110話:市街総力戦⑮【西側】
【西側】で始まった、影の塔攻略。
ド派手な教皇の一撃を皮切りに総力戦に突入した一戦は、"十拳"の活躍もあり塔の半壊まで漕ぎ着けていた。空が覗く中、それでも降り注ぐ塔の欠片は依然冒険者達の脅威足り得ている。地上から迎撃の魔法が切れ目なく放たれる中、戦いのフェーズは次に移行しようとしていた。
「うぉ!? あっぶねー……」
「結界から出るなよ! 圧死なんか冗談じゃねぇ」
ドスンという重々しい音が、すぐ横で響く。
教皇のおかげ、というかせいなのだが、落下物の処理に翻弄されるのは地上の冒険者達。強制的にそうせざるを得ない状況に巻き込まれたわけだが、結果攻撃の届かない影の塔上部の切り崩しに成功している。また近づかないことで、影の塔を構成する触手による反撃を無効化していた。
それ故か、その脅威を甘く見た冒険者が逆襲に合う。
「へぶっ!?」
「なんだっ!? って――うぉおおおお!?」
冒険者を襲うのは、地上に辿り着いた塔の欠片。
湧き出る影の触手が真横の冒険者を吹き飛ばし、別の冒険者もすぐに捕まる。その他の場所でも打ち漏らした欠片からの反撃が見舞われ、冒険者の連携が乱れる。頭上に迫る欠片、目の前の触手、二方向から挟まれてしまえばひとたまりもなく、地上はたちまち阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ほいさっ!」
その中で疾風の如く駆けるのは、近衛シスターのフェン。
冒険者を捕えていた触手を叩き切り、駆け抜け様に本体をも切り裂く。彼女が両手に持つ聖剣は、他の近衛の持つそれと比べると幾らか刀身が短い。取り回しに優れた専用武器を持つ、彼女の前職は【盗賊】。スピードを一切緩めない彼女は、結界の合間を縫って触手を殲滅していく。その剣は光属性を纏っており、相性の良さがその殲滅速度を支えていた。
「はいはーい、小回りの利く方はこっちねー」
「それ以外の方は、引き続き欠片処理をお願いします~」
ゆるい声と一緒に神聖魔法がかけられる。
神聖魔法『プラナ・アンブレラ』。背伸びをして手を振るニーナがかけるそれは、個人単位の防御結界。頭上に薄く膜を張るそれは、持続的に邪気を払う効果があるほか、一度限りだが致命的な攻撃をも無効化する。結界から飛び出て触手の対応に当たる冒険者には、まさしく命を護る傘となるだろう。用途によって使い分けできる神聖魔法を多く持つのが、ニーナの強みであった。
迅速に対応手が打ち出され、それにすぐさま順応する。
彼らも一人一人が冒険者、環境変化への対応力は持っておかねば生きていけない。触手の力は脅威だが、本体は地面に根付いたように動くことはない。よく見れば攻撃も近くの冒険者に無作為に仕掛けているだけであり、対応を間違わなければ大きな攻撃をもらうことはなかった。
攻略法を見出した冒険者達の踏ん張りの果てに、その時は訪れた。
「はぁ……これで終わったか?」
崩れ落ちる触手もとい塔の欠片から剣を抜くフレデリカ。空から永遠に降り注ぐように思われた塔の欠片を捌き切り、彼らはこの地に立っていた。彼女を始め多くの冒険者の消耗は濃いものの、大きく破綻することなく乗り越えたのは僥倖と言えよう。見れば力を失ったのか、地に根付いていた影の塔の下半分までもが朽ちようとしている。
その様子を遠目に捉えた冒険者達から、歓喜の声が上がる。
「フレデリカさん! やりましたねっ!」
「ああ……ったく、とんだ貧乏くじだったわ」
結界を支え続けたベルロトが、汗ぐっしょりになりながらも声を掛ける。
そんな彼女にチラリと目線をやったフレデリカが、労いのハイタッチに手を上げる。それに気づいたベルロトが控えめに手を上げる中、その手は虚空を切った。唖然とするベルロトの顔が斜めに遠ざかる中、遅まきに自分が倒れこんでいるのだと気づく。受け身も取れず力なく倒れたフレデリカの腹からはジワリと血が流れ、その範囲を瞬く間に拡げた。
「やったら――当然やり返されることも、覚悟してるよね?」
上からベルロトの泣き声が響く中、意識が遠のくフレデリカの耳には凍てついた声がただ張り付いていた。
*
塔の欠片の掃討に成功した冒険者達。
残った下半分の影の塔までもが崩壊していく中、彼らは歓喜に沸いた。その歓喜の渦が一転、呻き声や悲鳴が響く感情のるつぼとなっていた。彼らを襲ったのは、出所不明の急襲攻撃。地に伏している彼らは一様に腹を複数個所貫かれ、重い傷を負っていた。逆に無傷な者もおり、慌てふためきながらもなんとか応急処置に当たっている。
「なるほどな……。これが呪術の真骨頂って訳かよ」
「ストリック……!? お主、無事だったか……」
ストリックの独り言に反応するのは、オルゲート。
その彼も片膝を付き口から血を大量に吐き出しており、その傷の深さが窺えた。彼の纏う鎧に攻撃が加えられたような痕跡はない。つまり、彼らを襲ったのは内側からの刃。距離や防御を無視して対象者本人のみに傷を付けるその秘術は、極東で生まれた呪いの文化の結晶であった。
「……すまん、私がもっと早く気付いていれば」
「ごふっ……いいえ、お爺様が無事ならそれで」
息も絶え絶えなテレサを介抱するのは、スカル。
"十拳"とて、その攻撃からは逃れられない。トリガーとなったのは、影の塔への攻撃そのもの。反動で返ってきたダメージは、与えたダメージに比例する。影の塔を削るのに尽力した冒険者もそうだが、類まれな殲滅力がオルゲート達の首を絞める結果となっていた。
「そういうあんたは無事なんだな」
「辛うじてな。『呪い』の発動する瞬間に断ち切った。お前は……」
「ああ、どうもきな臭かったんでな。ずっと隠れてたよ」
五体満足なのは、ストリックとスカル。
悪びれる様子のないストリックが、坦々と言い放つ。崩壊する影の塔を睨んだまま、手持ちのポーションを地面に転がっている瀕死のリュウレイに投げつける。彼も辛うじて意識はあるものの、戦闘続行は不可能に近いだろう。むしろ血だらけになりながらも戦意が途切れないオルゲートの気力と耐久は、それだけ"十拳"の中でも浮世離れしていた。
「……そんで、いよいよ本命か?」
「いつまでも誘いに乗らないなら、やるしかないからね」
影の塔の崩壊が地面を揺らす中、零した問いへの応答がある。
砂埃を抜けて現れたのは、黒魔術師然としたミーコ。
彼女の身体は幼女のそれではなく、一端の大人に見える。黒に染まったゆったりしたローブを身に纏い、手には長い漆黒の杖が握られている。そして彼女の背後に浮かぶのは、怪しい紫の後光を放つ神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】。
「中央に行くのは誰か、決めよっか」
真の姿を開放したミーコが冷めた声で呟く中、その右耳には青いイヤリングが揺れていた。
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