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107話:市街総力戦⑫

 人知れず行われた、命の駆け引き。


 それはメルクゥの命を以って終結したかに思われた。


 だが、その場に響いたのはハクマの腕が落ちた音。首を締めあげられていた彼女の身体は、風と共に駆けつけた人物の腕の中に納まっていた。意識は失っているようだが、か細い呼吸が一度は諦めた生の脈動を感じさせる。静かにメルクゥの身体を横たわらせた人物は、額に青筋を浮かべゆっくりとハクマもといハイロに向き直る。


「どうも、初めましてかな」

「やれやれ、人の恋路を邪魔するなんて……趣味が悪いね」


 秘めた怒気に反して、鈴の音を転がすような声が響く。


 その貴公子然とした女性の服装は、オーソドックスな戦士のそれである。軽装とマントに包まれているのは、細身だが引き締まった身体。抜き身の長剣は油断なく、ハイロに向けられている。佇まいから只者でないのは分かるが、その顔にはまるで正体を隠すかのような仮面と帽子が一体化した、覆面マスクを被っていた。


 斬られたハクマの腕が、徐に再生を始める。


 薄ら白く淡い光に包まれるそれは、神聖魔法によく似ている。しかし再生力はその比ではなく、漠然とその上位魔法、光魔法によるものだと理解できた。ハイロやハクマが使えるという情報はないが、【潜むもの】には神器持ちにして、光魔法を操る紅蓮の女王がいる。


「……なるほど、それほどその器が大事ということかな?」

「さてね。お気に入りの一つであることは、間違いないかな」


 軽口を叩きながら、お互い牽制し合う。


 ハイロが乗り移ったハクマだが、事前の情報であればハクマの戦闘能力までは有していないはず。今も表に出てきているのはハイロであり、雑談に乗ってきたのが裏付けにもなっている。ハイロにしてみればここは敵地のど真ん中であり、時間を稼いでも敵が増えるだけ。状況からメルクゥの独断で訪れたこの機会は、彼にとってもイレギュラーだったのだろう。


「疑わしきは滅するべきだが……生憎、一生友に恨まれるのはごめんこうむりたいのでね」

「美しい友情ついでに、見逃してくれると助かるんだけど」

「ああ、それは無理だな」


 女性の持つ長剣が、光を帯びる。


 既視感を感じたハイロが後ずさりする中、ジャラッと鎖が擦れるような音がする。見ればすでにハクマの肉体は白光りする鎖で地面に縫い付けられており、脱出は不可能な状態。腕を斬り飛ばした時にすでに仕込んでいた、聖なる戒め。これに気付いた素振りすらなかったのも、今の彼の戦闘能力の証左となっていた。


「ご退場願おう、死霊術師」

「はぁ、つくづく実感するよ。相性の悪さをね」


 白旗を上げたハイロを、聖剣で叩き斬る。


 間違いなくハクマの肉体を斜め上段から斬り飛ばした一撃は、さりとて彼の身体に傷一つ付けることはなかった。呆けたように一瞬固まったハクマの肉体がゆっくりと崩れ落ちてくるのを、そのまま受け止める。メルクゥとハクマ、物言わぬ二人をどう運んだものかと思案する女性の元に、バタバタと足音が聞こえてくる。


「な、何事ですかっ!?」

「おや、いいところに」


 慌てた様子で駆けつけたのは、近衛シスターのクレオ。


 壁際で横たわっているメルクゥ、ハクマを肩に担いでいる謎の女性。混乱するのも無理はない状況だったが、ハクマが進んで檻に囚われたこと、そしてメルクゥが彼を慕っていたことを瞬時に紐づけ、クレオは頭の中で的確な処理をした。メルクゥの無事を確認したクレオはため息をつきながら、女性へと無遠慮に近づいていく。


「……はぁ、なんとなく事情は察しました。師匠、メルクゥさんはわたしが運びます」

「ああ、流石我が弟子。察しがいいね……って、いや私は、その師匠とやらではないぞ!?」

「その下手糞な仮装で……まさか隠せてるつもりだったんですか?」

「下手糞っ……!?」


 一人でショックを受けている女性を置いて、クレオが後始末に動く。


 クレオが師と仰ぐのは、近衛を束ねる【五剣】の一人、【聖剣】レノウィン=シャルルだけである。教会としては、【潜むもの】に表立って敵対しないというスタンスを打ち出している。愛弟子であるクレオを襲われたレノウィンは渋々それに了承したものの、適当な言い訳がつくようにわざわざ変装セットを持ち込んでいたらしい。


「……にしても、師匠がここまでやるのも珍しいな」


 トボトボ歩くレノウィンを追う傍ら、クレオが何気なく振り向く。


 それはハイロを斬った跡が残る、戦場の爪痕。レノウィンは一見粗雑に見えるが、誰よりも気配りと愛情に富んだ人物である。それは戦闘にも現れていて、彼女は不要な破壊を好まない。だが、クレオを呼び寄せる切っ掛けとなったのは、闘技場を複数階巻き込んで破壊した轟音。空間を刈り取ったような鋭利な跡は、激戦を思わせるものだった。


 師をよく知る弟子は、そこに秘められた激情には気付けず、ただその場を後にするのだった。



 *



 何度目かの、激しい切り結び。


 神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】を操るギルガメイジュの槍裁きが、赤の軌跡を描く。真面に打ち合うことすらままならない灼熱の穂先を捌くのは、達人の妙技『天剣』とピンクに発光する魔法陣から生み出される無数の斬撃『刀剣術式』。


「イルル、逝ったか……」


 纏わりつく剣士二人を強引に弾き飛ばし、独り言を零す。


「お爺様!」

「……ああ、戦況が大きく変わる」


 遅れて反応したのは、"十拳"スカルとテレサ。


 【南側】の地で相対した彼らは、一進一退の攻防を繰り広げていた。その中で訪れた【北側】ハイロの陥落、そして【東側】イルルの死亡。この戦場でもそうだが、神器持ちは複数の"十拳"が当たり、ようやく対処できる脅威。ゾンビの物量に押されている今、その打倒は待ったなしの状態であった。


 頭を失った【東側】のゾンビの駆逐は、時間の問題だろう。


 "十拳"含め、冒険者にも甚大な被害が出たようだが、確実に神器持ちであるイルルを仕留めた功績は大きい。ハイロ陥落の折には少し動揺が見られたギルガメイジュであったが、イルルの時には静かに受け止めるのみだった。ほどなくして訪れたのは、【西側】ミーコ陥落の報。これで残すは、町に潜むハイロとここ【南側】のギルガメイジュのみとなった。


「近いうちに他の"十拳"も集結する。逃げ場はないぞ」

「いいえ、お爺様! 私達二人ならヤレます!」

「…………」


 端的に事実を告げ、相手の出方を窺う。


 ここでされて一番嫌なのは、死なば諸共の自爆攻撃である。イルルほどの広範囲の殲滅魔法はないだろうが、作り出したこの火山地帯を見ても、決して油断することはできない。舌戦などはスカルの不得手なところだが、今はこれ以上の損害を抑えての勝利が望まれている。"十拳"としての立場がそうさせる中、不意にギルガメイジュから失笑が零れる。


「お前、今……お爺様を嗤ったな……!?」

「ふふ、笑いもしよう。ただの一振りたる刀であるからこそ、お前の力には価値があったのだ。それがこんな腑抜けに成り下がるとは……些か見込み違いだったらしい」

「止せっ、テレサッ!!」


 スカルの制止を振り切り動いたのは、【逆十字】テレサ。


 神への反逆をも恐れぬ少女は、その眼に黄金の十字架を宿し、神速の刃を振り抜く。感情の爆発をそのまま力とする彼女の一撃は、例え神器持ちであっても容易に捌けないほどの威力を誇る。それを冷たい目で見据えるギルガメイジュの前に、フラッとゾンビが割り込む。


「――がはっ!?」

「なんだ、もう片付いたのか?」

「ああ、とりあえずはね」


 それはギルガメイジュの元に残しておいた、仮初の肉体。


 最後の残機に宿った彼は、やれやれと呟きを零す。速攻を仕掛けたテレサがスカルの元まで弾かれる中、スカルの『天眼』が一部始終を切り取る。テレサを弾いたのは、大した力も持たないハイロの分身。感情に身を任せた一撃だったとはいえ、それはテレサの神髄でもある。その攻撃を苦も無く捌いた術は、スカルから見ても脅威であった。


「……何人、使った?」

「おや、分かるんだ。いい目をしてるね。おいそれと連発はできないけどね、もう必要なくなったから奮発しておいたよ」


 圧縮した魂の爆発。


 見ればまだ健在だったゾンビ達が、一様に伏せている。死霊術師のタクトに従い、文字通り魂の最後の輝きを見せつけたのだろう。再起したテレサが、神聖魔法を唱えながら立ち上がる。手痛い反撃をもらってしまったが、戦闘続行には支障が無いようだ。


「ミーコまで欠くとは、とても残念だ」

「待て、この期に及んで逃がすとでも思っているのか」


 スカルの言葉が、ハイロの足を止める。


 そのまま二対二の戦闘にもつれ込むかと思われた矢先、ハイロが背を向ける。すでに目の前のスカル達には興味がないと言わんばかりの態度に、テレサの眼の黄金十字が一層輝く。それでも余裕を崩すことのないハイロは、【西側】の空を見上げた。


「なに、君達に僕らの相手をしている暇はないさ。……イルルが言ってなかったかい? 君らが向かうべきは【西側】だって」

「お、お爺様……あれ!?」


 徐にハイロが懐から取り出したのは、手鏡。


 神器持ちであるミーコが生み出したそれが、まだ残っている。生成物は変わらず残るのか、それともまだ終わっていないのか、様々な憶測がスカルの頭の中で浮かぶ。それを消し飛ばしたのは、鬼気迫るテレサの声。彼女の見上げる【西側】には、地から天に立ち昇る黒い怨念めいた影が空を覆い隠さんとしていた。


「ミーコは誰よりも優しいからね。頑張りなよ、死に物狂いでね」


 すでに予見していたとばかりのハイロの捨て台詞。


 『刀剣術式』が切り刻まんとするが、すでにそこはもぬけの殻。形見である手鏡は砕け、その場に残るのは後味の悪い空気だけであった。

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