113話:4本目
【中央】陣営が歓声に包まれる。
ギルドが据えた臨時対策本部に舞い降りる影。
激戦を乗り越えた"十拳"二人、ストリックとスカルである。
歓迎するのは、本部で指揮を執っていたギルド長ジークや、守りの要【召喚術師】クリスト、さらには防衛に回っていた冒険者やギルド職員達。東西南北に散った戦士達からの報告に一喜一憂し、ゾンビに追われる町の住人の安全確保に奔走した彼らは、一様にホッとした表情を作っている。闘技場の中央には、雄大に佇む《大樹アルバトロ》と氷漬けにされたクシャーナの彫像が残っている。
「随分、待たせちまったな……」
改めて氷の彫像の前に立つ。
クシャーナが決勝で負った傷はテレサが治療しているためか、その身体は綺麗なものだ。人が氷の中に閉じ込められているという非現実性も合わさって、まるで幻想的な光景にすら感じる。しかし、ハイロに奪取されかけた彼女の魂は依然肉体への再接続は出来ておらず、その所在は不透明なままだ。
疑問は尽きないが、まずは彼女の解放が先決だ。
闘技場が再び戦場となる可能性を考慮し、避難していた町人を始め、非戦闘員は全てこの場から遠ざけてある。ギルド長ジークはその先導に回り、《大樹アルバトロ》の召喚を解除したクリストも彼らの護衛に付いた。人が密集していた闘技場はすっかりもぬけの殻となり、今この場に残っているのは"十拳"の二人だけである。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「油断するなよ」
ストリックが今一歩前進し、氷の彫像に手を当てる。
後ろではスカルが刀の柄に手を当て警戒する中、青のイヤリングが輝きを放つ。その輝きはやがて脈動となり、ストリックの身体を通じて氷の彫像へと響き渡る。ピシッと亀裂が入った音を認識した瞬間、一面にひびが入り根元から崩れていく。囚われのクシャーナの身を案じるストリックだったが、彼女の身体はその破壊に巻き込まれることなく、宙に浮かんでいた。
「やっぱりあったか、4本目……!!」
武器を抜いたストリックが距離を取り、空を睨む。
氷の彫像が完全に崩れた今、彼らの目が捉えているのは、宙に浮かぶながらゆっくり降りてくるクシャーナと、その前方に浮かぶ杖であった。青と白のコントラストが映える、氷を具現化したような芸術品。一種の神々しさが視覚的根拠となり、ストリックの予想を裏付ける。神器持ちとの死闘の最中にあっても壊れない、青いイヤリング。その答え同然のヒントを、イルルは去り際に残してくれていた。
「おめでとう、やり遂げたんだね」
パチパチと乾いた音が響く。
静寂を取り戻した場で、堂々と姿を現したのは死霊術師ハイロ。その後ろには神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】を持つギルガメイジュの姿もある。彼らが保険に持っていた青いイヤリングは、4本目の神器の制御装置。魂を狙われたクシャーナは、その神器の使い手としてもカウントされていたのだ。
「その子の名は、神器:【究明の氷杖エデンアイス】。すでに人格を宿している、特異な存在だよ」
もはや隠すことはない。
そう楽しそうに話すハイロの口は、いっそ止まることはなかった。
*
神器:【究明の氷杖エデンアイス】。
ハイロによれば、その神器はとある小国を守護していたものらしい。強国に挟まれていた小国は、一種の緩衝地帯兼交易の橋として上手く立ち回ってきた。それぞれの国とも柔軟に付き合ってきたが、一つの強国の世代交代により、その風向きは大きく変わることとなる。
「強硬派が実権を握った結果、あっさり攻め込まれちゃったという訳だね」
強国同士の防波堤をも兼ねていた小国の取り込み。
それは当然その先にある、別の強国を見据えた進軍だった訳だが、彼らの行軍は早々に躓くこととなる。神器:【究明の氷杖エデンアイス】が司るのは氷。自国の危機に力を発揮したそれは、小国を丸ごと大雪の嵐で包み込んだのだ。これにより危機は去ったかに見えたが、問題は交易まで止まってしまったことである。
「国を完全に閉めてしまうには、その国は生産性に乏しかった。あとはもう分かるだろう?」
攻められないための鎖国か、生きるための開国か。
小国の中でも荒れた議題は、やがて国の分断を生んだ。強国の占領下に置かれてでも生きることを選択した開国派が神器の情報を流し、強国のスパイを招き入れたのである。結果、時の王族は粛清され神器も回収されることとなった。神器の力をも得た強国はさらに勢いを増すかに思われた。
「ただ誤算だったのが、その神器に人格が芽生えていたこと」
苦笑しながらそう話すハイロは、その結末をも饒舌に語る。
小国を攻め込まれた怒り、取り分け契約を結んでいた時の王族の粛清は、神器の逆鱗に触れた。大人しく持ち替えられた翌日、その強国は一面氷の都市と化し一夜にして滅んだのである。人の欲が二つの国を滅ぼした、凄惨な歴史。経緯はなんとなく把握したが、それが彼らが神器を持っている理由にはならない。そう指摘するストリックに、ハイロは何でもないというように返す。
「そりゃ強国のスパイが僕だったからさ。力を放出しきった神器の回収は簡単でね。……あれ、まさか大昔の話とでも思ってたのかい?」
絶句するストリックをおいて、どこまでも楽しそうに笑う。
汚れ役に損きりしやすい傭兵を雇った結果、強国は滅んだ。聞けばその時にはすでにギルガメイジュは彼の腕となり活躍していたようで、なるほど氷への耐性は人一番持っている。彼がイルルとミーコを失ってなお、彼女を手元に残し続けたのは、このためでもあったのだろう。
「さて、それじゃいい加減再起動といこうか。持ってるんだろう?」
「ちっ……どこまでもイラつかせる野郎だ」
ハイロが催促するのは、回収した怨念の解放。
ストリックが手に持つ『隠世の器』には、その怨念が大量に詰まっている。それを解放すれば、魔道具たる闘技場の効果は復活し、クシャーナの状態は決勝前に戻る。つまり、彼女の魂が身体と再接続されるはずなのである。しかし、今彼女の主導権をどっちが握っているかは不明であり、そこは両者にとっての賭けであった。
「クシャーナ、戻ってこい!」
「君が付くべきなのはこっち側だ、おいでシャル!」
『隠世の器』から怨念が解放され、闘技場に吸い込まれていく。
ビクッとクシャーナの身体が反応し、徐に浮いていた神器:【究明の氷杖エデンアイス】を手に持つ。彼女の顔を覆っていた仮面、『絶望の断罪マスク』が独りでに落ち、金属質な音が響く。まるで何かを探すような素振りで顔を振り、ゆっくりとその目が開かれる。
その目は、神秘的な蒼い目をしていた。




