122話:星の瞬き
天啓スキル『星の瞬き』。
クシャーナが名付けた、一瞬の閃きを全て拾い上げ最適解を突き付ける、【占星術師】の奥義とも言える業である。それはまるで未来を読むかの如く、不可能を可能にする軌跡を描く。クシャーナの師が理論上可能だとしたその業を、彼女は今回の【戦士の狂宴】決勝まで一度も使うことができなかった。今でも意図して発動することが難しいそれを、クシャーナはこのタイミングで発動して見せた。
彼女が知る由もない――彼女だけの、発動のためのトリガー。
それは、圧倒的なまでの多幸感。
そもそも前提条件として、【占星術師】スキルの熟練度が足りなければ、まずその土俵にすら上がれない。しかし呪具の後遺症を庇うため、日常生活レベルでスキルを多用していた彼女にとって、その条件は障害にならなかった。そして、クシャーナが剣を振るう目的は、救われたことへの恩返しのため。つまり、人のために剣を振る彼女の力は、敵憎しで真価を発揮することはなく。人に救われた、思われていたという自覚。ここではクレオの告白が直接多幸感に繋がり、クシャーナを次のステージへと押し上げたのである。
苦しく厳しい戦闘中に幸せを感じるという、ミスマッチ。
戦闘狂でもなければ考えられない条件を、クシャーナは他者から与えられたものを再確認することで満たしていく。自分を好きになれなかったクシャーナが、唯一自分を許せるその瞬間。それこそが、彼女を最も輝かせる奇跡を生み出す。クレオに追い込まれたハイロの攻撃は自爆にも似たもので、後先考えない魂の暴発連鎖が、『電纏甲冑』を纏った状態で撒き散らされる。
それでも、今のクシャーナは誰にも止められない。
決着をつける一撃は、星の瞬きの如き一瞬を駆け抜け、ハイロの身体へと吸い込まれていった。肉を裂き、骨を断つ感触を感じながら、その剣を振り切ったクシャーナ。遅れて噴き出た血が、明確な勝者と敗者を別つしるしとなる。戦いの終焉を感じ取ったのか、今まで展開していた神器の圧がフッと消え、息を吐くシャルが子供姿で転がる。
「ぶはっ!」
「シャル、ありがとう。……終わったよ」
剣を収め、決着を告げるクシャーナ。
長い長い戦いに、ついに終わりが訪れる。自ら未来を掴み取ったクシャーナは、息を切らし地べたにへたり込むクレオとシャルに労りの視線を送る。限界を超えて駆け抜けたクレオの警戒はなかなか解けなかったが、微笑むクシャーナと目線が合うと、ドッとその場に仰向けで倒れ込んだ。
逆に動きがあったのは、離れた観客席の一角。
ガラッと瓦礫をかき分け、頭から血をダラダラ流すストリックが復活する。その目は手負いの獣のように血走っており、不覚を取った自分に腹が立っているのか、鼻息が荒い。場を俯瞰して祭りがすでに終わっていると悟った彼女は、振りかぶった拳を下ろす先を失い、やけくそに近くの瓦礫を蹴り上げるのだった。
*
命が、零れていく感覚がある。
虚ろな目で両膝を付くハイロは、思考が追い付かないのか、斬られた箇所に震える手を伸ばす。生身の肉体を持つ人間である以上、間違いなく致命傷。そこに一切の同情や酌量の余地はなく、確かにクシャーナは戦いを終わらせる一撃を与えて見せた。しかし、深淵に同化してなお染まり切らない異端児、異物たるハイロがそこで終わる訳もなく、最早意識もない中で、最後の火花を散らせようとしていた。
「な、なんだっ!?」
「あれは……ニノ? なんでここに……」
「あっ――、え? やばっ!!」
ハイロ自身の魂を圧縮し、膨大な破壊を撒き散らす、最悪の幕切れ。
それを防いだのは、紅蓮の爆発。死ぬ一歩手前のハイロの上半身に見事に着弾した火魔法は、今度こそハイロの意識を断った。物陰からクシャーナ達の窮地を救ったのは、エミットの妹であるニノ。魔術師の卵である彼女は、確かにここ【中央】の闘技場に避難していたはずだが、まさか運悪く逃げ遅れていたのだろうか。
まともに魔法が打てたこと、自分がやったこと、そもそもこの場にいること。
一つ一つ呆けた顔で順を追って考え、その事実に急に震えた彼女は、光速で再び物陰に引っ込む。よくよく耳を澄ませば、え、なんで? 私が? やっちゃった? やばいやばいやばい――と高速で呪文のように唱え震える彼女がいたのだが、これに関しては褒めてあげるべきだろう。彼女の頭に刺してあった見慣れない黒いヘアピンがひび割れ、空気中に溶けていくのに気付いた者は、結局誰もいなかった。
「潮時だな」
「なっ――!?」
ハイロの自爆未遂、それを防いだニノの突然の出現。
クシャーナ達の思考がまとまらない中で、どこか達観した声が聞こえる。振り返った先には、神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】を回収し、ハイロに肩を貸す真紅の女帝、ギルガメイジュの姿があった。担がれるハイロの意識は依然戻らないが、その命は彼女の光魔法でギリギリ繋ぎ止められたようで、今は俯く顔に血の気が戻りつつある。
焦るどころでないのは、クシャーナ達である。
悪の元凶たる死霊術師ハイロを討ってこそ、この事件は終結する。いったい何度リトライをしなければいけないのか。剣を反射的に抜き放ったクシャーナ達を前に、しかしギルガメイジュの戦意の火は灯らない。チラリと目線を送り、徐に手に持っていた神器を消す。新手の攻撃かと警戒を強めるクシャーナ達だったが、女帝の宣言が戦いの終結を告げる。
「私達の負けだ。敗者は大人しく去ろう」
相手は意識を失った死霊術師と、神器があるとはいえただの死人。
「…………逃がすとでも?」
逃がすべきではない――。
彼らが行った所業は決して許される類のものではなく、ここで打ち滅ぼさねば再び悲劇は繰り返される。例え背を向ける相手であったとしても、情け容赦は不要。剣を構えたままじわりじわりと距離を詰めるクシャーナ達。そんな最中、回復の甲斐があってか、ハイロが意識を取り戻す。
「メイジュ……? なんでここに……ああ、ここが地獄かな」
「ふん、それも悪くないがな。だが残念ながら、現実だ」
未だ焦点が定まらないハイロに、端的に事実を突きつける。
彼女はスカルとの一騎打ちに敗れ、ハイロにより意識を失ったまま送還された。仮に彼女が目覚めたとて、神器との魂の繋がりを断たれた、ただの死人にはたいした戦闘能力もない。ハイロ自身、それぞれ持っていた手鏡はすでに使用しており、ギルガメイジュが再び戻ってくる分の手鏡は残っていないと認識していた。実際その通りだったのだが、想定外は彼らの無事を願うお節介がまだいたという事実。
目覚めたギルガメイジュが察せられる程度に、彼らにも絆があったと言えよう。
【西側】で知らない顔をする幼女は、いつかに唾を付けていたニノを操って、この状況を作り出していた。あれはクシャーナ達を救うというよりかは、ハイロの暴走を止めるための咄嗟の行動であったが、これ以上彼女が手出しできることはもうない。息の詰まる緊張感が解けない中で、最後の使者が舞台に降り立つ。
「もういいだろう。すでに、奴に戦意はない」
「スカル……」
生死の決着に頼らない、停戦の提案。
双方から出された意見が、クシャーナの剣を下ろさせる。別に彼女とて、戦いたいわけではない。だが、彼女を始め理不尽に襲撃された側からすれば、敵に死にそうなので逃げます助けてくださいと言われても、安易に頷けるものではない。それだけハイロの執念と神器を含めた戦力は、決して無視できないものがあった。目線で訴えるクシャーナの圧をそのまま受け止め、ギルガメイジュに向き直るスカル。
「その提案を呑ませるだけの覚悟が、貴様にあるのか?」
「少なくとも、私は既にお前達に興味はない。あるとすれば、こいつだけだ」
悪びれもなく答えるギルガメイジュ。
その視線の先には、ぐったり担がれたままのハイロ。武人としての死を望んだ彼女の悲願は、ハイロによって邪魔されたと言っていい。しかし、彼女の中ですでにそこの決着は付いているのか、あれだけ戦闘を欲した狂戦士の顔は極端に鳴りを潜めていた。彼女の真の望みに唯一敵として触れたスカルは、これ以上は藪蛇になると理解した。
「そうか。だがそいつはどうだ?」
「ふん、言っただろう。私達はすでに負けたのだ。これ以上の足掻きは醜いだけ……お前達の前には二度と顔を出さんと約束しよう。こいつが暴走するのならば、私が殺す」
「はは、メイジュなら絶対やるね……」
力なく笑うハイロの姿が、彼らの力関係を物語っている。
言葉だけでいったい何が守れるのか。腕を組み後方待機するストリックの視線が、スカルの後頭部に突き刺さる。情けをかけるには、あまりに不気味で強大な相手。絶対にこの場で殺したほうがいいと、スカルを立てて辛うじて黙っているストリックの圧が、場の空気を重くする。そんな嫌な空気を振り払うのは、神速の刃。
「これは契約だ。貴様らが反故にした瞬間、骸の亡者に貪られるだろう」
「構わん。それでお前達の気が済むのであるならな」
妖刀『怨念髑髏』の一瞬の解放。
ギルガメイジュの頬に消えない傷を残した、スカルの居合。魂を啜り尽くす怨念が、その痕に無数に潜む。お前は常に監視されていると、呪言のように呟くスカルにも全く怯まない。話はもう終わりか、とギルガメイジュの視線がスカルから逸れ、最後の砦へと向けられる。
「ストさん」
「うっせぇ、なんで私が我儘言ってるみたいになんだよ! 分かってるよ!」
結局折れたのは、ストリック。
それを合図にしてか、全ての決着が今ここでついた。息を大げさに吐き出すのはシャル。そっとよたれかかるようクシャーナにぶつかり、確かにその感触と温もりを確かめる。そんないじらしい仕草に微笑むクシャーナは、後ろに手を回しギュッと引き寄せる。
「さらばだ」
わざと短く区切ったような言葉。
人と神器が共存する、別の形。その光景には目もくれない、真紅の女帝の姿が転移で今度こそ搔き消える。それからたっぷり数分、静寂が支配していた場の空気を破壊するように、クシャーナがわざとらしく仰向けにぶっ倒れる。いよいよ限界が来たのかと焦る周りを余所に、息を吸って一言。
「はぁ……なっがい一日だったね」




