17話:戦士の狂宴-前夜祭②
改めて"十拳"の最新序列が記された洋紙に目を通す。
それはクシャーナやストリックにとっても、驚きを隠せない内容だった。
1位:【瑠璃色蝶】クシャーナ=カナケー
2位:【灰掛梟】ストリック=ウラレンシス
3位:【放浪武者】スカル=ゾゾン
4位:【五月雨式】リュウレイ=イサヤ
5位:【天変地異】エミット=アルグレカ
6位:【緑牢亀】セミテスタ=ケアー
7位:【駆逐要塞】オルゲート=フュリアス
8位:【逆十字】テレサ=スー
9位:【舞踊姫】ヤム=ソーア
10位:【雷獣】ハクマ=シダン
「まずなんだ……知らんやつが3人いるな」
「うん、10位……8位……そして4位」
入れ替え戦は必ず一つ上か下の序列相手にしか当たらない。
つまり、4位の彼は5位以下の全員に勝っていることになる。当然入れ替えのタイミングにより相手は異なるが、名だたる強豪が名を連ねる中で、全くの新人が4位という上位にいることがまず異常事態であった。
「4位ということは、3人ともやり合ったんだよな?」
「ええ、私が止めるべきでしたのでしょうけど……」
ストリックの問いに、エミットが顔を曇らせる。
4位は【五月雨式】の異名を持つ若き剣士、リュウレイ=イサヤ。水属性の流派、五月雨流の剣術を武器に、番外から立て続けに序列を上げたのだ。それは長く同じ顔触れが続いた"十拳"を一人切り開いた、クシャーナを彷彿とさせるものだった。
「1回負けただけで白旗を上げる気はないけどさ~、正直魔術師はかなりきついと思うよ」
「そうだねー。何と言っても彼の攻撃は途切れないんだよ」
「へぇ……」
セミテスタとヤムも口を揃えて、4位の彼を絶賛する。
水属性の剣術を武器にするものは過去にもいたが、彼の力は歴史の中でもかなり高い位置に属するらしい。圧倒的なまでの速度と剣技の冴え、そして手数。それは闘技場という限られたスペースで、面と向かって対戦する形式の入れ替え戦では、非常に相性が良かった。
軽く舌打ちするストリックは、次の話題に移る。
「まあ、そいつがすごいのは分かった。他の奴はどうだ?」
「えーっと、8位の子とは私が当たってるね」
「ヤムちーが初見の子に負けるなんて、ちょっと信じられないかも」
クシャーナ達の見立てでは、ヤムも上位に食い込む力は十分ある。
だが彼女の現在の序列は9位。なかなか崖っぷちであり、こうなると聴衆の関心は上に上がれるかではなく、いつ落ちるかと言った残酷な話題に移るのだ。
「あはは、4位の子の時もそうだったけど、リズムに乗る前に相手の流れでやられちゃったからなー。ちょっとスタイルを考える必要あるかもね!」
「ヤムちー……」
努めて明るく話すヤムだが、その手はギュッと硬く握られている。
弱きものは強きものに淘汰される。それが"十拳"。そこに一切の情や事情などは考慮されないし、されてはいけない。それを分かっているからこそ、ヤムはただ前を向く。
「つっても、正直ヤムほど対応力があるやつもいねぇだろう」
「うん、誰が相手でも自分の戦闘ペースに引き込めるのが、ヤムちーの踊りだよ」
「え、なに!? まさかストリックが褒めてくれてる!?」
感情の振れ幅が大きいヤムを、ストリックが鬱陶しそうに払う。
実際のところヤムの持ち味は、誰が相手でも対応できる、その戦闘スタイルにある。天性の踊り子である彼女は、一度リズムに乗ると止められない。例えそこに不協和音が生じたとしても、気付けば相手のみならず観客までも取り込み、彼女はその舞台の主役になるのだ。
コホン、と咳払いをしてエミットも話に加わる。
「ええ。それ込みで、8位の彼女は決して油断できない相手ですわ」
「ちなみにこの子はなんなの? 異名だけだと全然想像つかないや」
「シスターですわ」
「はぁ?」
エミットの返しに、ストリックが先に反応する。
ヤムを破り8位に食い込んできたのは、テレサ=スー。【逆十字】の異名を付けられた少女である。彼女の職業は、剣士でも戦士でもなくシスター。修道服に身を包み、一振りの十字架を模した剣を携えていた。
「シスターに【職業変更】した元剣士ってことか……?」
「そこはおそらくとしか。彼女の武器は、魔術とも剣術とも言えないものですわね」
「魔法陣が出たかと思えば、出てくるのは魔法じゃなくて斬撃なんだよ!」
「無茶苦茶だな……」
8位とはいえ、彼女もなかなかに特殊らしい。
まず【職業変更】とは、才あるものが別の職業に転職することだ。教会での神託で見出された才を返納し、別の才を育てる職業へと進む。これは一つの救済処置とも、世界への反逆とも捉えられる、倫理的には難しい問題であった。
一つの真理、世界のルールとして存在する「職業適性診断」に抜け道がある。いつしかそれは不満を持つ人々や、救いを求める人への救済としてひっそりと広まっていった。
もちろんそれはリスクのある話だ。
【職業変更】をして希望の才を授かるかは分からないし、最悪元の才すら失う可能性がある。元からある才を投げ出す覚悟がないと、おいそれと立ち入れない領域なのは間違いなかった。
ただシスターの場合は、また話が違う。
シスターという職業は、教会の神託で告げられる候補にそもそも入っていない。人が神に縋りつき得た、一種の救い。男性の場合はモンクになるが、それは才のあるものないもの問わず、迎え入れることを可能としていた。
「それで神聖魔法が使えるようになるんだから、実際馬鹿にできないよな」
「ええ、それに元から才あるものがシスターになった場合、混ざると言われてますわ」
「それが彼女の強さの秘密……」
神妙な顔持ちで考え込む面々。
"十拳"しかり、冒険者のスタイルというのは流行りが存在する。
"十拳"ができた当初は、戦士や剣士、騎士と言った近接職が覇権を握っていた。入れ替え戦が対面の試合形式となるため、間合いを活かせない魔術師や弓兵はそもそも不利だったのだ。名を馳せる強者が出てきて、その後追いをする冒険者達。必然的に使用されるスキルも似通る。
言わば、冒険者本人の資質や技量が問われる時代だった。
次に押し寄せてきたのが、スキルの先鋭化だ。
強者を追いかけるのではなく、独自の路線で強さを磨く者たちが現れた。それが俗にいう新星、クシャーナ達である。自分だけの強みと、さらにそれを研ぎ澄ます装備や技術。
型が大衆化から個別化へと、切り替わる潮流を生み出したのだ。
対面戦闘を苦手としていた魔術師なども、この頃から頭角を現すようになった。その新しい波に"十拳"の古株は飲まれ、世代交代を余儀なくされていた。
そして、今訪れようとしているのが職業の先鋭化。
8位のテレサ=スーなどはよい見本だ。"十拳"にはまだ届いていないが、名を上げる冒険者の中には、今まで聞こえなかった職業のものが現れるようになった。花形である剣士や戦士、魔術師などの職業が決して古びた訳ではないが、やがて新しい風は否応なく入ってくるだろう。
思考の海から顔を上げたストリックが、神妙な面持ちで話す。
「……私達も今をなぞるだけじゃ勝てなくなるかもな」
「ふふん、別に今がピークって訳じゃないし!」
「そうだーそうだー、私だってまだまだ強くなるよ~」
負けじと声を張り上げるヤムとセミテスタ。
「意気込みは十分買いますけど、あと一人忘れては可哀想ですわよ?」
「あー……10位の人って、ほんと誰?」
思わず話が脱線してしまったが、今は新人の話をしていたのだ。
10位は【雷獣】ハクマ=シダン。エミットが軌道修正に入るが、クシャーナも首を傾げる通り、彼の存在は誰も知らないという。ちょうど入れ替え戦の時に、エミットやヤムもダンジョンに潜っていたらしい。
「というか、それってクシャーナ追いかけに行った時だよ」
「ああ、呪具とスライムの時か」
「じゃあ、誰も分かんないね~」
「それは最後に押し出された奴に聞くしかねぇなぁ。召喚術士のじじいに、弓兵の優男。もしくは黒騎士あたりか?」
新人が入ったということは、当然追われたものがいるということだ。
"新星"を"化け物"が喰らうのか、はたまた"古株"が力を見せつけるのか。今回の【戦士の狂宴】は、誰にも読めないお祭りになりそうだった。




