118話:再会、そして
凍てついた闘技場に響くのは、子供の泣き声。
「うわぁぁぁああああん!!」
「うっせぇな、ガキかよ…………ガキだったわ」
駄々をこねるように喚き散らすのは、シャル。
依然クシャーナの身体に憑依している彼女は闘技場の床にへたり込み、大泣きしている。すでに戦意は喪失しているものの、その身体に傷は残っていない。ストリック渾身の跳び蹴りは容赦なくクシャーナの身体に風穴を開けたが、神器の不死性がたちまち癒していた。生死での決着は望めない勝負だったが、神器:【究明の氷杖エデンアイス】は地面に突き立ったまま、ストリックを襲うことはなかった。
「ぐす、負けてない! わ、わだじはまだ……! 負けてなぃぃいいい!!!」
「いや、いい加減諦めろって。というか、その身体でそれはやめろ」
余程悔しかったのか、シャルの癇癪は収まる様子がない。
最初こそ警戒をしていたストリックだったが、今は既に刃を収め、すぐ横で困ったように頭を掻いている。当然ながらクシャーナとシャルとの間のやり取りなど知らない彼女は、次にどうすればクシャーナに身体を返せるのか、その手段が微塵も見当が付かない。まさか死闘の末に、子供のご機嫌取りという更なる死闘が待っているとは思いもよらず、ただ困り果てるしかなかった。
付き合うこと数分、泣き止まないクシャーナの身体が急に光を放つ。
「はっ!? ちょ、まっ――」
爆発でもするのか、それとも消えてしまうのか。
逃げるべきか駆け寄るべきか。判断に迷ったストリックは、結局その場で目を焼かれるほどの閃光に襲われた。咄嗟の判断で『シャドウ・シャドー』と『ブラック・コクーン』での目隠しと防御ができたあたり、流石と言える反応速度であった。外傷なし、状態異常なし……己の無事を確認したストリックが慎重に外を覗いた先、そこには子供姿のシャルをあやすクシャーナの姿があった。
「うう、クシャーナぁ……」
「よしよし。怖いお姉さんに襲われて大変だったね、シャル」
「おい」
あんまりな言い草に思わず突っ込む。
気付けば神器の影もなく、それがどうやら子供の姿を取っているらしかった。ミーコと同じぐらいの幼女が、クシャーナに縋りつきスンスンと泣いている。髪は薄紫で肩にかかる程度のストレート、身に付けているのは雪みたいな白いワンピースだけだった。クシャーナに似た神秘性を感じさせる蒼い瞳から、氷の結晶のような涙がポロポロと零れ落ちる。それを拭うクシャーナの姿は、まるで聖母のように見えた。
「おい、おい」
「あ、ストさん?」
「やかましいわ! いつまでこんな茶番に…………ったく、おらよ」
多少なりとも、感動の再会を想像していたのだ。
それだけの苦労はしてきた、それをこいつは――。苛立ちと諦めがぐちゃまぜになって情緒不安定なストリックだったが、視線が宙を彷徨っているクシャーナの様子を見とめると、ため息をつきあるものを放り投げた。手に当たる感触で察したのか、クシャーナがにこやかな微笑みと共に、それを装着する。
「わっ、ありがとう」
「こいつも返しとくぞ」
ストリックが持ってきたのは、呪具『絶望の断罪マスク』。
シャルを負かした後に探し出し、きっちり確保しておいたものだ。激戦に巻き込まれてなお、その呪具は形を失うことなく凛と存在していた。視力を取り戻したクシャーナが、明確にストリックに向き直る。望んでいたはずの再会、なにやらそれに気恥ずかしさを感じたストリックは、照れ隠しとばかりにぶっきらぼうに手に持っていた呪剣『トリステスアイル』も投げ返す。
「え……ストさん、なんともなかったの?」
「ああん?」
「いや、これ呪具だよ、呪具」
決勝で折れてしまった愛剣との再会。
そこに嬉しさは当然湧き上がってきたが、平然と持ってきたストリックを反射的に見てしまう。『絶望の断罪マスク』と違い、呪剣『トリステスアイル』は持った瞬間に効力を発揮する。回収したギルド長ジークでさえ、何やらいかつい手袋で恐る恐る摘まんでいたほどだ。その呪いの元凶であるマリアの精神は今は落ち着いているものの、誰しもが装備できる訳では当然ない。ある種マリアが望むまいが、精神を激しく乱す影響は必ず出るはずだった。
「……ああ、そう言われればな。でもよ、そいつが言ったんだぜ、私を連れてけってな。実際なかったらシャルに打ち勝てなかっただろうしな」
「そっか……」
どれほどの無茶をしたのか、ストリックはきっと分かってない。
何でもない風に言うストリックだが、その執念はきっと呪具の戒めをも吹き飛ばすほどのものだった。そんな執念に乗った相棒もまた、こうして返ってきてくれた。クシャーナだけが感じる世界では、言葉にならない何かを喚きながら、縋りついてくるマリアの気配がする。永く離れ離れになっていたような感覚で、愛剣の腹を撫でる。ずっとそうしていたい衝動に駆られたが、まだやるべきことが残っている。
落ち着いてきたシャルを引き離し、徐に立ち上がる。
「ストさん」
「なんだ……よ」
そのままストリックの真正面に回ったクシャーナは、振り抜いた彼女を強く強く抱きしめた。身体を失い、魂だけとなった彼女はシャルの前では飄々としていたが、本当は怖かったのだ。まるで呪具の実験台にされていた頃に戻ったようで、ただただ心細く、無力だった。まだ何も返せてない家族、閉ざされた未来、そして心を許した友との唐突な別れ。自分で選んだ道は、そんな無二の友を酷く傷つけるもので。助けてもらう資格などないと、何度も諦めかけた。
それでもずっと、信じていた。
「ありがとう。本当に……ありがとう」
「…………おうよ」
肩越しに啜り泣く、弱い弱い姿。
それを情けないと、最強の冒険者の姿ではないと突き放す気にはなれなかった。子供のあやし方は分からなくとも、友を慰め受け止めるぐらいの器は持っている。そのために、自分は死地を潜ってきたのだから。多くを語らない不器用な盗賊は、ただただ胸に伝わる温もりをしっかりと抱きしめるのだった。




