109話:市街総力戦⑭【西側】
空から影が落ちてくる非日常が迫ってくる。
冒険者達の悲鳴や怒号が聞こえる中、気の抜ける声がポツリ。
「あー……これ、私らも剣抜いたほうがいいの?」
「どうなんでしょうか~……」
揃いの修道服に身を包み、一か所に固まっている黒い点。
彼女達は教皇と共に戦場に出向いた教会の精鋭、近衛シスターである。教皇によるド派手な先制攻撃で幕を開けた、【西側】の最終決戦。教皇はすでに満足げに去ってしまったが、冒険者のバックアップという名目で彼女達はこの場に残っていた。
「おー、燃えとる燃えとる」
「頑張って下さ~い!!」
ちっこい近衛が同僚の胸を枕にしたまま、空を見上げる。
枕もとい椅子になっている、おっとりとした近衛は同じく空を見上げながら、必死の形相の冒険者達に声援を送っている。そんな危機感が欠如した二人の背後から、掛け声とともに剣の鞘が降ってくる。ポカッと頭を叩かれた近衛の一人が、涙目で振り返った。
「おいこら、アホ二人。どう考えても私ら死ぬ一歩手前だろうが。死ぬ気で抗え」
「えー、近衛が命令なしにいいの?」
「痛いです、フレデリカさん……」
「屁理屈言うな、ニーナ。自分の命を護るための剣ぐらい、許してくれるだろ。あとお前は反応がいちいち遅いんだよ、ベル。フェンなんかもうどっか行ったぞ」
やれやれと息を吐く近衛の名は、フレデリカ。
彼らは【聖剣】レノウィン直属の近衛であり、まとまって行動することが多かった。ここには本来メルクゥやクレオもいるのだが、中央に留まっている彼らはこの場にいない。まとめ役であるメルクゥがおらず仕方なしに指揮を執るのは、姉御肌のフレデリカ。すでにストレスを抱えているのか、公衆の面前では吸わないタバコをふかしている。
「まあ流石に死にたくはないね。仕方ない、やるかー」
「それで、フェンさんはどこに?」
「知らん。とりあえず連れ戻してこい、ニーナ」
「はいはい」
頭上に死が迫ってくる中でも、彼女達の纏う空気は変わらない。
やれやれと立ち上がり、ちっこい近衛ニーナが何かを手繰り寄せる仕草を見せる。すると今まで何もなかったはずの空間に聖なる鎖が浮かび上がり、ジャリッと摩擦の音を漏らした。数回引き寄せると、まるで餌をちらつかされた犬のように、爆速で何かが戻ってきた。激しい砂埃を撒き散らしながら、急停止。砂埃を真面に被ったフレデリカが額に青筋を浮かべる中、そこにはあっけらかんと笑うもう一人の近衛の姿があった。
「これ生き延びたら、後で殺してやる」
「お、フレデリカなんか顔怖いけど、どしたー?」
「フェンのせいでしょ。ほら、メルクゥもクレオもいないんだから、私らも多少は働かないとね」
「まずはあれをどうにかしないとですね~。他のシスターさんにも手伝ってもらいましょう」
そういって徐に唱えだしたのは、近衛のベルロト。
先程までニーナの枕になっていた通り、彼女は非常におっとりした性格をしている。その性格が災いしたのか、近衛の中では最底辺の剣術しか身に付かなかった。それでも彼女が重宝されるのは、豊富な魔力と卓越した神聖魔法があるからだ。控える非戦闘員のシスターの力も借り、次々に即席の神聖結界を生み出していく。
「これは……教会の奇跡か!」
「よし、これで……! 冒険者は攻撃に専念しろ!!」
地上にランダムに出現した、無数の半円状の結界。
それらは降り注ぐ塔の欠片を浄化し、冒険者達の盾となった。もちろん巨大な欠片などが降ってくれば、浄化より先にその重さに潰されてしまうが、足を止めて反撃できる環境を築けたのは大きい。守りが固まると、それは火力の底上げに繋がる。息を吹き返した冒険者が再び対空射撃で砕いていき、破片がいくつも飛び散っていく。
「削っちゃいるが……間に合うか?」
決して効果がない訳ではない。
だが今まさに地上に落ちてきている影の塔は、あまりに巨大。すでに退避を諦めた冒険者達の決死の魔法がいくつも突き刺さるが、表面を削るに留まっている。教皇の先制打と同じぐらいの何かがいる。絶望が迫る中、それを跳ねのけようと戦士が真正面に立つ。
「――『空割り・大烈斬』!!!!」
咆哮と共に天に振り上げられたのは、終戦斧『ソウルアイゼン』。
U字の弧を描き、地を這いながら再び空を目指した斧の軌跡は、真空に解き放たれた。戦神を生み出す秘術『ソウル・リバレーション』で高め上げた、渾身の一撃。それは空を覆うように迫る影の塔を縦に真っ二つにし、その面積を大きく分けることに成功した。背後から大歓声が上がる中、息を吐くオルゲートを乗り越え、素早い二つの影がさらに迫る。
「邪魔するな!」
「兄弟子の分際で!」
空中で口喧嘩しながら喚くのは、リュウレイとテレサ。
「『五月雨流奥義』――『龍成・滝登り』!!!」
「『パニッシュ・スレイ』三十連――『網』!!!」
狙いを定めた左側の塔を、さらにサイコロ状に切り刻む。
破壊力を追求した、それぞれの一撃。縦に一直線に立ち昇ったのは、リュウレイ渾身の一振り。水の荒々しさを刀に収める"静"と、最高の一点で解き放つ"動"が寸分たがわず連動して、初めて成しえる大技。解放された水の勢いは天に昇る龍の如く、どこまでも破壊を撒き散らす。
業を放った後も、言い合いをしながら落ちていく二人。
縦に這うように砕いていったリュウレイの業に被せるように、格子状に切り裂く剣戟をみまったのはテレサ。空中で身体ごと器用に回転をしたテレサの連続斬り。『刀剣術式』の反動をも利用し、クロスに描いた軌跡は影の塔を蹂躙し、無数の欠片へと変えた。
「おお! これなら……!!」
「いや、まだ右側に残ってるぞ!?」
人力とは思えない荒業で、左に別れた塔は分解した。
一つ一つは人をあっさり潰しうる大きな欠片だが、そこは地上に控える冒険者達の出番だ。圧死の危機を半分脱した勢いそのままに、魔法の波状攻撃が行われる。対する右側は、依然大きな面積を保ったままである。教皇が半分にし、オルゲートがさらに半分にした。それに応えたのがリュウレイとテレサであり、当然その後にも続かないといけない。
「ま、こうなる訳ね」
「我らがやらねばなるまい。合わせろ、ネルチェ」
「……ふふ、そこはレギーでいいのに」
現代に蘇るのは、剣の頂に至った者達の一太刀。
人の命を絶つために磨き上げた剣技が、今人の命を救うために振るわれる。因果なものだと自嘲するスカルと、そんな彼の横に立つネルチェ。魂だけとなった【剣聖】レギルスのやんわりとした困り顔が目に浮かぶ中、それぞれスタンスを拡げ構えを取る。
「――――『炎禍の太刀・白々焔』」
「――――『雷鳴の太刀・天下雷刃』」
それぞれの得意属性を纏った剣が、たった一振り。
それだけで、一か所から亀裂が入る様に炎と雷に飲まれていく。大質量を伴った影の塔は欠片も残さない勢いで駆逐されていき、降り注ぐのは風に吹かれる灰だけとなった。突如現れた空に冒険者達は歓声を上げることも忘れ、しばし呆けてしまうのだった。
■レノウィン直下の愉快な近衛達(本編に入らない程度の設定集)
・フレデリカ=マシリー
面倒見のいい姉御、スタイルよし
酒やタバコもするが、化けの皮を被れる程度には常識人
剣術○神聖魔法△
・ニーナ=サーヴェイ
ローテンションなお子様、近衛最年少の天才肌
よくベルロトの胸を枕代わりにしている
剣術△神聖魔法○
・ベルロト=フラワーズ
のほほん乙女、高身長で大きいお胸持ち
愛称はベル、剣術はさえないが神聖魔法は優秀
剣術×神聖魔法◎
・フェン=メイウルフ
活発な二刀流娘、冒険者上がりで致命的に修道服が似合わない
猪突猛進のアホだが明るさが取りえ、神聖魔法は『ブレス・オーダー』(光属性付与)しか使えない
剣術◎神聖魔法×




