2話:呪具なるもの
呪具、それは魔道具の一種である。
読んで字の如く、呪われた魔道具なのだが、まずは魔道具のおさらいといこう。
魔道具とは、魔力が込められた道具全般を指す言葉だ。
夜になると自動で灯るランプや、水を吐き出す水瓶など、人々の日常生活に欠かせない便利アイテムも多い。だが、専ら重宝しているのがダンジョンに潜る冒険者だった。
鍛冶師が作成するものもあるが、どういう訳か取り分け強力な魔道具はダンジョン内に眠っており、それが冒険者のお目当ての一つともなっている。
魔道具は「ダンジョンの遺産」とも呼ばれる秘宝だ。
強力な武器や防具は高値で売れ、装備をすれば高い戦闘力を得られる。深い階層にある傾向が強いため、実力者で無ければ拝むことも叶わないのだが、それでも人は一種の夢を見てダンジョンに潜る。言ってしまえばダンジョン内にある、モンスター以外から得られるお宝、という認識で間違いないだろう。
さて、お次は呪具だ。
魔道具なのは間違いないのだが、何故か呪われてしまっている残念アイテムである。効果は他の魔道具と比べて強力なものも多いのだが、如何せん「呪い」というデメリットがある。
それが足枷となるため、適当な骨董品店で売られるか、そのまま見捨てられることも多い。つまりは、好んで収集する人もいないような外れアイテム、というのが冒険者の一般的な認識だった。
*
そんな呪具を追い求めるとなれば、当然潜るはダンジョン。
「おい、そっち行ったぞ!」
「はいはい、おー、大物だね」
「ファイトー、危なくなったら下がってきていいからね~」
3人はいずれも冒険者のトップ集団"十拳"の一人。
個々の戦闘能力は突出しており、パーティーで潜るダンジョンでもソロで行動できる実力がある。その巨大戦力が3人もいるとなれば、ダンジョン内で早々敵になる相手などいないのだった。
クシャーナに先を越されまいと、ストリックが先陣を切る。
「『アクセラレータ』『ライジング』『シャドウ・シャドー』……掻き切ってやるよ」
「わぉ、容赦ない攻め」
ストリックは神託の日、盗賊の才能を見出された。
軽快で小回りの利く動きと、手先の器用さからパーティーに一人は欲しい職業だ。基本的にパーティー内の役割としては斥候で、メインアタッカーには戦士や剣士が付くことが多い。だが、ストリックの持ち味は突出した「殲滅力」。
立て続けに唱えたスキルにより、彼女は獲物を狩る捕食者になる。
目の前には、堅牢な身体を持つモンスター《ヒスイゴーレム》の群れ。淡い緑に発光する巨体が、暗いダンジョン内でも存在感を放っている。通常ゴーレム系統の相手に斬撃は通用しづらい。盗賊は魔術師の大技を打ち込むまでの時間稼ぎ、囮になる戦法が一般的だが、ストリックにその選択肢はいらない。
「ゴォ!?」
「ハッ! 木偶の棒狩るのなんぞ余裕なんだよ!」
振り下ろされる怪腕を掻い潜り、ストリックは疾走する。
冒険者はそれぞれ適性にあったスキルを取得する。ある程度、職業ごとに取得できるスキルは定まってくるのだが、全員が全員同じスキル持ちとはならない。戦闘スタイルに沿って、徐々に枝分かれしていき、経験を積んだ冒険者ほど尖った構成になるのだった。
ストリックは「速度」と「威力」に特化したスキル構成。
スキル『アクセラレータ』で速度を上げ、『ライジング』で威力を底上げし、『シャドウ・シャドー』で手数を増やす。手に持つは小剣と短刀。異なる武器を器用に使いこなす彼女は、戦闘センスの塊だった。
「ひゅー、いつ見てもえぐいね、ストさんの狩りは」
「『シャドウ・シャドー』以外は盗賊の初期スキルだけどね。言動に見合わず手堅い、基本を磨き上げた熟練の業だよ」
ストリックの戦闘を横目に、残った二人は好き勝手喋っている。
「おい! 私だけに働かせて何楽してんだよ!」
「ふふっ、ストさんが一人で突っ込んだからじゃん、ウケる」
「あはは、ごちそうさまです~~」
戦闘を終わらせたストリックが文句を言いながら戻ってくる。
大して息も切らさない様子で戻ってくる彼女だったが、ゴーレムの群れを盗賊が一人で切り刻んだともなれば、通常のパーティーであれば卒倒しかねない話だ。つまるところ、これが彼女達の"普通"であり、多くの冒険者達のトップに君臨する、まごうことなき実力だった。
「……おい、あれはクシャーナが倒したのか?」
「へ? そうだよ~。結局私の出番無かったなー」
ストリックが見るのは、群れから離れて倒れている一体のゴーレム。
《ヒスイゴーレム》の群れに突っ込む前、脇道からもう1体確認していたストリックは、その処理を後ろのクシャーナ達に譲っていた。別に彼女達の実力を疑ったわけではない。だが、問題はその討伐速度と静穏性だ。そのゴーレムは既に物言わぬ屍となっていたが、その身体の中央には大きな穴が穿たれていた。
(私でもこれを短時間にやれってのは無理だ……)
ストリックの火力の高さは、速度×手数による相乗効果によるもの。要は最高火力を放つ、トップスピードに乗るまでに多少の時間がかかるのだが、どうやらそれと同等以上の威力を秘めた一撃で、瞬く間にそのゴーレムは葬られたらしい。
(ノーモーションで最高火力……はたまた異常に速く、そして堅い)
顎に手をやり考え込んでしまったストリックに、セミテスタが怪訝な顔で尋ねる。
「どしたのストリック?」
「ああ、くそっ……なんでもねぇよ!」
得体のしれない強さ。
クシャーナを一言で表すならば、まさにそれだ。
持って生まれたセンス。磨き上げた戦闘技術。場数で培われた経験値。スキルや装備の組み合わせなどなど。それぞれ人の強さには理由がある。その理由が分からないからこそ惹かれ、柄にもない追っかけのようなことをしているのだ。
「おーい、何してんのストさん、セミちゃんも。次行くよー」
「あ、は~い。ほらストリックいこ」
「……ああ」
【灰掛梟】は狙った獲物は逃がさない。
(いつか必ず……私はお前を喰らうぞ、クシャーナ……!!)
この関係性が嫌いなわけではない。ただ、最強を目指すと誓った己の矜持のために。マイペースに先頭を行く"最強"に、彼女は静かに魂を燃やすのだった。