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33話:市街遭遇戦③

 最後の乱入者、それは獲物を狩る捕食者だった。


「あ、ストリックだ~。ヤムはもう起きた?」

「ストさん来たらこれはもう勝ち確だね」

「だからあなたたち……敵の前ということを忘れてまして?」


 盛り上がるクシャーナ達に、エミットの小言がサクッと刺さる。


 対峙するイルル達の動きに変化はないが、戦況は大きく変わることとなる。元々ここまでクシャーナ達が苦戦したのも、イルルの変幻自在な魔法とミーコの反射に、エミット達魔術師の相性が悪かったからだ。事実クシャーナの剣戟はイルルを追い詰める一歩手前まではいっていたのだ。


 そこにストリックも加わるとなれば、人数差以上の効果を生む。


「はぁ~……これ、遊び過ぎやんな」

「ギルでも呼んでくる?」

「いやー、そもそもここまで派手にやり合うつもりもなかったしな……潮時やろ」


 気だるそうに呟くイルルに、今度はストリックが食って掛かる。


「いやいや、何帰ろうとしてんだよ。これからだろうが」

「あー……なんや、あいつからはギルとおんなじ匂いがするなぁ」

「ギルはいい匂いする」

「あほ、関わっちゃあかんタイプの人間っちゅうこっちゃ」

「お前らに言われたくはねぇよっ!!!」


 散々な言われように、ストリックが吠えて土を蹴る。


 手を出さないようクシャーナ達に釘を差し、ストリックは疾走する。手には短剣と短刀。身に纏う重厚なマントからは、影からはみ出るように黒い手のような揺らめきが立ち昇る。クシャーナほどの極端なスピードアップではないが、盗賊は総じて身軽で軽快だ。


 瞬時にイルルの懐に入り、短剣と短刀を振るう。


 硬質な音が響き渡り、クシャーナと同じように腕が弾かれる。対魔法用とは別の、恐らく対物理用の結界。土魔法『マッド・シールド』にまるで金属の加工を施したかのような、鈍重な銀色の輝きがストリックの目を照らしていた。ただ固いだけではない、異様なノックバックの衝撃。


「魔術師が近接対策してないわけないやろ!」

「ああ、そうかよ」


 隙を晒した相手に、めった刺しの杭が撃ち込まれる。


 事実そうするつもりだったイルルの次の手は、不発に終わっていた。隙を曝け出したはずのストリックの攻撃が止まらない。一歩、二歩、三歩……徐々に押され出したイルルの脚が、後退を余儀なくされる。反撃の隙が無い。結界の張り直しをやめれば、たちまちその短刀の餌食になってしまうだろう。


「なんやこいつ……っ!!」

「おいおい、早く次の手を打たないと……狩るぞ?」


 恐ろしく硬く、反射のような衝撃まで返す結界。


 確かに厄介だが、ストリックの手数と体さばきがあれば、密着した時点ですでに結果は見えていた。短剣と短刀に加え、スキル『シャドウ・シャドー』による終わらないラッシュ。反射の衝撃は受けるものとして、その力までも次の攻撃へと繋ぐ。


 弾かれた隙を手数で埋め、後方に向かう威力を体さばきと回転で前方へ。


 小型の台風のように回転し紡ぎ、ひたすら前へ前へ。その威力を一身に受けるイルルの結界が悲鳴を上げる。先ほどまでの余裕をなくした彼女は、堪らず吠えた。


「~~~っ!! ミーコ!!!」

「おっけー」


 イルルに呼ばれる前にすでに動き始めていたのは、相棒のミーコ。


 ストリックはミーコの能力を知らない。未知の強敵を前に、一瞬ストリックの意識がミーコに向けられる。その隙を逃さないイルルもまた、一流の使い手。発射されるのは、闇魔法の中では威力の高い大技『トワイライト・ホーン』。設置型の魔法だが、その射出速度は雷魔法に引けを取らない。


「これがそうかよ……っ」

「逃がさない」


 特異な結界と、闇魔法をも扱う魔術師。


 ストリックは"十拳"が3人も揃って攻めきれなかった理由に至り、舌打ちする。射出された漆黒の大杭を跳躍で躱すが、ここでイルル達の攻撃は終わらない。挟み撃ちのような軌道で合流したミーコに、そのままの勢いで迫る『トワイライト・ホーン』。


「ストさん反射!」

「はぁ……!?」


 空中のストリックに再び迫るのは、反射された『トワイライト・ホーン』。


 丁寧に向きを変えて狙い撃たれたそれは、最短距離でストリックに到達する。上下を逆さにしたストリックは、空中で真っ向からそれを受け止めた。交差した短剣と短刀で威力を弱め、纏った影を全て迎撃に当てる。そのまま空中で弾かれるように飛んだ彼女は、ヒラリと地上に舞い降りた。


「ちっ……やってくれるじゃねーか」

「イルルだけだと負け負け」

「ああん? こんなのあえて、やろ。全然実力のじの字も出しとらんわ」

「ちょっと意味が分かんない」

「いや普通に分かるやろ!?」


 ギャーギャー喚くイルル達の様子に、目を光らせる。


 言うまでもなく強敵。明確な敵対意志がある以上、決して野放しにはできない。クシャーナの報告にはなかった敵だ。更なる強敵が控えていることを考えると、この有利な状況で彼女達を逃がす手はない。自身の戦闘欲を満たすための我儘はここでおしまい。


 そうと切り替えたストリックの行動は早かった。


「お前らがそこそこやれるのは分かった……だがこれならどうだ?」

「何を上から目線に……ってお前!?」

「あんなの盗ってくれと言ってるようなもんだろ?」

「わーお、これぞ盗賊の本領ってとこだね」


 そう煽るストリックの右手には、()()()()()()()()()()()()()


 魔術師にとっての杖はまさしく生命線。もちろんそれがなければ魔法を行使できない、という訳ではないが、大きく魔法の精度と威力を欠くことになる。武器を失った戦士にやれることが限られるように、魔術師もまた例外ではないのだった。


「そうとなれば」

「やることは」

「決まってますわね!」


 魔力の高まりが渦となり、クシャーナ達の周りに風を巻き起こす。


「『流れ紡ぎ纏え』――」

「『恵み栄え実れ』――」

「『赤く熱く滾れ』――」


 ここで紡ぐのは、それぞれが持つ最大級の魔法。依然魔法の反射ができるミーコは健在だ。それでも役割を理解したクシャーナ達の詠唱に淀みはない。その視線の先には、長杖を奪われ茫然としているイルルの姿。ここで初めてミーコが余裕を失う。


「イルル、こっちにっ!!」

「させるかよ」


 叫ぶと同時に駆け寄るミーコに、容赦のない銀のきらめきが襲う。


 盗賊の投擲スキル『ピアース・ダガー』。投げられるものは様々だが、今回ストリックが選択したのはマントの裏側に仕込んだ投擲用のナイフ。それらはミーコに直撃こそしなかったものの、手に持つ鏡の縁に当たり、体重の軽いミーコを吹き飛ばす。


(反射は魔法だけか……分断すれば問題なさそうだな)


 瞬時の駆け引きと見極め。


 誰よりもそれに秀でたストリックが、この場を支配する。わざわざクシャーナ達が時間のかかる詠唱ありの魔法行使に踏み切ったのも、確実にイルルを仕留めるためのもの。結界ごと吹き飛ばす――。その確かな戦意は、イルルをその場に釘付けさせるのに十分な圧を放っていた。


「『生命を生む神秘よ――運命の指針に沿って激流となれ』」

「『母なる大地の息吹よ――今我が求めに応じ隆起せよ』」

「『魂に宿る灼熱の炎よ――世界に顕現し気高く咲き誇れ』」


 三者三葉の詠唱とイルルの叫びがシンクロする。


「――『ハイドロ・カノン』!!!」

「――『アース・ペネトレート』!!!」

「――『エル・グレンカ』!!!」

「くそがぁああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ミーコは結局イルルの下には辿り着けず、その場で崩れ落ちた。


 例え死人とはいえ、器を完全に破壊されれば二度目の死は免れない。場を制圧する水の濁流と土の圧倒的質量が結界を砕き、咲き誇る炎の華が相手を焼き尽くす。最早属性の有利不利など関係のないほどの、圧倒的な魔力が迸り天地に伸びた。


「これでようやく一人か……」


 ぼやくストリックがそっと残った一人に目を配る。


 そこには膝から崩れ落ち茫然とするミーコの姿。これで一対四。可能であれば捕らえて情報を引き出したいが、油断するわけにはいかない。ジワリと間合いを詰めながら、クシャーナ達にも目で合図を送る。ピリピリとした包囲網が狭まる中、ここに来て場違いな呑気な声が聞こえた。



「はぁー……これ()()()普通に死んでんなぁ」


 聞こえるはずのないその声。認識したと同時に、致命的な隙を曝け出していたことに気付く。


「ストさん!?」

「くそが……っ」


 クシャーナが声を上げる中、長杖を握っていたストリックの右手に赤い雫が滴り、その顔を歪めた。


「ほれ、ミーコ立ちいや。なんでお前までやられた思ってんねん」

「…………イルル?」

「そや。こんななりやけどなぁ」


 パクパクと喋るそれは、異形の塊。


 存在するのは下顎から下と、所々千切れた上半身に右手がくっついただけの肉体。骨も剥き出しであり、それが長杖を持ち宙に浮かびながらケタケタと話すのだから、最早オカルトを通り越して呪いである。やがて長杖が淡い光を放つとともに、元の形を取り戻していく。


 その有り得ない光景に、クシャーナ達も見守ることしかできない。


「ふー……完全復活ってか。自分で体感しても奇妙なもんやなぁ。なんやえげつない攻撃した割には、律義に待っててくれたんか?」

「……ばか」

「おっ、まさか心配してくれたんかっ……て、おい! 力強いわ、もう1回殺す気かいなっ」

「ばかあほまぬけ」


 イルルの腰に抱き着き、顔を押し付けるミーコ。


 悲鳴を上げるイルルだが、言葉通り完全復活を果たしたように見える。着ていた衣服も元通り修繕されており、回復魔法を超越したその現象を許容できない。クシャーナ達が次の言葉を紡げない中、振り返って愉快に笑うイルルの声が高らかに響くのだった。


「心配せんでも教えたるよ。()()()()にここまで傷を負わせたご褒美にな」

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