14話:迷宮探索アフター①
ギルドへの報告をすませたクシャーナは、そっとギルドを後にする。
指の先でコロコロと転がすのは、件の呪具とレアドロップ品。
ギルドからは別に達成報酬をもらっていたが、ドロップ品などの討伐報酬は基本的に冒険者が好きにしていいことになっていた。新たなコレクションを眺める子供のように、夢うつつな表情で歩くクシャーナ。そちらに気を取られていたからか、後ろからかけられる声には全く気付かなかったようだ。
「――ナ! クシャーナ、聞こえてますの!?」
「んあ?」
間抜けな声を出し振り返るクシャーナ。
小走りに後ろから近付いてきたのはエミットだ。さほど息も切れていないことから、クシャーナがギルドから出てくるのを待っていたのかもしれない。
やれやれと言った表情を作るエミットだが、別に約束をしていた訳でもない。文句を言いそうになるのを抑えると、おもむろにクシャーナの手を取った。
「クシャーナ! もう逃がしませんことよ!」
「えーー。なんか私悪いことしたっけ」
全く心当たりがないクシャーナは無実を主張する。
対するエミットは道端で議論する気はなかったのか、さほど抵抗しないクシャーナを引きずり、目的の建物まで一直線に突き進むのだった。
*
目に映るのは、小綺麗なテーブルに並べられたティーセット。
「……で、なんで私知らない人の家で、お茶してるの?」
「あら、お気に召さなかったかしら?」
テーブルを向かい合って座るのはエミットだ。
「いや、美味しいよ。別に詳しくはないけど……なんか安心する」
「そう。私のお気に入りの銘柄ですの、気に入ってもらえたのなら嬉しいですわ」
昼過ぎののどかな時間、紅茶のいい香りが部屋に漂っている。
クシャーナは今、知らない人の家に連れてこられお茶をしている。どこにでもある一軒家で、なんなら年季が入っているほどだ。何度か"十拳"絡みで会合があった際、エミットの家にお邪魔する機会はあった。だがそちらは貴族が住まうような邸宅で、今いる場所ではない。
「ねぇ、エミット。ここ誰の家なの? 勝手に使って大丈夫?」
「勝手も何も、私の家ですわ。私の…………実家。生まれ育った場所ですの」
「え……」
ティーカップをお皿に戻し、伏し目がちなエミットの告白に驚く。
エミットには華がある。
冒険者としての実力、魔術師としての才能。いずれも確かなものを持つ彼女だが、一番に目を引くのがその存在感だ。スター性と言い換えてもいいかもしれない。出自など関係ないのが冒険者だが、貴族や騎士の家系から輩出された者は、やはり目立つ。
エミットにもそういった出自の者が持つ、独特なオーラがあるのだ。
「え、完全に貴族の家系だと思ってた……あれ、あの馬鹿でかい邸宅は?」
「みんなそう言いますわね。邸宅は冒険者として、成りあがった後に建てたものですわ」
「へぇー……」
言われてみれば、エミットが自ら貴族だと名乗ったことはない。
その立ち振る舞いだけで、一種の特権階級だと思わせるだけのオーラが彼女にあった。要はただそれだけなのである。感心しつつも、その告白をした意図を察せず、クシャーナは押し黙ってしまった。そんな彼女の様子に困ったような笑みを見せ、エミットはポツポツと話し出した。
「私……今回の【戦士の狂宴】は、本気ですの」
「え、うん」
「今回は何としてでも勝ちたい、他でもない"あなた"に」
「それは…………うん」
現在のエミットの序列は5位。
"十拳"内ではちょうど中間の立ち位置だが、一時期はエミットもクシャーナと1位を競い合ったこともある実力者だ。最近の経過だけで言えばエミットは序列を下げ気味で、今回の【戦士の狂宴】での返り咲きを狙っているのだろう。
「そういう意味での……その、初心に帰るというか……決意を示したかったというか」
「え、なにエミット。今日はなんか忙しいね?」
「こういう時は黙って聞いておくものですわよ!!」
急に真面目な雰囲気を作ったかと思えば、年頃の乙女のようにもじもじしたり。
エミット自身も慣れない話をしているという自覚があるのだろう。長い付き合いという訳でもなく、ストリックやセミテスタのように冒険を共にする機会もさほどあった訳でもない。それでもエミットという個人を伝え、そしてクシャーナを知りたい。
たどたどしく伝えられた内容は、ざっくり言うとそんな感じだ。
「私は私。貴族でもない平民出身。別に偽りを広めたことはありませんわ。ただ周りの評価が今の私を形作った、そういう面は確かにありますの。そんな肩書きではなく、私自身を見て戦ってほしい。……そんな甘えた、意味のない告白ですのよ」
自嘲気味に笑うエミット。
結局何を言いたいのか分からなくなりましたわ、と手を上げ席を立つ。そんなエミットの後ろ姿に、クシャーナはさっぱりした返事を返す。
「え、そんなの当たり前じゃん? 昨日のエミットも、今日のエミットも、なんならたぶん過去のエミットだって、私には何も変わんないよ」
間髪入れないクシャーナの返事に、思わず身体が固まってしまう。
あ、別に成長してないとかの意味じゃなくて、と珍しく慌てた様子で付け加える。そんなクシャーナの様子がどこか可笑しくて、思わず笑みが零れた。
「あれ、何か可笑しかったかな」
「いいえ。ただ……人たらしの才能がありそう、と思っただけですわ」
ええー-と不服そうなクシャーナを無視して、2杯目の紅茶の準備をする。
ここはダンジョンでも、闘技場でもない。
お互いに顔を合わせれば戦うことのほうが多かったのに、不思議なものだ。別に相手憎しで相対したこともないのだが、何故だか今度の【戦士の狂宴】は、さっぱりした気持ちで臨めそうだった。




