121話:カナケー家
ハイロを慕い集まったのは、何も神器持ちだけではない。
『未練がある者は付いてこい! この僕がっ! 君達の魂が一番輝ける場所に連れていってあげよう!』
【墓荒らし】という悪名に違わず、彼は各地の墓地を荒らしまわった。だが、そこに無理強いは一切存在せず。先の言葉は、ハイロが眠る魂に必ず投げかけた最初の言葉であり、生を謳歌しきれなかったものはこぞって彼の元に集った。中には戦いに無縁だったものもいる。人の心を持たない、生きながらにして冥府を彷徨うようなハイロにただ興味を惹かれたものもいる。それでも全員が、自分の意思で付いて来たのだ。
そんな魂を湯水のように使い捨て、ハイロは最強へと並ぶ。
「さっき弾けたのは、小さな村で優しい夫と生涯を添い遂げたアマリーという老女の魂。最後は孫子供に看取られ、それは平凡だが実に幸せな人生だっただろう。だが、いい人いい妻でい続けた彼女にも、はっちゃけたくなる時はあったのさ。それが今だった、というだけでね」
「ほんと、戦いの最中に聞く話じゃないよね!」
ただ動揺を誘うにしては、悪趣味すぎる話だ。
それをまるで世間話のように語るハイロとは、きっといつまで経っても分かり合えることはないだろう。もとよりそのつもりもないのだが、自分の理解の外にいる相手に怖気が止まらない。ただ倒す敵として見るのであれば、前に出る機会も必要もなかったハイロの動きは、稚拙で未熟。強さだけで言えば、ハクマの頃のほうが断然上。それでも、クシャーナの剣は彼を捉えるに至らない。
「ふふ、やけに警戒しているね」
「そりゃそうで、しょっ!」
神器を持ち、冒険者としてもトップをひた走るクシャーナ。
そんな彼女が苦戦する一つの理由は、ハイロの攻撃が恐らく一撃で致死的な威力を誇るからだ。身代わりスキルを持つストリックが、いつまで経っても起き上がってこない。彼の攻撃は魂を用いたものであり、それが直接クシャーナの魂を喰らいにかかるとするならば、一撃でももらったらアウトだ。
「ああ、彼女なら辛うじて無事だよ。僕は純粋に殺す気で打ったんだけどね。たぶん攻撃の性質に瞬間的に気付いて、自分から弾けたんだよ。すごいよね」
「それはなんというか、ありがとう!」
よく分からない会話をしながら、両者立ち回る。
真偽は不明だが、どこかその会話にほっとするクシャーナ。ここまで来て、自分のために戦ってくれた友を失う訳にはいかない。幸いなことに、不可視の魂の圧縮弾は、シャルが全て引き受けてくれている。神器の力を全て防御に回せば、耐えることは可能。それでもいつまで耐えれるかの保証はなく、早い決着が望まれていた。
(水魔法はシャルの影響を受けちゃうし、近接で取るしかないか……!)
致死の鎌を振り回す相手に、懐に入る覚悟を決めたクシャーナ。
組み立てるのは、もちろん呪具を用いた崩しと速攻。彼女を冒険者のトップまで押し上げたその妙技は、なお健在である。だが相手の動きを封じる術、『チェインルートの指輪』効果の『付与』による拘束は不発。ハイロの在り様は特殊で、自らを俯瞰してまるで操り人形のように魂を操作して動いている。あくまで肉体の動きに制限をかける能力は、奇しくもストリックに似た方法で無効化されていた。
状態異常や気配遮断、魔法禁止も恐らく有効足りえない。
クシャーナの持つ呪具効果のメリットは、デメリットと表裏一体。おいそれとなんでも試せるものではなく、頭の中でシミュレートしては足し算引き算を繰り返す。結果残されたのは、自身に向けた強化と【占星術師】のスキルのみ。マリア憑依による力押しは有効かもしれないが、シャルとの連携にヒビが入りかねない。
それでも今は、攻撃が当たりさえすれば倒せる相手である。
自身を死霊術で操るゾンビのように動かす、ハイロの戦闘術はなかなか様になっており、クシャーナと一進一退の攻防を繰り広げている。しかし、直接打ち合えば打ち合うほど、クシャーナの操る『護剣』の精度は上がり、徐々にハイロを捉える回数が増えていく。消えない裂傷を刻まれてなお、戦意は衰えることのないハイロだったが、そこは生身の肉体の限界。クシャーナを前にして、致命的な隙を晒してしまう。
そこに振り切られるのは、流星のように煌めき流れる蒼の剣尖。
呪具『チェインルートの指輪』効果『反転』による、超加速。【占星術師】のスキルにより、導かれしルートを選んだ彼女を遮るものは何もない。約束された勝利は、しかし神の悪戯により移ろいを見せる。天上から舞い落ちたのは、神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】。主を失ってなお忠義を失わない神の刃は、クシャーナを遠ざけるだけでなく、対極にある氷の結界をも無効化させる。
灼熱もなく氷結もない空間を支配するのは、ハイロのために集った魂の群れ。
「悪いね。僕の勝ちだ」
決して計算通りなどではない。
しかし例え不格好でも、最後に立っていたものこそが勝者なのだ。運命の指針が狂ったと気付たとて時すでに遅し。空から星は消え、ただ暗闇がクシャーナを呑み込まんとしていた。
*
神器の横やりという、最悪の伏兵。
当然それに抗う術を持たないクシャーナは、荒ぶる魂に頭のてっぺんから足のつま先まで、全てに至るまで蹂躙される未来を幻視した。だが、暗闇を切り裂くように現れたのは、一粒の聖なる光。クシャーナの前に庇うように灯ったそれは瞬時に膨れ上がり、彼女を包む聖なる防御壁となった。
重たい衝撃も何もなく、ただまだ生きているという結果だけが示される。
「はぁ……外道がっ! いつまでも……好きにできると思うなよ……!」
「……ここに来て、まさかだよ。あの時きっちり殺してればね」
「…………クレオ?」
二人の間に割って入ったのは、手負いの近衛シスター、クレオであった。
【中央】で待機していたクレオは、レノウィンの指示の元、再びハクマを牢へと送還していた。ハイロによる襲撃未遂は怪我人や犠牲者を出さなかったこともあり、メルクゥの名誉を優先し、教会の中で秘密裏に処理された。当然ハクマの管理体制はより厳しいものとなり、レノウィンによる神聖魔法の拘束と、近衛3名による見張りが追加された。
その内の一人が彼女であり、覚醒した彼に不意を突かれ、脱出を許していた。
神器:【究明の氷杖エデンアイス】による防御を失くし、絶体絶命と思われたクシャーナ。しかし、神聖魔法による結界は魂を中和するらしく、それによるダメージは見事に無効化できていた。クレオも計算して飛び出したわけではないが、思いのほか効果があったことに若干の驚きが隠せていないようだった。
しかし呆けたままでもいられないと、クレオが小声で囁く。
「……状況は? どうなってる?」
「……あいつが、本物の死霊術師ハイロ。生身で普通にダメージを受ける身体が、ある。神器の妨害にあったけど、今ならそれはこっちにある神器で無効化できてる。超速で射出される、不可視の魂攻撃をなんとかできれば、倒せる」
態勢を立て直しながら、端的に告げるクシャーナ。
ハイロにとって救世主足りえた、神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】。それは今は地面に突き立ったまま、沈黙を貫いている。太陽の穂先が見えることから、機能は停止している訳ではないようで、クシャーナが手に持つ神器:【究明の氷杖エデンアイス】との拮抗した力比べが行われているようだった。その神器たるシャルの意思を読み取ったのか、こちらも地面に突き立てる。
「やれやれ……次の盾役は君ってわけかい?」
「ばかを言え。私はお前を滅ぼすための剣だ」
「おお、こわいこわい」
軽い牽制が行われる中、待ったなしの戦略を練る。
神聖魔法による結界が命綱になるのは、間違いない。しかし動きながらの展開は難しく、この膠着した状態からの移行は簡単ではない。結界に引き籠っての水魔法乱射が一つの正解にも思えたが、確実に仕留めるという意味では精度は落ちるし、時間もかかる。神器による環境の停滞がいつまで続くかも定かでない中、やはり迅速かつ確実な方法は、この手で斬って捨てること。
そう思案するクシャーナに掛けられる声。
「……クシャーナ。お前にとって私は何だ?」
「んえ?」
「私は大真面目だ。早くしろ」
「え、えーー……………………お姉ちゃん?」
急かされるまま、咄嗟に思いついたことを口走ってしまう。
こんな時に何を言ってるんだこいつはと、顔を覗き込もうとした矢先、クレオが躊躇いなく結界から飛び出した。慌ててクシャーナも追いかけようとするが、結界は維持されたままであり、存外にお前は出るなと告げられているようで、二の足を踏んでしまう。
「ははっ、博打かい? 【瑠璃色蝶】ならまだしも、君には僕だって負けないさ!」
「五月蠅い! 私はお姉ちゃんだぞっ!!」
急に振り切れたクレオが、魂を操るハイロを追いかけ回す。
「クシャーナ! お前は、いやお前達はっ! 勘違いをしている!」
「なになに……!?」
結界の外に飛び出したクレオは当然無防備であり、人である以上ハイロによる魂への直接攻撃は耐えられない。それでもなお駆けるクレオの勢いは止まることを知らず、不可視なはずの魂の圧縮弾を手に持つ聖剣で次々に叩き落としていく。そんな中、声を張り上げて伝えるのは、クレオがずっと抱えていた心の叫び。
クレオは、カナケー家の長女である。
しかし、クレオの母から実娘に注がれるべき愛情を、ただ助けられただけの奴隷達が奪ってしまった。あまつさえカナケーの性を名乗り、彼らの名が実の息子、娘のように広まってしまったこと。これをクシャーナや同じ環境で育った元奴隷達は悔いている。
だが、違うのだ。
クレオが真に嘆き傷ついたのは、はっきり私達は他人だと言い放った、クシャーナ達の言葉だった。同じ屋根の下で育ったのだ。少なくとも、クレオは本当の家族として接してきたつもりだった。それを血の繋がりがないというだけで、あっさりと線を引かれたことがひどく寂しかったのだ。誤解を解くにはお互い年を重ね意固地になり、環境の変化も合わさって、疎遠になってしまった。
本当に、ただそれだけだったのだ。
「私はっ! お前達を本当の家族だと思っている! 理由が必要ならくれてやる! それは、私がミモリア=カナケーの娘だからだっ!!」
「クレオ…………」
魂の叫びが、決戦の場で響き渡る。
命を賭けるこの瞬間に、一番伝えたかった言葉を吠えた。その想いはクレオの身体を突き動かし、ハイロをどこまでも追い詰めていく。彼にしてみれば、理解不能な世迷言を大声で喚きながら突撃してくる、彼をして狂ったとしか思えない行動。そんな雑念もありありな敵が仕留めきれない衝撃。私は強い、私はやれる、何故なら私は皆のお姉ちゃんだからっ!
「そんなことでっ! この僕がぁあああああああ!!!」
「いい加減っ! この悪夢を終わらせるっ!!」
ハイロを滅ぼすための剣。
自身でそう宣言した通り、クレオは一振りの聖剣となり、今まで捉えきれなかったハイロに手痛い一撃を浴びせた。明らかに鈍るハイロの動き。駆け抜けたクレオが膝を付く中、クシャーナは結界から飛び出していた。シャルが踏ん張っている内に、クレオが作ってくれた千載一遇の好機を逃さないために。使命感、焦り、怒り……。様々な感情が駆け抜ける中、クシャーナが見せた顔。
そこには、隠しきれない笑みが浮かんでいた。




