120話:ハイロの告白
ハイロを倒し、進む道を自分で決めたシャル。
その隣に寝ころぶのは、その手を取ったままのクシャーナ。
これで全て一件落着、といきたいところだが、まだ懸念事項は残されている。一つは、スカルとギルガメイジュの勝敗の行方。これまで何度か魔道具『魔触手の千里眼』による連絡を試みてみたものの、スカルからの応答はない。一対一で彼が負ける姿など想像もつかないが、相手も神器持ちというイレギュラー。いい加減探しに行こうかとストリックが闘技場を降りようとした矢先、人影が現れた。
「やあ、さっきぶりだね」
「本当にお前……いい加減にしろよ」
ストリックに気さくに声を掛けてきたのは、ハクマ。
もう一つの懸念事項、それは何を以ってハイロを討ったとするかである。ついぞ彼の生身の肉体を見つけきれなかった"十拳"及びギルドは、この戦いの終止符を打つ術を持たない。ノーマルな替えの肉体は失ったのか、次に姿を現したのはハクマの皮を被ったハイロ。しかし、彼が胸に抱く一人の人物の姿が、もう一つの懸念事項を解消していた。
「ギルガメイジュ……」
「ああ、そうだよ。彼女は【放浪武者】との一騎打ちに臨み、敗れた。……神器はすでに手放したけどね、彼女の魂までは僕は諦めない」
「あの野郎……やったなら言えよ、バカがっ!」
体勢を立て直したクシャーナが見つめる先。
そこには、ハクマもといハイロの腕に抱かれ動かない、真紅の女帝の姿があった。激戦の痕も生々しく、泥と血に塗れた身体はハイロにもべったりとその跡を残したが、彼は一切気にする素振りを見せない。いっそ愛おしさをもって、目を開けない女帝を見つめる彼の眼差しは、何処までも慈愛に満ちていた。罵倒しながら握りこぶしを作るストリックを尻目に、ギルガメイジュに手持ちの手鏡を近づける。
「てめぇ……尻尾撒いて逃げる気かよっ!」
「ふふ、まさか。それならわざわざ君達の前に姿など見せないさ」
「ストさん……」
至極当たり前の話、本体を隠し通したハイロに、負けはない。
そして逃げるだけなら、ギルガメイジュを回収した今、いつでもできたはずなのである。彼の狙いが読み切れず警戒するクシャーナ達を余所に、ただの死人に成り下がったギルガメイジュを癒したハイロは、神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】から生み出された手鏡を使い、彼女だけを離脱させる。後に残ったのは、手駒を持たない死霊術師唯一人。
「どれだけ耐久戦を仕掛けようとも、お前じゃあ戦いにならねぇよ」
「ああ、そうだね。僕はしがない死霊術師、いつでも誰かに守ってもらえないと戦えない、無力な存在さ。……だからこそ、無茶もした」
「なんだ、こい――」
言い切る前に、ストリックの身体が後方に弾け飛ぶ。
「ストさん!?」
観客席に衝撃音と土埃が舞い、遅れてクシャーナが反応を示す。
慌ててシャルがクシャーナの前に立ち、氷の結界を展開する。次の瞬間、ストリックを吹き飛ばした同種の攻撃がいくつも結界に突き立つ。シャルの顔が歪むほどの衝撃を残すが、そこは神器。耐えきったシャルが冷汗を流す中、その不可視の攻撃の正体を看破する。
「魂を……こんな……っ!」
「おや、さすが神器といったところかな。直感でも分かるとは流石だね」
足踏みするクシャーナの前で、ハイロの姿が蜃気楼のように歪む。
「神器を3本、君を入れれば4本だ。世界広しと言えど、同時期にここまで揃えられたのは僕ぐらいじゃないかな? 死霊術師としては、これ以上ないほどの準備をしてきたつもりだ。……最後の奥の手は、きっとメイジュがいたら使わせてくれなかったからね。今なら心置きなく使えるよ」
「君はいったい……誰?」
クシャーナの焦りが、声となってついて出る。
身体はハクマ、魂はハイロ。そうに違いないはずなのに、クシャーナの勘が違うと警告を鳴らす。勿体ぶる様に変質する目の前のハクマの身体は、今や見知った一人の痩せぎすの男の姿をしていた。フード付きの漆黒のマントに身を包み、長い紫の前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。本来の肉体と魂の融合。当たり前の姿に戻っただけの彼は、誰よりも異彩を放っていた。
「ハクマの肉体なんて、最初から存在しない。これが正真正銘、僕の生身の肉体だよ」
不敵に嗤うのは、死霊術師ハイロ=ナインソウル。
その笑みは、初めて見る人間らしさを秘めていた。
*
ハイロは考えた。
神器持ちを数体味方に付け、配下には無数のゾンビの群れ。
自分は決して死ぬことはなく、気ままにタクトを振るうだけ。それの、なんとばからしいことか。戦術としては当然使うし、死霊術師自体が元よりこういう戦い方をするものだ。だが、魂をかけて集ってくれた仲間に対し、完全な安全圏でふんぞり返ることなど、彼は望まなかった。
「持たざる者だからこそ、人の魂に魅了され続けてきた。その最たる例は君だよ、クシャーナ。君の魂をどうすれば手中に収めることができるのか、考えている時間はまさに至福の時。恋する乙女のような気持ちだった」
「あー、いやけっこうです」
熱を帯びるハイロの言葉に、露骨に引くクシャーナ。
こいつ氷漬けにしていいか、と振り返り目線で訴えるシャルを宥め、氷の結界維持に努めてもらう。生理的にも嫌悪感は半端ないことになっているが、彼の言う通りであれば、目の前の彼を倒せば全ては終わる。そして、あれだけ慎重だった彼が大胆にも身一つで現れたのだ。ハクマとの関係性の謎もあり、警戒するのも当然であった。
聞く姿勢のクシャーナに気分をよくしたのか、ハイロの言葉は止まらない。
「そして僕は愚かにも、次のステージを望んでしまった。それは、君と生身一つで同じ舞台で戦うことっ。ふふっ、限りなく追い詰められていると言うのに、僕は今! 一番生を実感しているよ!」
「ふーん。どうせならさ、ハクマの絡繰りも教えてよ」
悪寒を感じながらも敵にリクエストをするあたり、クシャーナも大概だった。
そこから語られたのは、ハイロの常識を逸した思考そのもの。決戦に臨むにあたり、彼は自分の魂もかけるべきだと最初から考えていた。当然配下の神器持ちが健在であれば出番なしもやむなしと考えていたが、その仕込みを怠ることはなかった。
始まりは、ハイロの魂の波長に合った、ハクマの魂との出会い。
彼は古き時代に強さを求め、ダンジョンに潜り続けた歴戦の猛者。死してなお戦いに飢えていた彼の魂を、ハイロはその身に宿した。自身の身体を別の魂の器にするという暴挙、傍から見ればただの自殺行為にしか見えなかったが、ハイロは淡々とこれを実行した。ハクマの魂に少しずつ自身の身体を馴染ませていった結果、ハクマの実力を遺憾なく発揮できる肉体へと仕上がったのは僥倖だった。
その実力は"十拳"に迫るほどであり、そこからプランは加速していった。
まずはハイロの身体を持つハクマを、【戦士の狂宴】直前に"十拳"に滑り込ますことに成功。無論その入れ替え戦の行方によっては計画は頓挫していた訳だが、死人に偽装したその肉体はいざとなれば遠隔操作や強化も可能であり、勝率は高いと見ていた。送り込まれたハクマ自身は、死霊術師との繋がりは理解していても、他人の身体に宿っていることなどは知る由もない。
内側に入り込んだハクマだが、当然死人ともなれば警戒される。
死人を排斥する教会の関わりも強い中で、平然と肉体を差し出したハイロ。ここでも彼の狂気は窺えたが、常人の目と思考はそこに追いつくこともなく。ハクマ自身の性格が至極真っ当だったこともあり、彼は保護される立場となった。博打に勝ったハイロは、ある意味最も安全な場所に生身の肉体を置くことに成功したのである。
途中、恋心故に暴走したメルクゥの行動には、本当に肝を冷やした。
疑われながらも手出しされない環境こそ、肉体の置き場としては最適だった。それをわざわざ連れ出されてしまったのだから、【潜むもの】総出で慌ててしまうのも致し方ないことだった。結局そのヘルプに行ったのはハイロ自身。ギルガメイジュの光魔法で保険を何重にも掛けていたとはいえ、危うく知らないとこでキングが早々に討たれて終わる。そんな情けない結末は、レノウィンの恩情によりギリギリ回避できた。
数多の綱渡りを乗り越え、肉体を隠し通したハイロ。
だが、神器持ちが全て討たれた今、彼の手元には何も残っていない。だがそんな彼が魂をかけたのは、何も肉体を隠すためだけではなかった。ハクマの魂をわざわざ自分の身体に憑依させたのは、ハイロなりの悪あがき。前線で共に戦えないことを憂いた彼は、自分の身体を実験台にしてまで、無理やり戦える術を獲得したのである。
「それが、魂を宿した彼の置き土産、『電纏甲冑』」
「ハクマの固有スキル……」
「おや、知ってるんだね。なら、話は早い」
再び氷の結界に、不可視の衝撃がぶつかる。
ハクマの固有スキル:『電纏甲冑』により射出された、圧縮された魂の塊。それこそが、ハイロがクシャーナと並び立つためだけに獲得した、戦うための術。常軌を逸した執念が、クシャーナの前に立ちはだかる。今の彼は首を跳ねればそれで死んでしまう、ただの脆い人間に過ぎない。だが何よりも、誰よりも強敵。
「魂をかけて戦ってくれた仲間がいるのは、君だけじゃない。ああ……ようやくここまで来れたよ」
「なるほどね。……理解はできないけど、把握はした」
恍惚とした表情を浮かべるハイロを止めるのに、もはや言葉は不要。
神器:【究明の氷杖エデンアイス】を手に持つクシャーナは、呪剣『トリステスアイル』との二刀流を以って、最後の決戦へと走り出した。
もう少しで完結です。どうぞ最後までお付き合いください。




