123話:3つの拳と
教会本部、その厳かな建物の前でポツリと零れる声。
「なんなんやろうなぁ、これ……」
神器:【恵みの宝杖アダムツリー】イルル=ポッカロが発したその声は、静かに虚空に消える。教会本部から出てきて前の階段に腰を下ろした彼女は、教皇ハインデルに似たようなクリーム色の法衣を身に付けている。激戦で魂を散らした彼女は、再びこの地に足を付けており、ただただ目まぐるしく移り変わった環境に嘆息するほかない。
「おい、いい加減説明せいや。なんやこれ」
「えー? 別にいいじゃんそんなの」
そんな彼女の腕に絡んでいるのは、見慣れた幼女。
笑みを抑えきれないのは、神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】ミーコ=ミラー。ハイロとの契約から解き放たれた彼女達は、今は神器と同化した存在である。ミーコだけでなくイルルまでもがその領域に至ったのは、当然あれからひと悶着合った末の話なのだが、その事情を知るミーコはにやけるだけで一向に説明しようとしない。
「あ、そうだ」
「お、ようやく話す気になったか?」
「イルルにとって、私ってなに?」
「お前なぁ…………」
事情も碌に説明せず、真顔で恋仲のような台詞を吐くミーコにげんなりする。
それでも、今の自分がここにいるのは、おそらく裏で必死に奔走したミーコのおかげなのだろう。隣に浮かぶ神器:【恵みの宝杖アダムツリー】が彼女の存在を証明する中、語られない背景にそっと思いを馳せる。断片的な情報として、所属は分けられているようだが、平凡な暮らしを送る上では何も不自由はなさそうだった。
「まあ……家族、ちゃうか」
「ふ~~ん…………」
気恥ずかしさから、思わず顔を逸らす。
ハイロの元にいた時からも、何かと気に掛けていた妹のような存在。流石にイルルの思う関係性をはっきり口にするのは憚られたのか、家族という響きが口を突いて出た。生まれも育ちも違う、時を超えて巡り合った特異な関係。ただ個人個人という単位だけで見れば、結局のところ、それぞれがどう思っているかだけで話は纏まる。
「じゃあ……どっちが婿で、どっちが嫁か。考えておいてね」
「はぁ!? おま、ちがっ――」
対するミーコの返しは、イルルの意表を突くには十分な仕掛けだった。
顔を真っ赤にして慌てふためくイルルが弁明しようと、手をバタバタさせる。存外生真面目な彼女は、言葉の意味を理解して受け取ると、声を大いに荒げた。そんな彼女の様子が可笑しかったのか、含み笑いを見せて、ミーコがその場から逃げるように立ち上がる。
「んふふ」
「あっ! お前、待てやっ!!?」
「待たなーい」
ただ揶揄われただけ。
遅れて気付いた恥ずかしさから、今度は噴火したような怒号が後ろから聞こえる。騒がしく駆け回る二人の様子に気付いた周りのシスター達が、なんだなんだと足を止めて目を向ける。そこには警戒感も何もなく。ただありふれた、一つの日常が切り取られた一コマだった。
*
一つは教会に、一つはギルドに。
事後処理に奔走したギルド長ジークが死にそうな顔をしていたのは記憶に新しいが、神器の管理は思いのほか大きく揉めることもなく落ち着いた。神器:【恵みの宝杖アダムツリー】は教会へ、神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】はギルドへ。神器本体は、彼らの本拠地奥深くに安置され、その能力は封印により大きく制限されている。イルルとミーコが持つ神器は本体から生み出されたレプリカであり、ただのハリボテではないものの、そこからのちょっと強い冒険者の装備と大差ない。
イルルの処遇に大きく関与したのは、言うまでもなくミーコ。
神器:【恵みの宝杖アダムツリー】にイルルの魂の残滓を見とめた彼女は、神器の管理とセットでイルルの再召喚を強く主張した。実際のところ、使い手の才能を喰い潰す神器の管理は難しく、様々な可能性を考慮した中で、それは実現した。イルルであれば、なにせ数百年に渡る長き年数の中で、神器から選ばれた逸材である。その鮮やかな髪色が示すように、彼女の枯渇しない才能はギルドにとっても渡りに船であった。
ギルドと教会が難色を示したのは、雲隠れしたハイロ達の処遇。
"十拳"とのやり取り、そしてスカルによる契約。あれ以上やり合えば、当然被害はさらに拡大していたとはいえ、むざむざ討てる敵を見逃した対応をおいそれと良しとする訳にはいかなかった。それでも神器を二つ、いや三つも回収し、"十拳"も健在。ギルドや教会も致命的な被害を被らなかったことを考えると、現実的な落としどころとしては、悪くはなかった。
会議に連日呼ばれ、疲弊するばかりだった"十拳"において、嬉しいニュースもあった。
それは、ハクマの帰還。なにかハイロに思うところがあったのか、彼は所々記憶が抜け落ちた状態で、街の外れに立ち尽くしていたところを連行された。当初は当然ハイロとの関係性を疑われ、拘束とセットで尋問や調査が行われたが、結果はシロ。彼の肉体は確かに死人であったが、その魂を操る死霊術の契約はすでに解除されており、さながら死霊系ダンジョンを跋扈する《リビングデッド・ゾンビ》の在り様と酷似していた。
「もういいよ。今の時代、死人の一人や二人、うろつくこともあるでしょ」
呆れたような、感心したような声。
なりふり構わず、泣きながら彼の解放を訴え続けたメルクゥの陳情も受け、ネルチェのお墨付きで彼は開放された。しばらくは聞かされた真実に打ちのめされていたハクマだったが、隣から離れないメルクゥに新たな誓いをしたのか、今は"十拳"の正式な戦士として、今を生きようと前を向いている。
そして、新たなスタートを切ったのは彼だけではない。
「おい! クシャーナ! クシャーナ=カナケー!!」
「……ん? 誰かと思ったらストさんじゃん」
「だから、置いてくんじゃねえよ……」
呼ばれた本人であるクシャーナは、目の前で息を吐き膝に手を付いている女性に、軽く挨拶を返す。
「お、序列1位の【灰掛梟】じゃん」
「熱かったよな~、あの決勝戦! 俺、震えたもん」
「でもなんだかんだ、序列変わったの上二つだけだったよな」
二人のやり取りに気付いた周りの群衆が、にわかに密めき合う。
ただのお祭りで終わらなかった、今年の【戦士の狂宴】。街には至る所にその爪跡が残っていたが、行き交う人達は活気と共にある。ハイロの存在はハイになった客の乱入、ゾンビの大群に至ってはダンジョンから漏れ出た未曽有の大災害。直接その場に居合わせた者からすると、なかなかに無理のある設定ではあったが、噂が噂を呼び、何かフワッとしながらも一定の受け止め方はされているようだった。
「おい、テスタ! お前も早く来いよ!」
「も~~……ストリックが速いんだよぉ~」
ストリックが来た道からは、人波を掻き分け少女がスポンッと顔を出した。
いつもの三人衆が揃う。【瑠璃色蝶】クシャーナ=カナケー、【灰掛梟】ストリック=ウラレンシス、【緑牢亀】セミテスタ=ケアー。ようやく事後処理から解放された彼らは、今日この街を発つ。激戦を経ても彼らの関係性は変わることなく、お気楽気ままな冒険者としての旅をこれからも続けていくことだろう。
他の"十拳"も、それぞれの道に戻っていく。
【放浪武者】スカル=ゾゾンは、早々に姿を消した。最後に目撃したジークの話では、その後ろにはやかましく喚きながら付き従う、【五月雨式】リュウレイ=イサヤと【逆十字】テレサ=スーの姿があったとか。【天変地異】エミット=アルグレカは激戦の疲れを癒すべく、暫くこの街に留まるようだ。ニノの教育でもしようかしらと呟いた彼女の言葉に、震え慄いていた妹の姿を思い出す。
【駆逐要塞】オルゲート=フュリアスは、最近ギルドに通い詰めている。
お目当ては、ミーコの呪法『ワンダー・ダブル』。正確にはそれにより生み出される、自身の分身との手合わせ。時には打ち合い、時には傍から眺めることで、更なる進化を遂げようとしている。圧迫感を感じる大男の毎回の来訪に逃げ惑うミーコだったが、それも最近では見慣れた光景となっていた。
【舞踊姫】ヤム=ソーアは、自身が所属するキャラバンの一団へと戻った。
"十拳"に所属する看板娘の帰還とあって、行く先々の街で話題を呼んでいるらしい。ただ楽しく、自分らしく踊る。彼女の舞は人々を魅了して止まず、声援を送る人の中でこそ彼女は輝き生きるのだろう。クシャーナ達もタイミングが合えば、どこかの街でそのショーを眺めようと、当てのない旅路の計画を練っていた。
「ストさん、あっちあっち!」
「うるせぇ、耳元で叫ぶな髪を引っ張るな。あとその呼び方やめろ」
「ふふ、すっかり懐かれちゃったね」
「っておい、なんで私が面倒見てるんだよっ!?」
「あはは、すっかりママだね~~」
そして、変わらない彼らにも変わったことが一つ。
群衆を撒き、街の外を目指すストリックの肩の上で騒ぐ声。
そこには、神器:【究明の氷杖エデンアイス】であるシャルの姿がある。三人の中で一番背の高いストリックの肩車をいたく気に入った彼女は、すっかりそこを定位置にしていた。ろくに外の世界を見てこなかったシャルにとって、全てが新鮮であり、目の輝きがその興奮を物語っている。
「……で、次はどこに行くんだ?」
嘆息するストリックだったが、それでも乱暴に下ろすことはせず。そんな彼女に変わらない信頼を預けるクシャーナは、微笑みと共に手に持った地図を三人に見せるのだった。
「次の呪具探しは、ここのダンジョンにしようと思ってさ」
完結しました。全123話、お付き合い頂いた方、本当にありがとうございます。
全ての読者様に感謝を。
また次回作でお会い出来たら嬉しいです。




