31話:市街遭遇戦①
「そこのお嬢さん達、一緒にお茶しない?」
クシャーナは後ろからそんなナンパ文句を言い放ち、相手の出方を窺う。
あえて注目を浴び、群衆の波を平然と縫って遠ざかる人物に当てを付け、呪具を通して調べた結果。それが今の状況という訳だ。群衆全ての心音の有無は確認できなくても、対象を絞れば別だ。思い付きでそれをやってしまうのがクシャーナであり、これほど上手くいったのは僥倖だった。
死霊術師の仲間が潜伏している、という前提でのあぶり出し。
クシャーナの言葉に足を止めるのは、フード付きの外套に身を包んだ二人の人物。以前クシャーナが接触した死霊術師達とはまた違う。その二人のシルエットは細く、内一人に至っては明らかに子供と思われるような背丈だった。もう一人もクシャーナよりも小さく、その手には露店で買ったと思われる食べ物がいくつも握られていた。
咀嚼音が響く中、ようやく口を開く。
「ふーん。おとぼけさんに見えて、あんたなかなか曲者やなぁ?」
フードを外しながら振り返るのは、クシャーナが断言した通り、女性であった。
年齢は読み取れないが、外見だけで判断するなら少女と言って差し支えないかもしれない。もっとも死人にそういった概念があるかは謎だが、呪具を通して対象を見通すクシャーナの"目"は、相手の性別、利き手、装備や武器の有無など、様々な情報を引き出す。
フードを被ったままの一人がか細い声を漏らす。
「え……簡単にばらしていいの?」
「顔見せただけでまだ何も言ってへんやろ。腹芸できんお子様は黙っとき」
「私のほうがたぶん年上……」
微妙にずれた会話を展開しつつ、顔を晒した一人が応答する。
死人にあるまじき、生気を帯びた綺麗な肌色だ。八重歯を覗かせる挑発的な笑みは、彼女の性格の一端を現しているように見える。さらに目を引くのがカラフルな長髪。白、黒、水色、ピンク、黄緑……と多様な色でサッとラインが引かれている。
前にエミットから聞かされたうんちくが頭の中を巡る。
魔術師の中には、得意属性との親和性が高いあまり、髪などにその名残が出る場合もあるらしい。火属性なら赤、風属性なら緑と言った具合だ。だがさすがに彼女は染めているだけだろう。黒と白以外、各属性に当てはまらない色味を宿した髪をかきあげ、少女は言葉を続ける。
「別にこのご時世、死人がうろつくこともあるやろ。まさか冒険者のトップともあろう御方が、死人差別なんざせんよなぁ?」
死人は生者に忌避される。
ただ彼らを見た目だけで判別することはできない。通常死人になると血の巡りを失い、肌は青白く染まる。しかし、目の前の彼女は生者そのもの。特殊なアイテムで偽装できるらしいが、恐らく同系統のアイテムが使用されているものと推測できた。
押し黙ったクシャーナを前に、挑発めいた笑みを隠さない。
またマイナーとはいえ、死霊術師も職業として数えられている以上、突っ込んだ詮索は冒険者界隈からしてもマナー違反だ。至ってまともに正論で相手を遠ざけようとする、事前に用意されていたかのような返しだった。
「うん、もちろん。ただ今は状況が状況なだけにね、例えば【戦士の狂宴】の間だけでも目の届くとこにいてもらえないかなって。それか術師に会わせてもらえないかな」
「言ってることは、職権の乱用やんけ。それに従う理由も道理もないわ」
「わお、手厳しい」
せっかく見つけた手掛かり、逃してはいけない。
だが注目度が極限まで高まっている今、下手な手を打つのは避けたい。そんな葛藤をも見越したような物言いに、クシャーナは焦りを覚える。セミテスタには伝えておいたので後ほど合流できるとは思うが、これ以上足止めは難しいかもしれない。
そんな中、思わぬところから助け舟が出される。
「ねぇ、イルル。食べないならその飴もらっていい?」
「あほ、後から食べるに決まっとるやろ。私は好物は最後まで取っとく派や。というか名前で呼ぶなや、あほちゃうか」
「あほって2回も言った……。先に顔晒したのイルルの癖に」
二人の間に割って入ったのは、もう一人の死人だ。
煩わしいとばかりにフードを脱ぐと、小さい背丈に見合った幼い顔が出てきた。おでこを覗かせた短い黒髪の上に、紫のヘアバンドがちょこんと乗っている。イルルと呼んだ仲間の突っ込みに、怪しい光を宿した目をパチパチしている。両手にはいつの間にか抱えるように黒い縁の鏡を持っており、怪しげな雰囲気を醸し出していた。
先ほどまで黙っていた反動か、幼女の追撃は止まらない。
「抜け駆けしたらギルに怒られるし……預かってたあれで撒けばいいよね?」
「はぁ……? おま、ミーコどんだけ脳筋やねん。というか情報ポロポロ漏らすなや、下手したらそれだけで塵にされかねんで」
「はい、名前言った。イルルの負け」
売り言葉に買い言葉。クシャーナを置いて謎にヒートアップする二人。
「このクソガキ……露店の誘惑に釣られて連れて出たのが間違いだったわ」
「え、ごめん。脱いだほうがいい?」
「いや、もう意味が分からんわ。頭のネジが外れたのと、戦闘狂に露出癖のある幼女。勘弁してや……」
幼女、ミーコの口に棒付きの飴を突っ込み黙らせるイルル。
ミーコの外套の下は下着と言っていい薄着であり、パラッとはだけて見せていた。それを制止し着せ直すその姿に、乱暴な口調ながら面倒見の良さが窺えた。なんとなく同情しながら見ているクシャーナの横に、人が一人二人と降り立つ。
「やっと合流できた! クシャーナ無事!?」
「彼女達がそうですの……?」
エミットの風魔法で颯爽と空から合流した二人。
どうやら群衆の誘導はシスターのサラ達に任せ、セミテスタとエミットだけこちらに向かってきたらしい。額に手を当ててぼやくイルルを前に、エミット達も慎重な顔持ちのまま対峙する。膠着状態と思われたが、空気を読まない技を持つのはミーコだけではなかった。
「ねぇねぇ、あの子達、死人なんだよね?」
「え、うん。それは言質も取れてるから間違いないよ」
「それじゃ、どーん!」
素早くセミテスタの手が上がり、魔法が行使される。
土魔法『ストーン・エッジ』。先端を尖らせた岩を生成し射出する、セミテスタが得意とする魔法の一つである。質量を伴った投擲武器であり、まともに受ければモンスターの身体をも射貫く威力を誇る。それを街中で人に向け放ったとなれば、正気を疑われても仕方ないレベルだった。
「あなた、なにを!?」
「いやいや、相手無傷だから。見てよ」
「わーお」
殺意も敵意もない中での、完全な不意打ち。
反応してからでは間に合わない凶弾を防いだのは、イルルとミーコを円状に包み込む防御結界であった。土魔法の代名詞とも言える守護結界『マッド・シールド』。土魔法に特化した彼女だからこそ、それに気づけたのかもしれない。
土埃が晴れる中、イルルが捲し立てるように喚く。
「いやいやいや、とんでもないのがおるやんけ。冒険者が変わり者揃いなのは今更やけど、あんた完全にこっち側やろ。冷静に狂っとるのが常識人面してたらいかんって。びびるわ、ほんま」
「うわ、よく喋るね~。死人だったらこれ以上死なないし、街中で結界張ってたり怪しすぎなのが悪いんだよ~」
「うーん、推定有罪! セミちゃん怖っ」
冒険者の直感で言えば、彼女達はほぼ黒だ。
それでも攻撃して結界を露わにするという、ただ思いつくのと行動に移すかではハードルが違い過ぎる。横ではエミットが信じられないという表情を向けているが、それでもセミテスタに悪びれる様子はない。
杖を振りかざし、ビシリと先端を突き付ける。
「何が一番かを優先したら、ここで逃がすって選択肢はないでしょ。違ってたら後で謝ればいいし。たぶんストリックもそうするよ」
「え、これもうやっちゃっていいの? それとも脱いで謝ったほうがいい?」
「あああああああああああああああ、もう知らんわっ!!!」
どうやら常識人枠である、イルルの許容範囲を超えたらしい。
ミーコの持った鏡が怪しく光り、イルルの横には長杖が出現する。ここまでくれば、エミットも戦闘態勢に入らざるを得ない。闘技場から少し距離を取った場所で、人知れず盤外戦が始まろうとしていた。




