117話:私の役目
時は少し遡り、話の舞台は闘技場に舞い戻る。
ハイロの策略により、スカルという防御の要を失ったストリック。
相対するのは、神器:【究明の氷杖エデンアイス】に芽生えた人格であるシャル。彼女はハイロに神器の使い手として見出されたクシャーナの身体を借り受け、ストリックとの決戦に臨んでいた。自らの未来を自分で切り開くため、神器の力を解放した彼女の力は凄まじく、ストリックは再び逃げ回る羽目になっていた。
(……だが、勝機がないわけじゃねぇ)
氷の津波を間一髪で避けながら、ストリックは思案する。
神器の力は強大、だがストリックは未だ五体満足である。【戦士の狂宴】決勝戦で酷使した、固有スキル:『天元技宝』による『開放』は、すでにリキャストタイムを終えている。正直な話、ここでの戦闘に焦点を合わせていたストリックにとって、余力は十分。無論ハイロや下手するとギルガメイジュの相手も考えるとここで全て出し切る訳にもいかないのだが、まずはここを乗り切らないと始まらないのも事実。
彼女が無事なのは、ひとえに戦闘経験の差である。
神器の力とシャルのセンスは確かに脅威だ。だが使い手というレベルで話すと、それは"十拳"には遠く及ばない。例えば真正面からの切り結びであれば、ストリックが負ける道理はない。それをシャルも分かっているからこそ、闘技場の中央に陣取り、近づかせないことを最優先にしているのだ。
(大体の間合いと種類は把握した、後はあれが破れるかどうかだな……)
神器相手に未知数のスタミナ勝負を仕掛ける気はない。
一定周期で展開される、地を這う氷の波動。直線状に迫る氷柱の波。手元から発射される氷槍と頭上に産み落とされる氷塊。ストリック唯一人に狙いを定めて放たれるそれらは、凶悪の一言。しかしストリックが一番の脅威と見るのは、また別。氷の波動を軽やかに避けたストリックが放つのは、『闇夜の羽衣』に潜ませていた暗器の投擲。
風を割いて飛んだそれはシャルの目前で凍り付き、力なく地に落ちた。
氷の結界による自動防御。これがストリックが攻めあぐねている一番の理由。神器の力が遺憾なく発揮されたそれは、例え魔法であっても凍てつかせる。盗賊であるストリックの主戦場は、近接戦。彼女の多くの手札は、結局そこに辿り着くための布石であり手段。【凍結】という逃れられない檻は、身代わりスキルを持つストリックですら容易に踏み込めない難敵であった。
「まっ、やるしかねぇよな!」
「真正面から――!?」
それでも彼女の足は決して止まらない。
決死の突撃を敢行したストリックの圧に、シャルが身構える。戦闘経験の浅い彼女ではあるが、戦場の機微を感じ取る嗅覚は持ち得ていたようで、一層の警戒態勢が敷かれる。無謀に見える突撃を制止しようと先行するのは、シャルを中心に放射状に拡がる氷の波動。受ける選択はなく、そこには回避という余分な動作が必ず加わる。そこに照準を合わせるシャルは、まんまとストリックの罠に嵌まった。
「波が――っ!?」
「はっ、ばーか! 見せすぎなんだよ!!」
地を這う氷の波動、その攻略法は先に受ける。
一度でもそれに足を取られれば終了、避けるにも神経を尖らせなければいけない攻撃を前に、ストリックは足元から伸ばした影でこれを受けた。瞬時にそれは凍てつくが、切り離した影は彼女を凍らせることもなく、ストリックが直進するルートの安全性を確保した。たったそれだけのことで――、狼狽えるシャルに考える隙は与えないと、盗賊の罠が次々に作動していく。
「今度は何っ!?」
シャルが次に目にしたのは、彼女のお株を奪うような氷の破片の乱舞。
闇属性スキル『ポルターガイスト』。ストリックは砕いた氷の欠片に唾を付けておき、即席の罠として隠しておいたのである。一定周期で訪れる氷の波動に飲まれないよう、『ダーク・プラント』という身代わりを用意することも忘れなかった。ストリックという策士が、ただ逃げ回っているだけなどあり得ない。彼女を知る戦士であれば警戒できたそれは、シャルにとっては寝耳に水のようだった。
委縮してしまったシャルを救うのは、氷の結界による自動防御。
高速で迫る氷の破片を次々に無効化するが、ストリックの目的はそれによるシャルの打倒ではない。迫る盗賊の足音が響く中、シャルが遅れてその狙いに気付く。鋭利な氷の破片は凶器足りえるが、氷を司る神器:【究明の氷杖エデンアイス】には効果は薄い。わざわざ防御する必要のないそれに自動防御を使ってしまった結果、今までにないほどにストリックの接近を許してしまったのである。
万能に思えた氷の結界の弱点。
それは、防御している間は攻撃できないという点にある。今までは数少ないストリックの反撃を瞬時に凍てつかせていたため、ラグをほとんど感じさせなかったのだが、その瞬間に攻撃の手が止まっていたことを彼女は見逃さなかった。それでもまだ距離はある。氷で舗装された闘技場の床は移動しづらく、ストリックの歩みを阻害する。道中には氷柱や氷塊が無造作に散らばっていることもあって、直線距離とはいえ、その踏破は容易ではない。
まだ間に合う――結界を解いたシャルが、大質量の氷柱を叩き込む。
地面から迸る勢いで迫るそれに、ストリックは真っ向からぶち当たる。氷柱の影にストリックが隠れる中、次の手に窮するシャル。今までのストリックは必ず左右に進路を変えており、そこに氷槍や氷塊をぶつければ、彼女は撤退を繰り返していた。ガリガリと氷柱を削り刻む音が徐々に近くなってくる。恐怖に駆られたシャルが再び氷柱を生み出そうとした矢先、フッと身体から力が抜ける。
「流石に肉体はクシャーナベースだったみたいだな。人間やめてないようで安心したぜ」
「あっ…………」
床に膝を付いたシャルにかかる影。
氷柱を強引に刳り貫いて、ストリックが姿を現す。本来大質量の氷柱に正面から当たるなど、オルゲートみたいな筋肉鎧でなければ成しえない芸当である。それを無理やり可能にしたのが、『天元技宝』により『開放』されたスキル『アクセラレータ』と『ライジング』。速度と威力を加速させるそれは、迫りくる氷柱を延々と砕くことで、連続攻撃によりボーナス補正を積み上げていった。
最後に仕掛けた罠は、『ポルターガイスト』による時間差攻撃。
一つは、氷の結界誘発による時間の確保。もう一つは、【麻痺】を仕込んだ攻撃の確実な着弾。効果の薄い攻撃と判断したシャルは、氷の結界を自分の意思で解いた。その後も氷の破片による攻撃は続いており、効果は薄くとも浅い傷を付けることには成功していた。後は数によるダメ押しが、シャルの身体を縛っていた。
「まだ負けてないっ……!!」
「ふっ、好きだぜそういうの。だが――勝ちは譲らねぇ」
神性を得た身体の力か、想定以上に回復が早い。
それでも致命的な間合いに捕らわれたシャルの次の一手は、逃げしか残されていない。唯一頼れるのは、氷の結界。全てを凍てつかせる自動防御は最強の盾であり、その出力は神器で無ければ貫けないほどの硬度を誇る。それを知ってなお余裕を崩さないストリックは、手に持った呪剣で氷の結界を貫く。
「戦わせろってあんまりにも五月蠅かったんでな」
「そんな――っ」
これはクシャーナを取り戻す戦い。
ならば、唯一無二の相棒が声を上げない訳がない。魔道具たる闘技場の効果復活の際に、一緒に原型を取り戻したのはクシャーナの愛剣、呪剣『トリステスアイル』。クシャーナを氷杭から解放する前、装備を回収していたギルド長ジークから強引に奪、借り受けたものであった。その刃も自動防御に阻まれ、シャルを仕留めるには至らない。それでも司る水の力が染み渡り、氷の結界を物理的に固定する。
「そんで――これが私の役目だ」
二人を隔てるのは、張り直しを封じられた氷の結界。
薄い膜に似合わない強固な結界に、生半可な攻撃は通じない。しかし奥の手を切ったストリックの攻撃力は極限まで研ぎ澄まされており、神器をも穿つ矛となる。必死に後退するシャルを逃すまいと、ストリックが最後の跳躍を見せる。
脚に纏った『シャドウ・シャドー』による鋭い飛び蹴り。
鋭利な影の槍と化したそれは今度こそ氷の結界を砕き、決着のしるしをシャルに刻むのだった。




