112話:市街総力戦アフター
【西側】での戦いが終結した。
影の塔攻略に乗り出した冒険者の多くが、呪術の反撃に倒れた。
脅威が去った今もその傷跡は濃く、無事だった冒険者やシスター達がバタバタと動き回っている。影の塔攻略で誤算だったのが、実力者ほど首を絞める結果になってしまったこと。それは"十拳"すら例外ではなく、真面に呪術を受けてしまったリュウレイ、テレサ、そしてオルゲートはここでリタイアとなった。
「終わったのね」
「ああ……なんだ、お前は無事だったか」
地べたに寝かされた冒険者の合間を縫って、声が掛けられる。
振り返ったストリックが視界に収めたのは、死霊術師のネルチェ。彼女も大きく影の塔攻略に貢献した一人であり、間違いなく呪術による反撃をもらったはずでもあった。ストリックの怪訝な様子を察したのか、おもむろに手に持っていたものを掲げる。
「……なんだそれ」
「ポポロだったもの」
「いきなり体弾けてビックリってレベルじゃないわなー」
中から破裂したような、綿の塊。
それの正体はポポロの魂が宿っていた人形、『御霊の傀儡』であった。霊魂を操る適性を持つネルチェは、使役する魂に『御霊の傀儡』を与えることで、身代わり人形として扱うこともできるらしい。宿り先を失ったポポロはあっさりとネルチェの持つロザリオに出戻りしたようで、首元からお気楽な返事が返ってくる。もう一人【夜妃】アイネは鎧の兵隊を指揮し、冒険者の搬送に勤しんでいる。
「いったい死霊術師のしぶとさはどうなってんだよ」
「あら、私は普通よ。あれと一緒にはしないでよね」
「術師が前線で剣振っておいて、普通はねぇな」
軽口を叩く二人が辺りを見渡す。
払った代償は大きいものの、これでいよいよ中央へと乗り込むことができる。主戦力で言えば、ストリック、スカル、ネルチェと僅か3名に絞られてはしまったが、相手の脅威も着実に減っている。大きな隠し玉でもなければ、残る相手はハイロとギルガメイジュのみ。東西南北と制圧できたことで、ハイロの分身も限りなく減っていることだろう。
「……んで、これがそのカギな訳だな」
ミーコ戦勝利の証、青いイヤリングを地べたから拾い上げる。
ハイロの言葉を全て鵜呑みにするのは危険だが、これでクシャーナを氷杭から解放する手立ては整った。闘技場の効果を復活させるのに必要な怨念も、影の塔攻略に伴い十分すぎる量を『隠世の器』に蓄えることができた。今のところ中央陣営からの報告もなく、時はストリック達の帰還を待っているようだった。
「ねぇ……ミーコは本当に倒したのよね?」
「ああ? 何言ってやがる」
そんな中、ネルチェからやや固い声が掛かる。
ミーコはストリック達が3人がかりで仕留め、後には神器の破片しか残っていない。【東側】に残ったエミットからは、遅れて再生した神器:【恵みの宝杖アダムツリー】は無事回収できたとの報告もある。今の状況に不自然な点は見受けられないが、険しい顔をするネルチェが刀の柄に手を伸ばしかけた瞬間、根負けしたように声が漏れた。
「あー……もうっ、放っておいてよ~」
「「!!?」」
神器の欠片が淡い光を放つ。
それぞれ警戒態勢を取る中、やがてその光は一つの形へと収束していく。気の抜けた嘆き節を発したのは、地べたにうつ伏せで転がった状態の少女、神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】を操るミーコであった。
*
「だーかーらー、もう私に戦う意思はないって」
「いや、どうやって信用しろっていうんだよ」
答えの出ない押し問答が繰り広げられる中、現場の緊張感は大分薄れてきたようだ。
ストリック、ネルチェ、スカルが囲んで警戒に当たる中、ミーコはその場でお行儀よく座ったままだ。聞けばミーコの魂はすでに神器と一体化しており、一種の不死性を獲得しているらしい。下手に突っかかって損するのはそっちだよ? と無抵抗の彼女に言われてしまえば、なかなかこちらからは手出しがしにくい。
「おやおや、神器と精神が融合した魂など、実に珍しい」
「あんたも……まあ無事か。少なくとも嘘じゃなさそうだな」
ミーコの発言を肯定するのは、教皇ハインデル。
にこやかな顔で近づいてきた彼の物言いに、ようやく一定の理解を示すストリック。その後ろには下手な変装をやめたレノウィンの姿もある。直属の近衛達の負傷に涙目で喚いていた彼女だが、なんとか一定の状態まで回復には漕ぎ着けたようだ。散々疑われたミーコはむーっと頬を膨らませたりと忙しいが、依然敵対心は見られない。彼女の解放された能力があればいつでも離脱できることもあり、この場の騒動は収まりつつあった。
「私が預かろう、と言いたいところだが……」
「絶対、だめです」
「ということでだ、よろしく頼むよ」
「どういうことで!?」
レノウィンとの茶番を終えた教皇が、ポンとネルチェの肩を叩く。
「私は『中央に行くのは誰か決めよう』って言ったんだよ。で、負けた私にはその選択は無くなったわけ。本当に命尽きるまでやるなら、私の負けはないけど……」
「もういいのか?」
「うん、もういいの」
スカルの問いにも間髪入れず応えるミーコ。
その様子を見守っていたストリックは、顎に手を当て熟考の構えに入った。今のミーコの状態は教皇のお墨付きもあり、神器由来の不死性を備えているようだ。そんな相手が本気ならば、ここに転がっている負傷者は今の比ではないだろう。こちらからこれ以上手を出すのは悪手、ただ当然保険もなしに野放しにする訳にもいかない。
「まあ、つまりそういうことだな」
「知らないとこで勝手に決めるの、やめてくれる!?」
仏頂面でネルチェの肩を叩くストリックに、再び過剰反応が返ってくる。
それから多少のすったもんだはあったが、結局ミーコのお守りもとい見張りはネルチェが担当することになった。魂の扱いで言えば、こちらの陣営にこれ以上の適性を持つ人材は居らず、実力行使も選択肢に入れればベストであろう。あとこれはネルチェには言えないことだが、ハイロとの直接対決に水を差されないためには、彼女はここに残しておくべきだ。戦力的には惜しいが、おそらく教皇の発言はそこまで睨んだ末の提案だったに違いない。
「なんか人形持ってると、安心する」
「ふふ、ずっと鏡を持たれていたようですから……」
転移の防止には、ミーコに持たせたアイネの人形がその役割を担うこととなった。魂のリンクをあっさり受け入れたミーコの動向は、これで見失うこともないだろう。
「それじゃ行くか、中央へ」
【西側】での処理を終え、ワイバーンに跨るのは"十拳"の2名。青いイヤリングを両耳に付けたストリックは、スカルと共にクシャーナ救出の最終決戦へと飛び立つのであった。




