28話:戦士の狂宴-Dブロック1回戦②
世界は、音で溢れている。
固有スキル:『心躍舞踏』。
物心ついた頃から音に祝福されてきた、ヤムだけが持つスキルである。ヤムの場合は、生まれ落ちると同時に獲得していた、先天的な才能だ。キャラバンの一団の商人と踊り子の両親を持つ彼女は、各地を旅しながら自由に育った。
そのスキルの効果は、『世界を音で感じる』というもの。
極めて抽象的であり、決して戦闘向きのスキルではない。だが幼い頃から踊り子として生きてきた彼女にとっては、正に天賦の才。彼女の生まれ育った環境も合わさって伸び伸びと育ったそれは、剣の道においても有用だった。
人の鼓動、息遣い、所作が奏でる音。
眼を閉じても感じられるそれは、相手の情報を包み隠さずヤムに教えてくれる。息をするのと同じように、常に当たり前に行使されてきた『心躍舞踏』により、若くして達人の剣士が達する境地へと彼女を引き上げていたのだ。
そんな彼女が相対するのは、同じく至高の領域に足を踏み入れたもの。
一種の必然か、彼らは大舞台で再び相まみえることとなった。先読みと反応。所謂後の先、カウンターを得意とする両者だが、目まぐるしく攻防が入れ替わった一戦目とは異なる様相を呈している。ひたすら待つのは、水属性の流派、五月雨式の剣技を振るうリュウレイ=イサヤ。
ただ今の彼が行っているのは、後の先ではない。
彼の領域に入ったものすべてを刈り取る、神速の剣閃。ヤムをもってしても安易に踏み込めないそれの正体は、先の先。相手が打とうとした瞬間に先に斬る、リュウレイの最速抜刀術『波紋・飛水の太刀』。
つまるところ、リュウレイの速すぎる反応に、ヤムは攻めあぐねていた。
(速すぎて、音と動作が一致しない……!?)
音を置き去りにするリュウレイの剣技は、ヤムにとって天敵足りえる業であった。ただリュウレイとて人である以上、当然呼吸もするし胸も鼓動している。人にはそれぞれ癖があり、何かしらのモーションに入る際には、必ずサインが音として現れる。
培ってきた感覚から、辛うじて相殺しているが、このままでは埒が明かない。
リュウレイの間合いはヤムよりも広い。おまけに彼の流派の特徴の一つは、途切れない剣技。一度受け間違えるとそこで終わってしまう。焦る気持ちと二度も負けられないというプレッシャー。闘技者としての矜持が、冒険者の最高峰としてのプライドが、ヤムを蝕んでいく。
(なにこれっ……嫌……!!)
勝利の飢えに囚われた彼女は、やがて自分の剣技を見失う。
「――――あなたにはがっかりだ」
もう何度目になるか、リュウレイの領域から弾かれたヤムは、酷く冷めた声を聴いた。
「……っ!?」
その余りの冷たさに、ヤムの身体が強張る。
「ああっと!? ヤム選手の武器が――!?」
「私にも速すぎて全ては追えませんでしたが……数回ピンポイントで同箇所を狙いすました、武器破壊ですね」
がなるサミュとマキリの解説に促されて見た己の武器は、片方が半ばで折れていた。その致命的な事実に遅れて気付いたことに、激しくヤムの鼓動が乱れる。そんな彼女に、鋭利な刃先と化したリュウレイの呟きが刺さる。
「保身に囚われた剣士は、最早死んだも同然。次は確実に斬る――――最も、今のあなたがこれ以上踏み込めるとは思えませんが」
事実上の降伏勧告。
剣士にとってこれ以上ない屈辱だが、ヤムの全身は強張り、反論を吠えるべき口も動かない。構えは崩していないリュウレイだが、その眼には軽蔑の色が宿っていた。決闘の最中に俯き、棒立ちになってしまったヤム。
異変を察知した観客のざわめきが大きくなるが、彼女の世界には届かない。
慎重に状況を見定めようとするサミュだったが、仕合を円滑に進めるのも実況としての務め。戦闘不能に陥る、降参の宣言があるなど、明確なサインがなく仕合が止まってしまった場合は、彼女がジャッジしなければいけない。そんな決意を固めようとする彼女は、後ろから音もなく近づいてきた人物に気づけなかった。
「ヤム!!!」
「ちょっ!?」
ざわつく闘技場内を黙らせる大音量。
サミュのマイクを奪って、掟破りの闘技者への声掛けをしたのはストリック。同じ関係者席にいたであろうクシャーナは関係ないとばかりにすまし顔、セミテスタは指を差して笑い、エミットは頭を抱えている。
「ストリック…………」
項垂れるヤムの耳に、怒号が突き抜ける。
「いつも通り楽しく踊れ! お前はそれでいいんだよ!!!」
その後もバカだなんだと喚く彼女は、青筋を浮かべた近衛のシスターに数人がかりでしょっ引かれていった。ゲラゲラ笑うセミテスタの声が響く中、ヤムの胸がジワリと暖かくなる。ヤムに足りないのは、勝利への執着心。それは正しい。だが彼女が最高に輝くときは決まって本人も、そして周りも笑顔だったのだ。
「そっか……あたし、バカだったね」
パチンと、頬を叩く。
音は祝福だ。踊りに魅せられた少女は、やがて剣の才能にも恵まれ、やれることが増えていった。その過程で、どうやら下手なものも一緒に背負いすぎていたらしい。彼女は世界を旅するキャラバンで生まれ、世界を楽しんできた。
苦しいことなんて、辛いことなんて、一度として選択したことはない。
こうして強敵と剣を交わすことも、世界に示す一つのリズム、音楽だ。彼女自身の楽しむ気持ちが、熱くなる心が、彼女をここまで連れてきてくれたのだ。ぶっきらぼうな強敵が、それを思い出させてくれた。
だから今、彼女は笑う。
「待たせてごめんね。――もう一度、あたしと踊ってくれますか?」




