34話:市街遭遇戦④
神の器と書いて、神器。
それは神が人に与えた、人智を超越した武具である。
いずれも神話に登場するような伝説級の代物であり、その存在すら不確かなものばかり。それでも人が後世に伝えたものの中には、実在した武具も存在する。有名どころでは、終末戦争を終わらせた神器:【破邪の聖剣デュランダル】や、代々皇女が身に付ける神器:【聖女の冠エターナルスフィア】などが挙げられる。
それらは所在こそ確かだが、一国の秘宝でもある。
そんな人類史に大きく刻まれ、決して個人が所有することなど許されない代物を、ただの死人が持っている。イルルが得意げに説明するそれは、本人のうさん臭さも相まってとても鵜呑みにできる話ではなかった。
「……まあ別に信じてもらわんでもええ話やけどな」
話すだけ話して満足したのか、イルルが雑に締めくくる。
落ち着いたミーコを引き剥がし、撤退の準備を促す。彼女の持つ鏡は反射以外にも役割があるようで、光ると同時に大きな扉を生み出していた。慌ててストリックが投擲で阻害しようとするが、それはあっさりとイルルの結界に阻まれる。
「血気盛んやなぁ。物足りなそうな盗賊のねぇちゃんのために、お土産置いとくから楽しんでや」
「……何勝手なことばかり言ってやがる」
今にも切りかかろうとするストリックに、横から声が掛かる。
「いや、ストさん……あれ、やばいかもよ?」
「いつの間にあんな……」
クシャーナが見上げる遥か上空。
そこには光り輝く白い点が見える。光と熱を無理やり圧縮したかのようなそれは、今にも破裂しそうな鼓動を脈打ち、カウントダウンの秒読みに入っていた。ストリックの舌打ちとイルルの楽しそうな声が重なる。そして、セミテスタ達をも釘づけにしている別の振動が地面から伝わる。
そしてイルルとミーコが悠然と告げる。
「神器:【恵みの宝杖アダムツリー】イルル=ポッカロ」
「神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】ミーコ=ミラー」
それは認めた者のみに示す、宣戦布告代わりの真名。
「チッ……必ずその首狩るからな」
「私の置き土産も存分に味わってね? ……次は殺すから」
「やっぱ下にもなんかいるよね、これ……」
それぞれが呟く中、第一部の幕を盛大に引く魔法の名が紡がれる。
「なかなか楽しかったで? そら、置き土産や――閃光魔法『オーレオール』!」
上空が眩く光り、白い点から放射状に閃光が幾筋も放たれる。
地上から距離があるため、細く遅い軌道に見えるが、エミットは危機感を募らせる。おそらくあの魔法の正体は、光属性と火属性を複合した熱線。無差別に街に着弾すれば、被害は甚大である。身振りで示し、セミテスタと共に宙に飛ぶ。
「私たちは街のほうへ!」
「反対側は森だから、ごめんだけどスルーするね!」
「ああ、さっさと行ってこい」
「私達は……こいつらの相手ってわけね」
エミットとセミテスタがこの場を離れる中、振動がさらに高まる。
振動と共に地面から産声を上げたのは、異形のモンスター。なんとか人の形を保った、圧縮された肉の塊。腕や肩回りなどはさらに所々肥大化している。その瞳に知性は宿っていない。凶暴性のみを宿した人工的なモンスターは、目についたクシャーナとストリックに立て続けに襲い掛かった。
「……こんなんで時間稼ぎができるとでも?」
「うーん、悪趣味」
バッサリと言葉と剣で封殺。
死霊術師が扱う素体に、特殊素体と呼ばれるものがある。
通常、死霊術師は魂に紐づいた人やモンスターの素体を使役する。だが魂のみが存在し、肉体がすでに風化している場合は、当然ながら当人の素体は使用できない。その際に代替の肉体として用いられるのが、特殊素体である。モンスターの屍を加工し、用途に合った肉体に仕上げたもの。一般的にはそのように認識されていた。
扉から撤退を試みるイルル達が声を上げる。
「おっと、さすがにノーマルじゃ歯が立たんわな」
「それじゃ、これならどう……? 呪法『ワンダー・ダブル』」
のんびりとした口調とは裏腹に、ミーコの持つ鏡から素早く影が這い出る。
それらは地面を這いながら枝分かれし、残っている特殊素体に吸い込まれていった。すでに数十体を切り刻んだクシャーナ達が身構える中、残りの数体が形を変える。青白い肌は黒く染まり、さらに身体が膨れ上がる。変体の最中に投擲されたナイフはあっさり弾かれ、改変中の素体強度を裏付ける結果となってしまった。
「イルル、あれ出して」
「ああ、なぞるならそのほうが面白いやろな。直接見れないのがちと残念やけど……錬成魔法『ミラー・ウェポン』」
「あいつまた……!」
ポンポンと飛び出る未知の魔法に、危機感が募る。
しかし、真の脅威はすでに目の前に立ち並んでいた。不格好だった素体は、歴戦の戦士を彷彿とさせるシルエットに統一。顔の横には角が生え、まるでヴァイキング帽を被っているようであった。逆三角形の肉体美を得た特殊素体は、手元に浮かんだ巨大戦斧をおもむろに握り進軍を始めた。
「なーんか見たシルエットだけど……これまさか、有り得る?」
「考えたくはないけどな。奴らの余裕を考えると……一筋縄じゃいかないかもな」
再び臨戦態勢に入る二人に、掛けられる声。
「まっ、そういうことや」
「どうぞ同士討ちを楽しんでね、ばーかばーか」
「お前途端に口悪なるやん」
最後までマイペースだったイルル達は、宙に浮かぶ扉に入り、その姿を眩ませた。後に残ったのはクシャーナとストリック、それに数体の黒い特殊素体。戦士としての嗅覚が警戒を鳴らす。先ほどまでのお遊びとは訳が違う。一つ息を吐き、眼前に見据えた脅威を前に、クシャーナは緩く呟くのだった。
「さて、もうちょっと頑張ろうかな」




