26話:戦士の狂宴-閑話②
"十拳"に送り込まれた刺客、ハクマ=シダン。
自分を取り戻した彼が取った行動は、贖罪への道。
死霊術で縛られた彼は元々死人であり、彼の魂を解放する術をオルゲートは知らない。それでも一戦を交えたものだけが分かるものもある。彼の強さへの情熱と渇望は本物だ。時を超えて蘇った偉大な戦士を前に、オルゲートは深いため息をついた。
「わしは一介の戦士に過ぎん。聖職者の真似事なんぞ、期待するだけ無駄だぞ」
「なら教会でもギルドでも話を通してくれないか。私はまた操り人形には戻りたくない……!」
鬼気迫る表情に込められた感情は、恐らく彼以外には分からない。
「やれやれ、厄介なことになったが……どれ、話は皆で聞けばよかろう」
「なに――」
口元に笑みを見せながら、オルゲートは入口へ。
大股ながらゆっくりとした動作で入り口の取っ手に手をかけ、勢いよく引いた。弾かれるように開かれた扉の向こう、寄りかかっていた数人が悲鳴と共に雪崩れ込んでくる。ポカンとするハクマをおいて、オルゲートは悪ガキどもにお見通しとばかりに声を掛ける。
「もう! あなたが押すから!」「そっちの声が大きかったからでしょ!」
「こそこそせんと、さっさと入ってこい。セミテスタ、エミット、ストリック。なんだ……クシャーナはおらんのか?」
「あ、はいはーい。今来たよ……ってなんか楽しそうだね?」
"十拳"の内、6名がここに集い、再び時は動き出すのだった。
*
「「「ハクマが死人!?」」」
セミテスタ達の新鮮な反応にニヤリとしつつ、オルゲートが状況を説明する。
ハクマの自我は戻っており、今は危険性はないとのこと。ただ死霊術は継続でかかっており、いつ引き金が引かれるかは誰にも分からないこと。ハクマ自身は解放を望んでいること。時折ハクマ自身の言葉で明かされるそれに、誰もが複雑な表情を作った。
「あ、それなら如何にもな人達と、さっきそこで会ったよ」
さらに飛び出したクシャーナの仰天発言に悲鳴を上げ、暴れる数名。
ガクンガクンと乱暴に揺さぶり、目を回すクシャーナから情報を引き出す。これで黒幕の人相が大まかにだが分かった。彼らの目的は不明だが、ハクマほどの駒を用意できるだけの力があることは確かだ。嫌な汗をかく面々の前で、回復したクシャーナがハクマの前に立った。
「ねぇ、仕合中も操られてたの?」
「いや、極度の興奮状態ではあったが……あの戦闘だけは自分の意思で臨み、負けたのだ」
「ふーん、そっか、いい仕合だったもんね。ナイスファイト」
サムズアップして健闘を称える彼女を前に、奇妙な空気が流れる。
そんな空気を壊したのは、オルゲートの豪快な笑い声だった。
「ふはははははははっははは!!!」
「お、おいオルゲートのおっさんまで可笑しくなったのか!?」
「ばかいえ! つまらん謀に頭を抱える暇があるなら、まずは戦士を称えんか! 新たな強者の存在など、諸手を挙げて歓迎せねばどうする!?」
それはハクマであり、まだ見ぬ脅威の死霊術師でもある。
思わず突っかかったストリックも息を呑み、やがてゆっくりと獰猛な笑みを浮かべた。そう彼らは頂を目指す者達。オルゲートの檄によりペースを取り戻した彼らは、一転ハクマへと興味をシフトした。遠慮のない乙女達に囲まれ、今度はハクマが追い詰められる。
「ねぇねぇ! あの雷纏うやつ凄かったね! あれどんなスキル? もしかして固有スキルだったりする!?」
「ばかテスタ! 他人のスキルの秘密を堂々と聞くやつがあるか!?」
「む、【電纏甲冑】は確かに私の固有スキルだが……あれは本来負荷が強すぎて、生身ではあんな使い方はできなかったのだ。そういう意味では、それをも上回ったオルゲート殿の技量に驚くばかりだ」
「あんたもしっかり話すのかよ!!」
「もー、ストリック静かに! いいとこじゃん!」
途端に賑やかになる待合室。
全く何も解決した訳ではないのだが、何故だか今はこれでいいような気がした。強者には強者の矜持があり、それを犯すものを許しはしない。ただ今は歓迎しよう、新たな強者を。
エミットだけが俯瞰して頭を抱える中、新人の歓迎会は荒々しく行われるのだった。
*
当然、あれだけ騒げば運営も気づくものだ。
肩身が狭いのか、大きい身体をキュッと縮めたハクマの横には、細身のシスターが二人、張り付くように付いていた。冒険者序列8位のテレサと同じく修道服に身を包み、腰には白い鞘に収まった剣も携えていた。
「この件は、教会が預からせて頂きます」
粛々と事情聴取を行い、シスター二人の内一人が声を上げる。
「あれ、近衛の人達じゃん」
「これはクシャーナ様。カナケー家の方には、いつもお世話になっております」
「あ、こちらこそどうも」
【戦士の狂宴】はギルドの他にも、多くの団体が絡んでいる。
そのうちの一つに、教会が絡んでいるのは公然の事実だ。現代の教会のトップ、教皇は厳かな教えを謳いながらも、若かりし頃は武闘派として知られていた。ギルド長とも親しい間柄であり、VIP席で観覧する姿は、スクリーンにも偶に抜かれたりしていた。
そんなトップだからこそ、シスターながら武闘派も存在する。
他者を侵略しない自衛の剣、【近衛】の称号を賜ったシスター達はいずれも精鋭揃い。ただあくまで彼女達は護衛、牽制が任務。テレサのように表舞台に出ることも、こうしてイレギュラーの鎮圧に乗り出すことも珍しいことであった。
「【戦士の狂宴】は教皇様がとても楽しみになさっていた一大イベント。それに茶々を入れる不埒な輩には裁きが下るでしょう」
「あー、これもしかしてめちゃ怒ってる?」
クシャーナが密かに後ずり、エミットの陰に隠れる。
「ハクマの処分はどうするつもりじゃ?」
「当面は何も? 教皇様には、常に二人以上で監視体制を取れとしか言われておりません」
「そなたらの腕を軽んじる訳ではないが……いささか荷が重いのではないか?」
疑問を投げかけるオルゲートの言葉に、場が鎮まる。
そう避けて通れないのは、ハクマの戦闘力だ。今回はオルゲートが退けてこそ見せたが、彼の力は死霊術も込みで"十拳"に食い込むレベルに到達している。それが再び悪意を持って解き放たれたとすれば、被害の規模は計り知れない。
「ええ、私どもではなすすべなく死することでしょう」
「そんな……」
「ただ私どもが死ねば、教皇様は気付きます。なので、何も問題ありません」
圧倒的なまでの信頼、いや信奉と呼ぶべきか。
彼女達は教皇の命令であれば、容易く命を投げ出す。その一端を垣間見て、寒気を覚えるセミテスタ達。同じ教徒であるシスターに救われたクシャーナの表情は読み取れないが、彼女達にも事情はあるのだろう。
「戯れはこの程度に……。次の舞台も着々と整っていると聞きます。お見逃しなきよう」
ペコリと挨拶をし、ハクマと共に出ていくシスター達。
その直後、鳴り響くのは観客達の歓声だ。Aブロック1回戦の戦評と小休憩が終わり、次の仕合のアナウンスがされたようだ。観客の混乱なども生じていないことから、あくまで上は予定通り【戦士の狂宴】を続ける気なのだろう。
「ま、面倒なことは私達が考えても仕方ないしね」
クシャーナの投げやりな声を合図に、彼らもまた次の決戦の舞台へと向かうのだった。




