111話:市街総力戦⑯【西側】
影の塔の崩壊と、姿を変えたミーコの出現。
【西側】の戦闘が最終局面を迎える中、遠目に見守る二つの影がある。
「全て、お前の計算通りか?」
「なに、なんかちょっと怒ってる?」
「質問を質問で返すな」
場の温度が瞬時に上昇する中、慌てて男が取り繕う。
「待った待った! ちょっと疑問に思っただけじゃないか」
「質問の意図が上手く伝わってないのなら、もう一度言ってやろう。倒される順番も、私を【南側】から動かさなかったのも、全て計算通りかと聞いている」
その言葉には、明らかに怒気が籠っていた。
「だったら……どうする?」
その中で、男の返答はあくまで思わせぶりで断言しないものだった。本心を薄っぺらい笑みで覆い隠し、真っ向からの問いすら煙に巻く。ああこういう男だったと嘆息する女は、熱を発する武器を地面に突き立て、近くの岩に腰かけた。
「私達はただの駒だ、使われ方に異論を挟むことなどない。ましてや、すでに死した魂である我らの生など、まやかしに過ぎん。ただそうだな……イルルにミーコ、そして私は……お前に必要か?」
神器から手を離した女、ギルガメイジュが男を睨む。
「それこそ愚問だね」
そんな圧にも怯まない男、彼らの主である死霊術師ハイロは事も無げに言い放つ。
「もちろん全員必要さ。僕は君達を、魂から愛しているよ」
*
ハイロが望んだ、"十拳"との全面戦争。
神器持ちを3名抱える彼でも、決して楽観して臨める戦闘ではなかった。戦力分散が必須となる中で、分かりやすく東西南北に展開し、それぞれの場所で迎え撃った。手鏡による合流も選択肢にあった中で、【北側】に陣取ったハイロ自身の早々の陥落により、出だしから躓いた。神器持ちより粘れるつもりは当然なかったが、これにより相手の戦力分析に掛ける時間が足りず、場当たり的な対応を取るしかなかったのである。
途中イレギュラーに見舞われながらも、ハイロは【東側】に活路を見出した。
少ない言葉で、期待通り意図を汲んだイルルの反撃により、"十拳"は半壊した。誤算だったのは、相手側にも用意されていた緊急的な合流策と、"十拳"以外の戦力による抵抗の激しさ。これによりイルルが討たれてしまったことは、ハイロにとっても痛恨であった。
それでも、倒される順番までは間違えなかった。
イルルとミーコは組んでこそ実力が発揮される側面があり、ミーコの拘りは特に強かった。その中で相棒のイルルを失ったショックは想像に難くなく、隙を晒した彼女はあっさりとその後を追った。そうなった際に起こり得ることを、ハイロは高い精度で把握していた。イルルとミーコは同じくハイロに神器を通して使役される存在だが、その構造は全く違う。
ミーコの魂は、最初から神器と同化していたのである。
神器とは一種の人知を超えた存在であり、人の手での破壊は不可能とされている。現に神器に引き寄せられていただけのイルルの魂は戦闘に負け、再び冥府へと誘われた。だが神器と一体化しているミーコの打倒は現実的に不可能。それでも、ミーコが単体で落とされた場合は、その効果は発揮されない可能性が高い。何故なら、ミーコの魂は神器の力を抑えるストッパーとして、存在していたからだ。
1,000年も前から存在する太古の鏡、神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】。
それは人の怨念の塊であり、一族の繁栄を約束する代わりに、幼子の血を捧げ続ける必要があった。古き時代に生を受けたミーコも、その贄として幼くして死ぬことが運命づけられていた。名前もなく、愛情も知らず、ただ消費される存在として腫れ物のように扱われるだけの人生。多くの贄はその事実を幼さ故直前まで認識できず、突如湧いた死の恐怖に塗りつぶされては、その糧となってきた。
だがミーコは聡く、自身の置かれた環境を正確に把握していた。
抗うことも許されない宿命をただ受け入れ、世話係の小さな優しさに気付き、苦悩や葛藤すら掬い上げて見せた。そして来る日、坦々と贄としての役割を果たした彼女は、死してなお今を生きる人を想い願い続けた。その清らかな精神はやがて神器にも作用し、いつしか贄を捧げる慣習は失われていった。現代において、神器がただのアンティークとして露店に並んでいたのも、それ故のことだった。
しかし、その強靭なまでのミーコの精神が崩れれば、話は変わる。
イルルの死に激しく動揺したミーコの精神は乱れ、結果今まで押さえつけていた人々の怨念を撒き散らすこととなった。それが形となったのが天をも貫く影の塔であり、塔を構成する影の触手は、姿形を失った贄たちのなれの果てであった。ミーコが人の形となって再び現れたのは、荒れ狂う怨念の総量が少なくなり、コントロールを取り戻したからに過ぎない。
それでも、冷静に、いっそ冷徹に怨念を操る彼女は、今や真の神器の使い手となった。
それこそが、イルルを欠いた場合のハイロの筋書きであり、その読みは見事に的中したと言える。彼の目的はあくまでクシャーナの魂の強奪であり、それは"十拳"打倒の末に訪れる最大の報酬である。すでにそう決めた彼の歩みを阻むものは未だなく、その行く末はこの決戦に委ねられるのだった。
*
僅かな面影を残すミーコの目の光は、冷たい。
神器による魔法の反射と、補助的な呪術。
これが以前のミーコの攻撃手段だったが、今は攻撃的な呪術が主体となっている。手に持つ黒杖はどこかイルルの持っていた神器:【恵みの宝杖アダムツリー】を思わせる。そこから放たれる圧縮された怨念は岩をも砕く威力を誇り、それが何本もの黒線となり執拗に対象を追いまわすのだから堪ったものではない。
「くそがっ!」
すんでのところで、武器を交差し受け流す。
返す刀で闇魔法で反撃するストリックだったが、ミーコにとって魔法の処理はお手の物である。神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】は彼女の背後に浮かんでいるが、複数展開された鏡面が全方位カバーし、魔法の被弾を許さない。
「逃げはなし、魔法もなし……。正解は撃ち落しからの接近戦か」
「それもさっきからやってるけどな」
反射された魔法を躱し、オルゲートに合流するストリック。
彼らが見守るのは、愚直にミーコを追うスカルの姿。現在ミーコを囲むのは、"十拳"の内動けるストリック、スカル、オルゲートの3名。彼らほどの技があれば、怨念の撃ち落しはやれなくはない。攻撃魔法も別に使わなければいい。しかし、ミーコには転移魔法がある。神器の力が解放されているためか、転移のための予備動作もなく、接近戦で捕まえられるかは甚だ疑問であった。
「それでも愚直にやるしか無かろう」
「結局、ただのスタミナ勝負かよ。まあ、囲んどいて泣き言言える立場じゃねぇな」
最低限の確認を終え、再び疾走するのはストリック。
その後ろで強烈な威圧感が立ち昇るのをひしひしと感じながら、前だけを睨む。魔法がだめ、つまりは範囲攻撃を封じられたのも同然だが、戦神の秘術はその距離を容易く埋める。ストリックが跳ぶと同時に、背後から示し合わせたかのように振り切られるのは、オルゲート渾身の切り払い。
「……っ!」
「冗談……」
戦士の業『ソウル・リバレーション』で拡張された一撃。
それはミーコに纏わりつくスカルをも巻き込んだ、予想外の刃。すんでのところで両者躱すが、オルゲートの動きは止まらない。まずオルゲートが稼働できる時間は短い。『ソウル・リバレーション』の効果時間もそうだが、彼の身体は今立っているのが奇跡なほどのダメージを負っている。この敵は3人で叩かなければ先はない。戦士の勘が彼を突き動かしていた。
突如背後から刺されたスカルも、すぐにその狙いを察する。
難易度はさらに増したが、彼の『天眼』はその嵐の中にあっても、明確に打つべき敵と道筋が見えていた。そして、そこに加わるのは盗賊の頂点、ストリック。盗賊の勘と気配察知スキル、さらには未だ借りたままの占星術師のスキル『マーカー』と『オラクル』を駆使し、どこまでもミーコを追いかける。
「この……っ」
捨て身に近い攻撃に、何故か自分だけが割を食っている。
安易な転移も許されない中で、ミーコの表情が少しずつ歪んでくる。神性を得たミーコの勝ちは、本来確固たるものであった。まず、この戦闘に真正面から付き合う必要がない。大半を呪術で仕留めた今、残ったのは近接職の3人。勝利のみを追求するのであれば、転移で大きな距離を取り、ただひたすら削ればいい。もちろん簡単にはやられないだろうが、一人は最初から虫の息だ。結果は分かり切っていた。
しかし、ミーコはそれを選ばなかった。
わざわざ彼らの前に姿を現し、最終決戦にその身を投じた。何故そうしたのか、彼女には説明できない。ハイロに言われたわけでもなく、この場に守るべき人がいるわけでもない。馬鹿な選択だったのかもしれない。それでも彼女はこの地に、この場所に歩を進めていた。何故なら――イルルは逃げなかったからだ。
「ははっ……そっか」
浮かんだのは、どこかほっとしたような笑み。
1,000年に渡り凝縮された怨念も、1年にも満たない交流も、何も失われていない。全てが彼女を形作っていて、全てが彼女の存在の証明である。そしてそれは、ただ在るだけでは意味がない。命を燃やし、熱に浮かされてこそ、死したる魂は生を実感するのだ。愛を与え続けた魂は、今初めて与えられた愛を噛み締めていた。
戦場に吹き荒れる嵐が、苛烈を極めている。
燃え尽きる花火の最後のように、切なくも火花は飛び散る。その中で、ストリックはひたすら学習していた。本来瞬間移動とも言える転移の行き先など、常人には捉えられない。それでも使い手が人であるならば、必ず癖が存在する。それを読み切り、最善手で詰める。それが盗賊ストリック=ウラレンシスの真価であった。
「――もう逃がさねぇ」
「……! まだ……っ!!」
オルゲートとスカルの猛攻を掻い潜り、何度目かの転移。一見無風地帯に見えたそこには、すでにストリックが構えていた。刹那のタイミング、すでに振り切られた一撃は防御も回避も不可能。その事実を正しく共有したミーコは、最後のあがきに出る。クルリとスライドするように正面に回ったのは、彼女の背後に浮かんでいた神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】。
その鏡に映るのはストリックではなく――。
呪術による現身、その矛先に選ばれたのはスカル。ストリックと同じく近くまで詰めていたスカルを同士討ちに誘う、機転の勝利。最後まで冷静だったミーコの判断が勝敗を分ける。すでに振り切ったストリックの攻撃は止まらず、スカルからは自身が鏡に映っている様子は窺えない。
「あーあ、相手が悪かったな」
そんな中、ポツリと耳に入ってきた声。
鏡を砕いたストリックのニヒルな笑みが、視界に飛び込んでくる。鏡という特性上、神器にしては耐久力は心許ないが、それも一時を置けば復活する。依然攻撃手段を持つミーコの前で隙を晒すストリックなど、一瞬で蜂の巣にできる。そこまで考えたミーコの身体に刃が突き立つのを、ストリックは確信をもって見届けていた。
「――――『炎禍の太刀・炎葬送華』」
刀に纏った炎が、手向けの炎の華を咲かせる。
驚きと共に振り返るミーコの視界の端、そこには刀を振り切ったスカルの姿があった。呪術をも斬る、スカルのカウンター。予期しない攻撃ばかり受けたスカルであったが、事の起こりを見逃す『天眼』ではなかった。身体を真っ二つに別たれたミーコが地に落ちる音が、この戦いの終了を告げる鐘となるのであった。




