11話:呪具が誘う迷宮探索⑤
薄暗いダンジョンを駆け巡る気配。
「これで34匹目……やっぱ多いな」
ダンジョンの低い天井にへばりついていた《スワローウェポン・スライム》の核を通り過ぎ様に切り裂き、クシャーナは疾走する。現在の階層は23階層。件のモンスターが階層を登ってきているのかまでは分からないが、呪具を取り込んで増殖していることだけは確かだった。
呪具『純然たる悪意の指輪』。
呪具にはメリットデメリット存在するが、中には所有者もろとも破滅に導く、危険極まりないものも存在する。クシャーナが装備するような、強すぎる効果を調整するように付けられた、別のデメリット効果がある呪具ではない。今回の指輪は、同じ効果で使用者をも蝕むタイプのものだ。
精神汚染を意図的に引き起こす呪具。
モンスターに使用すれば凶暴化する代わりに、動きは単調になり細かいスキルや連携は使ってこなくなる。ヘイトを安易に稼いで、戦士職でなくてもターゲットを取りやすいのも特徴だ。人に使えば闘争心や警戒感を煽り、まるで全てが自分を狙っているかのような疑心暗鬼に陥る。
それこそ悪意を持って使用すれば、パーティーの崩壊も容易く目論めるだろう。
今回の騒動は、《スワローウェポン・スライム》が『純然たる悪意の指輪』を取り込み分裂したことによる、狂気の拡散が原因だ。ただのモンスターが呑み込んだとかそういう話ではない。これは放置すればするほど被害は大きくなるし、最悪冒険者がこのダンジョンに潜ることすらできなくなってしまうかもしれない。
今ここで、対処しなければならない。
未曽有の危機に偶然居合わせた巨大戦力"十拳"の面々。強すぎる力は被害を拡げる可能性も秘めているが、すでにやることを定めたトップランカー達に憂いはない。まるで討伐数を競い合うかのように、次々とモンスターを倒していく。
「うわっ……めっちゃ強い殺意。さて、スライムの本体かあるいは……」
前方から急接近する殺意を肌にビリビリ感じながらも、クシャーナは速度を緩めない。通常のスライムであればその動きは緩慢で、目視してからの対応でもなんら問題はない。だが《スワローウェポン・スライム》は「深層の狩人」の異名を持つ、特異なモンスター。
敵を定めるや否や、遠距離から一気に鋭い一撃を見舞ってくるのだ。
「おっと……なんだ、ストさんか」
「ちっ……仕留めそこなったか」
すれ違いざまに甲高い斬撃音が響く。
物騒な言葉を呟くストリックだったが、相手がクシャーナと分かると振り向きもせず、再び闇へと消えた。こうした接触は今に始まったことではない。ノンストップで動き回る彼女達は、自分以外を全て敵とみなしひたすらに前進する。
「おわっ……あっつ。向こうはエミットかな」
ストリックをいなした後、右の脇道から大火球が突如湧き出てくるように放たれる。クシャーナが狙っていた前方のスライムが数匹纏めて蒸発する。急ブレーキ、そして反転。来た道を戻りながら、別の脇道へと動く。遠ざかるターゲットの気配を察し、今頃エミットも目当てのスライムではなかったと気づいたことだろう。
「お~い、クシャーナ! ストップストップ!!」
「あれ……セミちゃんとヤムちーじゃん」
次のターゲットに定めていた殺意の点、そこから声が聞こえた。
声を出し手を振るセミテスタ達に刃を振り上げるほど、クシャーナとて狂気に染まった訳ではない。トップスピードから再び急ブレーキ。土埃を上げながら、比較的ダンジョンの開けた地点での合流となった。
「何してんの二人で?」
「いや、この階層のスライムはほぼ潰せたみたいなんだよね」
クシャーナの問いに答えるのは、ナイフをすでに腰に収めているヤム。
聞けば一触即発の場面で、ヤムもセミテスタに呼び止められており、その情報を聞いたらしい。得意げに語る少女曰く、土魔法で索敵を行い大体のモンスターの状況を把握。そして縦横無尽に走り回るクシャーナ達の存在は、彼女達に付与した『マッド・シールド』で察知したとのことだった。
「おー、やるじゃんセミちゃん」
「でもそれできるなら、最初から言っておいてくれればよかったのに」
「も~、そこまでは無理だよぅ。あの時は数多すぎて全く把握できなかったぐらいだもん」
頭の後ろで手を組むヤムの物言いに、セミテスタが悲鳴を漏らす。
今この階層は、確かに落ち着きを取り戻しつつある。彼女達のある種乱暴なやり方は、どうやら功を奏したようだ。ちなみにクシャーナが来る前、ストリックも通りがかったらしいのだが、彼女はセミテスタに強烈な一撃を浴びせて下層へと降りて行ったらしい。
「あれ絶対目視できてたのに! ひどいよね!?」
「一番殺意に染まってるのストリックじゃない? 道中合わなくてよかった~」
「ふふ、めっちゃウケる」
束の間の談笑を終え、彼らは再び殲滅を再開する。
さっきから下層で爆発音のような音が響いていることから、どうやらエミットも下に降りて行ったらしい。3人で話した結果、この23階層の取りこぼしはセミテスタが潰し、同じ要領でクシャーナ達は下層に移ることとなった。
24階層を同様の手順で掃除し、立て続けに25階層へ。
何度かすれ違いざまの衝突こそあったが、当然それでリタイアしてしまうような冒険者はここにはいない。ストリックなどは毎回舌打ちしながら去っていったが、案外楽しんでいたのかもしれない。
狂気が迸る先へ、その先へ。
バラバラに散っていたはずのクシャーナ達は、いつしか導かれるように1体の巨大な《スワローウェポン・スライム》の前に集まるのだった。




