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105話:市街総力戦⑩【東側】

 【東側】の決着が近い。


 一時的に立ち寄ったハイロの目論見は成功したと言える。


 戦争とは数である。一騎当千を誇る"十拳"と神器持ちは個人で戦局を変えうる存在だが、彼らがマッチアップした場合、主戦場はゾンビ対冒険者の場となる。そして数で言えば、ゾンビに軍配が上がる。つまり勝敗だけを求めるのであれば、神器持ちは"十拳"を足止めさえできればよかったのである。


 しかし、その均衡は【北側】が陥落したことで崩れた。


 故に次に勝負をかけたのは、神器持ちである【東側】のイルル。彼女が先にこちらを制圧できれば、再び優位を取り戻すことができる。タイミングとしても、【北側】から駆けつけるストリック達が来るまでが勝負。ハイロと同じヴィジョンを描いていた彼女は、百点満点以上の答えを以って応えていた。


「ああ……そういえば一人だけおったな」


 回避不可、迎撃不可の五月雨魔法。


 万物を穿つそれは、足を止めたヤムとセミテスタを正確に打ち抜いた。セミテスタ渾身の防御結界をも容易に貫くそれは、アダマンタイトの盾でも堅牢を誇る城壁でも耐えることは叶わない。唯一それを防げるとするならば、()()()()を纏った魔法。土煙が晴れる中、彼らの間には一人の女性が佇んでいた。


「エ゛ミ゛ッ゛ト゛ォ゛~~~~!!!」

「全く……酷い顔ですわね」


 涙と鼻水に塗れるヤムの顔が歓喜に染まる。


 そんな彼女達に駆け寄るもう一人の影。ガシャガシャと音を立てながら、そっとその場で膝を付く。傷が深いセミテスタには応急処置として、ヤムの手持ちのポーションがぶち撒けられていたが、依然全快には程遠い。そんな彼女の腹に手を当て何かを唱えるのは、全身鎧の武人。手持ちの槍を地面に置き、次の瞬間には赤のエフェクトと共に熱風が立ち昇った。


「『ライフ・ライト』……ふぅ、セミテスタの生命力次第だけど、これで安静にしてれば大丈夫」

「ぐす……ありがとうぉ、ギルハート~~!!」

「泣き言はそこまでにしときなさいな。……まだ終わってませんわよ」


 火魔法『ライフ・ライト』。


 エミットと一緒に駆けつけた【黒槍騎士】ギルハートが唱えた火魔法は、生命力と回復効果を増幅させる。それ自体に傷を癒す効果はないものの、ポーションや他の回復魔法と併用することで、致命傷をも癒すことができた。呼吸が落ち着いてきたセミテスタだが、今は恐らく防御結界の維持だけで精一杯だろう。依然空からは熱線が降り注いでおり、冒険者を守る命の傘は死守しなければいけない。


「まだ合流には猶予があったはずやけど……ああ、腕のそれか」


 一連の動きを上空で観察していたのは、イルル。


 追撃を仕掛けなかったのは、エミットが操る消滅魔法の結界があったからだ。彼女の固有スキル『五芒星』で束ねられた高出力の結界は、基本五属性を結集し同威力で反発させた末に発現する一種の奇跡。イルルの扱う同種のそれは、光と闇の二属性を圧縮した魔法。出力だけで言えば勝てる道理はない。冷静な分析を行う中、イルルはエミットの救援が間に合った絡繰りをも見抜く。


 契約魔法『メイク・パクト』。


 どの属性にも属さない特異な魔法であり、それは魔術師二人の盟約によって行使される。握手をした状態で長時間魔力を練ることで、お互いの腕に魔方陣を刻み込む。一瞬の転移魔法であり、どちらかが窮地に陥った時に強制的に発動するのである。一度発動すればその効力を失うが、エミットはそれが発動する直前にギルハートも巻き込み無理やり転移してきたのだった。


「そいつ放って、あの盗賊でも連れてくればよかったのになぁ」

「……! わざわざ声を拡張してまで嫌みかしら?」

「ああ、結局時間はこっちの味方やしな」

(……ばれてますわね、頭が使える敵は厄介ですわ)


 上空から聞こえるように煽るイルルに、応答しながら舌打ちする。


 まずストリックの合流までには、まだ時間がかかる。とっさの判断だったとはいえ、エミットはストリックではなく、回復役としてギルハートを巻き込んで転移してきた。それは『メイク・パクト』を結んだ相手がセミテスタであり、彼女が窮地に陥る状況であれば、代わりの盾はエミットが果たさなければならないからだ。彼女を救うという目的はクリアしたものの、イルル打破と言う点では依然苦しい状況であった。


 時間がイルルに優位に働く点、それはエミットの限界によるものだ。


 ただでさえ【北側】で大立ち回りをしたエミットは、魔力的に大分消耗している。その中で、さらに魔力を湯水のように消耗する消滅魔法の展開。いつイルルから追撃が放たれるかも分からない今、いたずらに解除するわけにもいかない。結果、イルルは魔力を温存しながらもエミットに魔力を使わせ続けている。


 この均衡が崩れる時、それはエミットが結界を維持できなくなった瞬間。


 エミット、セミテスタは動けず、ヤムとギルハートの攻撃は届かない。空からの熱線は辛うじて防いでいるものの、時間差で破裂する地雷魔法は健在で、他の冒険者の力を当てにすることもできない。端的に言えば詰んでいる。そんな中、歯切りするヤムをせせら笑うイルルに、一矢報いる反撃の一手が地上から放たれる。


「なんや、かくれんぼはしまいかいな」

「ええ、空を舞う獲物を仕留めるのは、弓兵……いや狩人の仕事ですからね」


 イルルの高度に抗える、唯一の戦力から反撃の狼煙が上がる。


 頭から血を流す弓兵は、それでも健気に弓を構えた。絶え間なく地上から風の矢が放たれるのを、面倒くさそうに結界越しに睨む。出し惜しみしないイルルの守りは万全で、今は物理特防の硬化魔法『ハード・スフィア』と魔法特防の結界魔法『オーロラ・ベール』の二重結界で包まれている。着弾にも猶予はあり、イルルにとっては何でもない攻撃であった。


 ただ、その油断が彼女の足を掬う。


 反撃するでもなし、万全の結界で耐える選択をしたイルル。脅威なのは、消滅魔法を攻撃に回した時のエミットの一撃のみ。マキリに気を取られ反撃を許せば、こちらが防御に回されてしまう。いつでも打てるという体制を維持してこそ、今の我慢比べは成立する。しかし、彼女が見逃したのは、一時は"十拳"の頂に至った猛者。ターゲットが明確に定まった状態で、()()()()()()()()()()()()()()存在だったのである。


「な、なんや? 止まらへんやんけこいつ!?」

「甘く見てくれてありがとう。あなたはもう、狩人の網の中ですよ?」


 その声は、イルルの真横から聞こえてきた。


 風属性に愛された彼の戦場は、何も地上だけではない。魔術師のような空を舞う魔法は覚えないが、彼は放った矢の軌道と共に空を駆ける。弓兵のスキル『エア・ライド』により、瞬く間に同じ高度に達した彼は、魔術師さながらの空中戦を仕掛ける。その軌道は独特であり、空中で直線的に鋭利に移動する彼を捉えることができない。苛立つイルルの結界にいくつもの矢が突き刺さり、その耐久値を減らしていく。


「~~~っ!! なら、先に潰すまでやっ!!」


 ようやくマキリを明確な脅威と認識したイルル。


 結界の維持は最優先に、頭上で猛威を振るう閃光魔法『オーレオール』の標的を、マキリ唯一人に変更する。四方八方から熱線が降り注ぐ中、特異な空中機動で避け続けるマキリ。それでも流石にその魔法の速度には勝てず、直撃。防御結界など持たない弓兵が喰らってはひとたまりもなく、一瞬で黒焦げとなり地に落下していく。


「……後は頼みましたよ」

「任されたぁああああーーーーーーーー!!!!」

「ちっ! 今度はなんや!?」


 振り向いたイルルの目が、空中で舞うヤムと合う。


 目を疑うのも束の間、振られるのは二刀のククリナイフ。ガシガシと結界の耐久値が減る中、空中で後退を続けるしかないイルル。未だ空中に陣取る中で、一体どういうことか。魔術師としての性分か、疑問を解消せざるを得ない欲求を持つ彼女の目が、ヤムの足元に注がれる。真横に移動を続ける彼女の足元には、即席の岩の足場があった。


「『フロート・バレット』……少しは貢献しとかないとね」


 ヤムを大空に羽ばたかせたのは、セミテスタの土魔法『フロート・バレット』。宙に岩の欠片を浮かばせ打ち出すその術で、ヤムは階段を上る勢いでその距離を瞬く間に踏破したのである。空でも纏わりつくヤムに嫌気がさしたのか、イルルの纏う結界が輝きを放つ。逃げ場のないヤムが先にナイフを突き立てようと迫るが、それを上回るのは閃光の熱線。


「はぁ……ほんま鬱陶しいやつやな」


 それは溜めが必要な『プロミネンス』ではなく、瞬時に目と身体を焼く閃光魔法『フラッシュ』。射程は短く威力も【火傷】を負わせる程度だが、超至近距離で浴びたヤムの全身は焼かれ、マキリと同じように朽ちて落ちていく。二人が稼いだのはほんのわずかな時間、だがその時間が大きな援護射撃を生む。


「くそっ! なんでや!?」

「打て打て打ちまくれーーーっ!!」

「防御は気にするな! 俺らには、この『鋼鉄の鎧』がある!!」


 閃光魔法『オーレオール』を地上に戻し、地雷魔法も継続している。


 突出した戦力である"十拳"ならばともかく、今反撃を許しているのは、ゾンビにすら苦戦していた冒険者達。先の攻撃で大半は地に伏していたが、それでも耐え抜いた彼らからの援護射撃がイルルを撃ち落さんと迫る。見れば彼らは一様に黒光りする全身鎧に身を包んでおり、それが地雷魔法とゾンビを無効化していた。


「こういう使い道も、きっとあの時広がったんだ」


 魔力を多分に消費し息を吐くのは、【黒槍騎士】ギルハート。


 彼女が操るのは、火と土を混成した製鉄魔法。正解のないそれを執念で獲得した魔術師は、十拳会議での出来事を思い出していた。宿敵を打ち破るため、友の助けになるため、自身の秘密を打ち明けた彼女の強さが、新たな魔法の使い道を示したのである。魔法で生み出された鎧は瞬時に対象に最適化し、その動きを妨げることはない。


(空はもうだめやっ! 乱戦に持ち込むために、地上で旋回するしかない!)


 一つ一つは取るに足りない魔法。


 だが、戦争は数である。地上から浴びる集中砲火は、途切れることを知らない。背水の陣で臨むイルルに、撤退の二文字はない。エミットから放たれる消滅魔法が顔を掠め、彼女はいよいよ決断する。周りが全て敵だけと言うのは、魔術師である彼女にとって都合がいい。地上の冒険者は相手の攻撃を防ぐ盾となり、視界を妨げる障害物にもなる。


 空からの急降下、冒険者達に紛れ込まんと迫る。


「……私の影の薄さが、こんな形で役に立つなんてね」

「なっ、――がぁ!?」


 鉄壁の鎧に包まれているとはいえ、所詮ただの有象無象。


 そこからの反撃を甘く見積もったイルルを貫いたのは、炎に燃える黒槍。物理と魔法、双方の特性を宿すその槍は、イルルの防御結界の天敵と言っていい。最後の最後に相性を味方につけた幸運の騎士は、全ての力を振り絞り神器もろとも炎の柱で焼き尽くすのだった。

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