115話:シャルウィダンス
ストリックの啖呵から始まった戦闘。
それはとても戦闘とは呼べない、一方的なものだった。
神器:【究明の氷杖エデンアイス】を操るのは、クシャーナの身体に憑依しているシャル。神器そのものである彼女から溢れ出した力は、クシャーナの外見をも変質させている。神器を扱うのに最適化したシャルの動きは淀みなく、高出力の氷の波が絶えずストリックを呑み込まんと迫っていた。
「ちっ……どうしろってんだよ!」
悪態をつくストリックの声がどんどん遠ざかる。
先程までの威勢のよさとは裏腹に、彼女の選択は逃げの一手であった。彼女が手を焼くのは、絶対零度の全包囲攻撃。地を這い放射状に迫る氷に一度でも足を取られれば、一瞬で氷の彫像と化してしまうだろう。さらに疾走するストリックの背後に着弾するのは、大質量の氷の塊。
「よく見ろ、ストリック!」
「ああ、くそ! 分かってるよっ!」
スカルの掛け声に、苛立ちながら返す。
みっともなく逃げ惑うストリックだが、当然何もしていない訳ではない。相手の攻撃手段や練度、その隙などを絶えずアップデートしていく。例えば地面を凍らす氷の波、当たれば氷漬けにされる恐ろしい攻撃だが、その判定は波の先にしかない。すでに凍った地面に降り立ったとて、氷漬けにされる心配はないのだ。無論歩きにくさはあるが、『シャドウ・シャドー』で爪を立てて動けば問題ない。
それを実践するストリックに迫るのは、地から直線状に走る氷柱。
【凍結】という状態異常もさることながら、彼女を悩ますのは圧倒的な物理破壊力。土魔法にも似たそれは射出速度こそ及ばないものの、大質量を生み出すその瞬発力は抜きんでていた。眼前に迫る氷柱の波に進路変更を余儀なくされるストリック。直角に曲がる彼女の頭の上には、先ほどまでなかった影ができる。
「……センスで戦えるタイプかよ」
影に潜りやり過ごしたストリックが、再び地上に浮上する。
敵の進路を誘導し、多角的な攻撃で仕留めにかかる。スカルの攻撃をも捌きながら、ピンポイントでストリックを狙える視野の広さ。見れば先ほどストリックがいた位置には、人一人を容易に潰せる氷の塊が地面にめり込んでいた。ハイロの話からすれば、シャルに実戦経験はほとんどないはずだ。最初から"十拳"二人を相手取る実力があるならば、もっと別の選択肢があっただろう。
「ふふ、楽しいねっ」
「おまけに強戦士タイプときたか。めんどくせぇ……」
氷の結晶が太陽の光に反射し、シャルの周りをキラキラと照らす。
そんな視覚的要素も相まって、シャルの笑顔はとても輝いて見えた。人に拾い上げられた彼女が、初めて自分のためにした選択。辛く悲しい過去はもはや変えられないが、彼女は人として最初の一歩を踏み出すことができたのだ。それに応えるストリックも口では毒を吐きながら、その顔には笑みが見えていた。
「……メイジュ、君も行ってもらえるかい?」
「今この状況でか? それはどういう――」
「【放浪武者】を引き剥がしてほしい。なんなら、全力で倒して構わない」
シャルが躍動する中、蚊帳の外でも動きがあるようだ。
シャルの矛先がストリック達に向いたのをいいことに、高みの見物を決め込んでいるのは【潜むもの】ハイロとギルガメイジュ。彼らは打倒"十拳"とクシャーナの魂の強奪を掲げ、さらにはシャルをも戦力として引き込もうとしている。つまり、ここでの正解は静観の一択。神器たるシャルの本質的な負けはなく、ただ"十拳"の戦力が削れるのを眺めているだけでいいはずだった。
少しばかり目を見開くギルガメイジュに、さらに投げかける。
「僕はむしろ今仕掛けるのが最善手と見るね。これで下手な話、大した消耗もなくシャルがあちらに付けば、二対三。僕は戦力にならないから、実質一対三だ。君を信用していない訳ではないが、それならより勝算のある一対一を二つ作ったほうがいいかなってね」
「……ふむ、悪くはないな。何より、待ちは性に合わん」
君ならそう言ってくれると思ったよ、と笑みを作るハイロ。ギルガメイジュが颯爽と割り込みに向かう中、ハイロは後方で再び思案する。
シャルと"十拳"二人による拮抗した戦い、そのカギは【放浪武者】スカルだと睨む。彼の得意属性は火、つまりは氷に強いのである。氷は基本五属性には含まれておらず、また使い手もほとんどいない。一説によればそれは混成魔法の一種とされ、火と水両方に高い適性を示す者だけが辿り着ける境地とされていた。今もシャルとストリックの間に入り、氷を火で相殺している。
「さて、勝負手は打った。あとは――」
自分そっちのけで盛り上がる戦場を俯瞰し、ハイロは一人呟くのであった。
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