐぅ……」という謎の言葉を発し、座らされていた。


 アワアワするギルハートに視線が集まる中、エミットがおもむろに口を開くのだった。


「今からが本格的な対策会議よ。まずは混成魔法からね」

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