104話:市街総力戦⑨【東側】
【北側】ハイロ陥落の報は、電撃的に広まった。
それは前線の冒険者を鼓舞し、勇気づける報せとなった。
そして、事態は当然それだけに留まらない。まず単純に【北側】に回った"十拳"が次の戦闘へと参加できる。聞けばストリックは無傷、エミットは魔力の消耗が濃いとはいえこちらも戦闘可能。移動には多少の時間がかかるが、戦力は単純に倍以上になる。攻め手の特権として、守りの戦力を分散させた【潜むもの】にとっては間違いなく痛手であろう。
ただハイロは依然町の中に潜伏している。
彼の動向が今後の展開を動かす大きなキーであり、それによっては再び"十拳"が窮地に立たされる可能性は大いにある。お互いが牽制し合う中、誰がどこに行くべきか、その選択はいまや待ったなし。ある種均衡していた戦局は、否応がなく移り変わろうとしていた。
*
【東側】の地では、魔法と剣技の応酬が繰り広げられている。
(さて、どうしたもんやろか……)
そんな中、思案を巡らせるのは神器:【恵みの宝杖アダムツリー】イルル。
彼女に纏わりつくのは、"十拳"【舞踊姫】ヤム。魔術師にとっては近づかせたくない相手だが、なかなか振り切ることができない。クシャーナの柔らかさとストリックの鋭さを併せ持ったような【踊り子】の舞は、決して途切れることはない。壁役のゾンビを時折間に挟み込むが、瞬時に細切れにされてしまう。
(こいつだけならまだしも……あいつが邪魔やな)
近接職だけが相手であるならば、空に逃げてしまえばいい。
ただそこは当然相手も想定済みか、その動きを制限しているのが"十拳"【緑牢亀】セミテスタ。ヤムを巻き込まないように援護は控えめなものの、イルルの大技や離脱の隙を与えないよう目を光らせている。今彼女はイルルを積極的に仕留めにこようとはしていない。あるのは、ハイロが出現したときの戦線のカバーと、ストリック達が来るまでの戦局の維持。
(【東側】の要はやつやな……どう隙を作るか)
イルルの本領は、神器のスペックで圧倒する広範囲爆撃。
空からの一方的な攻撃が有効なのは、【北側】でエミットが実践済みである。イルルが最初からそうしなかったのは、先に大量のゾンビを当てて相手を消耗させたかったから。割り振り上ミーコという盾もいない中、前に出ての消耗戦ではジリ貧との見方があった。
「やあ、苦戦してるみたいだね」
「おわっ!? 急に話しかけんなやっ!!」
少しヤムと距離を取った矢先、徐に声が掛かる。
それは近くに控えさせていた、ハイロの分身。どうやら次の憑依先にはこちらを選んだらしい。各地にそれぞれ1体ずつ置いているとはいえ、残機もそう多くはない。彼にとっても難しい選択のはずだったが、真っ先に選ばれた身としては多少の不満もある。
「なんやそんだけ信用ないんか、うちは」
「違う違う。【北側】からこっちに流れてるみたいだったからね」
「ああ……なるほどな。でもええんか? あっちはうちらではどうにもできんで?」
【北側】を制圧したストリック達が向かった先。
それがここ【東側】であるならば、ハイロの動向は理解できる。【潜むもの】のアドバンテージの一つは、移動にかかる時間の差。魂のみで瞬時に別の身体に乗り移れるハイロはもちろん、手鏡を持つイルル達にも適用される。要はその旨味を活かすのならば、今しかないという訳だ。
「そうなんだよ、全く誰も彼も予想を超えてくるから参るよ」
「ええから、はやしいや。放っておくとギルが勝手に動きかねんで」
「もちろん。だからあっちには僕が直接行く」
メイジュには先に伝えてあるよ、と微笑むハイロ。
それだけで意図を察したのか、イルルがはいはいと呟く。ハイロがこちらに寄ったのは、当然ストリック達を仕留めそこなったこともあるが、察しのいいイルルを頼ってのことでもあったのだろう。メイジュとの惚気と自身への信頼を違うことなく察した彼女は、ぶっきらぼうに顔を逸らした。
「潰しに行くわ、ええやつよこせよ」
「期待してるよ、イルル」
ヤムが猛然と迫る中、自らその身を間に投げ出すハイロ。
ヤムが他のゾンビと変わらずそれを切り刻む中、イルルの身を包む防御結界が輝きを放つ。今まで結界のケアを優先していたイルルが見せなかった攻め手。眩しさにヤムが目を細める中、セミテスタが咄嗟の魔法を唱える。イルルの不敵な笑みと視線は、その後ろに控えるセミテスタに向いていた。
「――閃光魔法『プロミネンス』!!」
「――『ロック・アーマー』!!」
土魔法『ロック・アーマー』。
土魔法の防御術としては『マッド・シールド』が主流だが、『ロック・アーマー』は重ね掛け可能な上位魔法である。防御性能は最上位ながら接続時間が短いそれは、緊急時の命綱となる。扱いの難しいそれを的確に使用したセミテスタの判断が、ヤムの命を救う。ただハイロのバフを得たイルルの攻撃力は凄まじく、防ぎきれなかった熱線がヤムに手痛い傷を負わせた。
「ヤム――っ!?」
「そら、お前はこれと遊んどけや」
ヤムの被弾に動揺するセミテスタをさらに乱す一手。
イルルが選択したのは、更なる魔法の追撃ではない。彼女の足元から生まれるのは、黒い兵隊。それはハイロが闘技場から引き抜いた、怨念の戦士達。ハイロのバフも乗った彼らは、並みのゾンビを遥かに凌駕する。ストリックには一蹴されてしまったが、負傷したヤムを抱えるセミテスタには紛れもない脅威となる。
セミテスタをその場に釘付けにしたイルルは、徐に宙に浮かぶ。
向かったのは、依然冒険者が大量のゾンビ相手に奮戦する主戦場。その上空を取った彼女は、頭上に大きな光と熱を圧縮した塊を生み出す。異変に気付いた冒険者が退避と迎撃を叫ぶが、竜騎士が前線から引いた今、彼女の高度に迫れる者はいない。十分に育ち切ったそれを振り降ろす素振りを見せた瞬間、風を切り裂く一矢が放たれた。
「やっぱおったか」
「くそっ!? 誘われたか!!」
悪態を付いたのは、【見敵必中】弓兵のマキリ。
地上に潜んでいた彼が狙ったのは、神器:【恵みの宝杖アダムツリー】本体。その中で一番脆いであろう、宝玉が埋め込まれた中央部分。ハイロをも打ち抜いた必殺の無音狙撃を阻んだのは、周到に隠されていた結界。これは攻撃の阻止だけでなく、神器持ちを討つという明確な意思をもって放たれた一撃であった。教会への襲撃の件で明るみとなった、神器持ちの正体。
彼らの本体は、神器そのものである。
人の魂もとい死体を操るハイロだが、古代の人間の身体など今の時代に残っている訳がない。そのため代替の器を用意する必要があり、その場合は特殊素体を用いる。ただ稀にだが、思い入れや執念が宿った物がその代わりを果たすことがある。神器ともなれば歴史は言うに及ばず、資質を持った使い手の器としては十分だったのである。
なので、破壊すべきは神器そのもの。
イルルの超回復なども、仮初の肉体だからこそできた芸当。だからこそ、密かにそこに狙いを定めていたのだが、流石に相手側も警戒していたようだ。狙撃に失敗したマキリが即離脱を図る中、光球から追撃の熱線が二、三線放たれる。追尾性を宿した熱線が地に着弾し破壊を撒き散らす中、すでにマキリに興味を失ったイルルは魔法を完成させた。
「そら、足掻いてみいよ。――閃光魔法『オーレオール』!!」
頭上にかざした光球が破裂し、地上に放射状に降り注ぐ。
ゾンビもお構いなしに吹き飛ばすそれは、冒険者にも甚大な被害をもたらす。さらには空を泳ぐように旋回する彼女は、地雷魔法をも合わせて発動する。それらはセミテスタ達が来るまでに敷き詰めて放置しておいた、遅効性の攻撃。上と下から焼かれて阿鼻叫喚の戦場が拡がる中、土色の光を放つ巨大な防御結界が展開される。
「おお? 復帰早かったなぁ」
「はぁ……これ以上――させないっ!!」
イルルに自由を許してしまったが、セミテスタにも意地がある。
ただでさえ歴戦の猛者である、怨念の戦士たち。それにハイロのバフとイルルの補助魔法が組み合わさった彼らは、数は少ないながら猛威を振るった。それをヤムを庇いながらいなし、なんとか復帰まで漕ぎ着けるとその殲滅に尽力した。今はヤムが冒険者のフォローに回る中、戦場全体を覆うほどの結界を展開して見せたのだ。
「――でもそれ、悪手やで?」
白黒に点滅する光線が瞬いた。
視認することも難しいそれは、土煙が立ち昇る地上へと吸い込まれ立ち消えた。張ったばかりの防御結界が点滅する中、ヤムが異変に気付き戻ってくる。それはイルルにとって、まさに計算通りの立ち回り。ハイロの置き土産を有効に使いきり、瞬時にこの状態を作り上げた策士であった。
「うちらもそれなりに対策話し合ったがな、一番簡単だったのがお前やな。お前みたいな防御に自信があるやつはどこか過信してんねん、自分の防御力をな。だから拡げさせて薄くなったとこをチクリや。簡単やろ?」
上空で呟くイルルの声は届かない。
それでも地上で彼女を見上げるヤムの顔は、怒りと焦りに支配されていた。ヤムが庇うように立つ後ろには、腹を貫かれ血反吐を吐くセミテスタの姿。意識を朦朧とさせながらも、なんとか結界の維持だけはと気力を振り絞る。ただそれすらも嘲笑うのは、空に浮かぶイルル。
「ほれ、チェックメイトや」
冷徹に言い放つイルルに油断はない。
空から未だ熱線が降り注ぐ中、イルルが定めた狙いは"十拳"の二人。セミテスタを貫いた魔法が、空に無数に浮いている。絶望を煽るそれは、ただ地上の一点に降り注ぐのだった。




