30話:戦士の狂宴-閑話③
静かな待合室に、規則的な寝息が響く。
Dブロック1回戦、リュウレイvsヤムの一戦はリュウレイの勝利で幕を閉じた。前回同様、激戦の熱をそのまま持ち寄り駆けつけたクシャーナ達だったが、スタッフにあっさりと追い出されていた。
「あと一歩、肝心なとこで運がねぇなぁ……ヤム」
一人待合室に残ったのはストリック。
リュウレイ戦で全てを出し切り精魂尽き果てたヤムは、待合室の簡易ベッドに倒れ込むと同時に眠りに落ちたらしい。やり切った満足感からか、その顔は疲労感こそ濃いものの、どこか晴れやかだ。
最後の一手、ヤムは間違いなくリュウレイの上をいった。
百の斬撃を受けきり、渾身の一撃を振り切った。その一撃は間違いなくリュウレイの首を跳ね飛ばす軌跡を描いていた。しかし何の因果か、振り切った手に持つ彼女のククリナイフは半ばから折れており、切っ先分届かなかったのである。
ヤムの気持ちを折りにかかった武器破壊。
それが狙った結果ではなかったものの、最終局面を左右する要因になったのだから、分からないものだ。最後リュウレイと身体の接触はあったように見えたが、互いに零距離での間合いだ。全身全霊を込めた一撃を外しヤムは力尽きた、そう見るのが自然であり、外から微かに聞こえる解説もそう言っているようだった。
(ただ……本当にそうか……?)
ストリックはヤムの顔を覗き込みながら考える。
あの時のヤムは、過去一で動きがよかった。リュウレイとの間合いを詰めるだけでも相当消耗しただろうが、彼女があんなに静かに幕を下ろしたのがどうにも気になった。劇的で華やか。ヤムの中で音楽が流れている限り彼女は決して止まらない。つまりは、ストリックの野性の勘が鋭く警鐘を鳴らしているのだ。
最後の接触になにかあったのではないか。
その問いを目線で投げかけても、相変わらずヤムは幸せそうな寝息を立てている。もっとも目が覚めたら覚めたで、そんな情報集めは絶対しないが。今はただ、自分らしく戦った戦友を労い、深めに椅子に座り直すのだった。
*
初戦から誤算だった。
一人待合室で自問自答するリュウレイは、頭を上げないまま座り込んでいた。途中ヤムの待合室から追い出されたクシャーナ達が押し寄せてきたが、適当な愛想笑いで追い返していた。
「まさか……『無刀・御霊雫』まで使うなんて」
ヤムは一度は下した相手だ。
もちろん決して侮れる相手ではないが、心を乱さなければ勝てる自信はあった。結果、奥の手まで出した薄氷の勝利だったことに、リュウレイは歯噛みする。『無刀・御霊雫』は剣士であるリュウレイが、零距離で放てる隠し技だった。
その正体は、剣を用いない水属性の波動。
人の身体は半分以上を水分が占めている。そこに衝撃を与え中から破壊する、生物であれば有効な必殺。直接手のひらを当てた際、瞬時の操作が求められるため達人でも不発に終わることが多いが、彼の領域内であればそれも杞憂だった。
彼が憂慮するのは、これがトーナメント方式だということ。
いかに手の内を見せずに登り詰めるか。"十拳"に名を連ねる冒険者達であれば、複数の戦術を使いこなしもするが、おいそれと見せたくない奥の手もある。簡単には気付きにくい無音技ではあるが、違和感や気づきはきっとあったことだろう。
「いや……これが"十拳"のレベルということか」
奢りだな、と一人自虐の笑みを零し立ち上がる。情報がない新人という立場もあり、立て続けに番付を上げたことにより、人知れず天狗になっていたようだ。一度折られたはずの鼻だったが、どこかあの一戦は特別扱いをしていたのかもしれない。
全てはただ、一振りの刃に至るために。
ヤム戦の高揚を己の湖に沈め、深く息を吐く。最終局面での剣の冴えは確かに悪くなかったが、調子や気分に左右される剣など、至高には程遠い。薄暗い待合室で精神統一すること数分。孤高の道を突き進む剣士は、暗闇から這い出てひっそりと次のステージへと歩を進めるのだった。
*
追い出されたクシャーナ達が次に歩きながら向かった先。
それは闘技場外にズラリと並んだ露店街だった。
「おっ、見ろよ! 闘技者達のお通りだ!」
「うわぁ……こんなに近くで見れるなんて!」
「お、おい! 映像記録結晶持ってるか!?」
途端に群衆の波が押し寄せ、辺りは騒然となる。
串焼きを頬張りながら、クシャーナは呑気に手を振っている。セミテスタもそれに付いていく中、後ろを行くエミットは早くも悪手だったと頭を抱えるが、時すでに遅し。今でこそ群衆は理性を保ち遠巻きから騒いでいるだけだが、何かのきっかけで容易く壊れる脆さを持っている。
「はぁ……そこまでです」
ピシャッと地面に亀裂が入り、鋭い風がクシャーナ達を囲むように渦巻く。
風が止み目を開けたそこには、クシャーナ達を囲むように4人の近衛シスターが姿を現していた。全員が帯剣しており、物腰は柔らかながら何者をも寄せ付けない圧を放っている。【戦士の狂宴】の運営、警備にはギルド所属の冒険者も多く駆り出されているが、関係者周りは専ら彼女達、協会所属のシスターが担当していた。
その内の一人がクシャーナににじり寄る。
相変わらず無遠慮に串焼きを頬張っていたクシャーナの挙動がピタリと止まる。
「あ、やば……サラ……さん」
「ええ、そうですとも、クシャーナ。お行儀はこの際お祭りということで不問にしますが、あなたは自分がどれだけ注目されているか分かっていないようで」
「いやいや、分かってるよ。ねぇ、セミちゃん」
「うぇ!?」
流れ弾を喰らう形で、セミテスタまでも挙動不審に陥る。
近寄ってきた年配のシスターは、隠すことなくため息を漏らす。少し色素の抜けたブロンドの髪を後ろでお団子状にまとめており、厳かな雰囲気を醸し出す女性だ。肌には皺こそ浮かんでいるが背筋はピンッと伸びており、全く年を感じさせない立ち姿だった。
彼女の名はサラ=サルトリア。
未だ現役で教会のシスター近衛隊長を勤める人物であり、クシャーナの剣の師匠でもあった。穏やかな表情で微笑む彼女ではあるが、付き合いの長いクシャーナはその裏にある圧を見逃さなかった。
「ちょっと乱暴な方法だけど、人探しも兼ねててさ。今見つかったから、また後で!」
「あ、こら! もう……あの子はいつまでもお転婆ねぇ」
「クシャーナがああまで……」
サラがぼやき、エミットも釣られて呟く。
悪戯が大人に見つかった子供のように、クシャーナは露店の屋根を伝い瞬く間に姿を消した。簡易的に組まれたテントが多い中で、その上を軽業師のように移動する姿は、それだけで群衆の喝采を浴びた。シスター達が解散を促し人がはけていく中、サラがエミット達に向き直る。
「騒がしい子でごめんなさいね」
「いいえ、いつもお世話になっております。それよりご挨拶が遅れてすみません。冒険者、エミット=アルグレカと申します」
「あらまあ、これはご丁寧にどうも。ふふ、あの子の友達にこんな礼儀正しい子がいるなんて。出張った甲斐があったかしら」
あらあら、と一気にくだけた雰囲気に変わるサラ。
二人が和やかに会話する中、セミテスタだけがクシャーナの向かった先を見つめている。
「結局クシャーナはどこに行ったんですの? なにか聞いてまして?」
「あ、うん」
ボーっとしていたセミテスタが向き直る。
「なんでも『死人』見つけたんだってさ。……あれ、これ私達も急いで合流したほうがいいやつ?」
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