103話:市街総力戦⑧
"十拳"が各地に散る前、交わされた会話がある。
「ハイロの倒し方?」
作戦会議に呼ばれた死霊術師ネルチェは、声の主に向き直る。
「ああ、なんなら殺し方と捉えてもらっていいぜ」
「ちょっ!?」
無神経極まりない発言に、セミテスタが反応する。
歯に衣着せぬ物言いで周囲をざわつかせたのは、ストリック。ジャンプして口を塞ごうと躍起になるセミテスタの頭を押さえつけ、真正面からネルチェを見据える。対するネルチェに動揺した様子はなく、静かにその視線を受け止めていた。やがて真意を推し量るための時間は過ぎたのか、ネルチェが先に目を逸らす。
「なんだよ、今更言葉をぼかすほうが不自然だろ。今、私らがやってるのは、明確な命のやり取り。奴の真意がペラペラと話した通りなら、これはただのもらい事故だ。そこに因縁も正義もねぇ。あるのは、魂の輝きに魅入られた者の狂言だけだ」
降りかかった火の粉を振り払う。
ただそれだけのことだと、ストリックは切れ目なく言葉を紡いだ。そしてそれは、すでにどちらかの命の終結をもってしか、止める術を持たない。無論仕掛けたのは死霊術師ハイロ=ナインソウルであり、クシャーナを始め、町の住人たちはただの被害者だった。
「…………その通りよ」
突き付けられた言葉に身体を縮こまらせながら、それでもなんとか言葉を吐く。
自分がこの場にいる意味、それを頭の中で反芻する。もはや昔馴染みのネルチェの言葉は届かず、惨劇は起きてしまった。そしてそれはまさに現在進行形で、数多の命が彼女の選択の天秤に乗っている。腕に痕が付くぐらいに、ギュッと指に力がこもる。迷っていいはずがない、今はこの葛藤する時間すら被害者を増やす悪手だというのに。
「あんま虐めてやんなよ」
「……なんだよ、おっさん」
そんな二人の間に割って入ったのは、ギルド長ジーク。
やれやれと嘆息しながら、その場の調停に入る。さしものストリックも無下にはできない存在感を放ちながら、二人を交互に見やる。正しいか否かだけで判断するならば、当然ストリックに軍配が上がる。そこにネルチェの葛藤などは関係なく、嫌でも情報を吐いてもらわなければならない。それを拒むのであれば、ギルドの長としては冷徹な判断も下す必要がある。
「嬢ちゃんよ、あんたはどうしたいんだ?」
「私……?」
「そう、あんただ」
それでも、決断はあくまでネルチェに委ねる。
ストリックが何か言いたげな顔をしていたが、彼の顔を立てたのか黙っている。いまや周りを囲む"十拳"全ての眼が彼女に注がれている。武器には手を掛けてはいないものの、安易な返答は許されない空気を感じる。自分はどうすべきか、この場にいながらなおも揺らぐ心を必死にコントロールしようと藻掻く。目まぐるしく逡巡した彼女が取った行動は、ただ真摯な――ありのままの受け答えをすることだった。
「私は…………あいつを、止めたい」
キッと顔を上げたネルチェに、最早迷いはない。
「要はそういうことだろ。そのための知恵を、貸してくれ」
「…………! はいっ!!」
どうだ、これが年の功だと隣のストリックに目配せする。
苦虫を嚙み潰したような彼女だったが、それに文句は付けなかった。明るさと芯の強さを取り戻したネルチェは、積極的に情報発信をしている。協力的な死霊術師の存在、それは今何よりも必要なもので、例え求めるものが違っても、これで同じ向きを向いて戦うことができるだろう。
「…………なあ、あんたどこまで考えてるんだ?」
「ああん? なんだ、悪い相談か?」
「しらばっくれんなよ」
ぶっきらぼうな会話を重ねる二人。
当然ジークには、ストリックの言いたいことは分かっている。暴走した死霊術師ハイロを止めるために取った手は、果たしてどこまで繋げていられるだろうか。クシャーナの魂を付け狙う彼の存在を、ストリックはもはや許せない。あるのは命を取るか取られるかの二択であり、そこにネルチェの希望は反映されない。
「最悪、止めを刺そうとした俺らを彼女が出し抜いたとて、それはそれだろ」
「おい、まさか見逃そうとでも言うのか!? ギルド長のあんたがよっ!!」
「だから、吠えんなって」
胸倉を掴む勢いで迫るストリックを、適当にいなす。
「結局なるようになるってやつさ。お前は確かに頭はいいが……もったいないだろ?」
「……何言ってんのかさっぱり分からねぇよ、耄碌爺」
力を抜いた彼女がジークから離れる。
口喧嘩をしょっちゅうする二人ではあるが、こと諭すモードに入ったジークを言い負かせた記憶はない。揺らがない己の信念を秘めて、ストリックは"十拳"の輪の中に戻っていった。再びやれやれと嘆息するジークはその熱に少しの羨望を覗かせながらも、自分の言葉には自信を持っていた。
「神器持ちにはおもしれ―やつもいるって話だしな。案外お互い楽しくやれるかもしれないだろ? まあ……これも隠居した、ただの蚊帳の外のおっさんの戯言に過ぎねぇがな」
人の可能性を信じるジークと信念を貫くストリック。
既に話は良し悪しで判断できる刻から外れた。結果とは、最後まで抗った者だけが決められる特権である。こうして自虐も込めたジークの独り言は誰に聞かれることもなく落ち、物語は再び動き出す。
*
ネルチェからもたらされた、対ハイロ対策。
それは、兎に角直接叩いて、彼の残機を減らすことであった。
ここでいう残機とは、彼が宿る仮初の肉体である。魂を移す術に長けた彼ではあるが、決して無敵ではない。数年がかりで今回の計画のため準備していたとはいえ、用意できる器には限りがあるらしい。ネルチェ曰く、魂の波長が合う器は狙って用意できるものではなく、あくまで偶然の産物なのだという。気の遠くなるような試行回数を重ね、彼は残機を量産した。
それでもそれは限りあるもので、何百という単位ですらない。
そして、残機を失った彼の魂は必ず本来の肉体に戻る。ハイロの力はいまや並みの死霊術師の範疇には収まらないが、魂が渡る物理的な距離には限界があるという。あくまでネルチェの試算ではあるが、その限界範囲はどれだけ広く見積もっても、この町全域に限られる。つまり、彼の本来の肉体は、この街に潜んでいる。
雲を掴むような話が、急に現実味を帯びてくる。
魂の抜けた肉体の管理方法までは分からないが、彼がその守りを疎かにするとは考えづらい。神器持ちに"十拳"が当たることは、向こう側も想定内だろう。万が一を考えれば、戦場に近い位置に置きたくないと思うのは道理。今のところ、不自然に襲撃がされていない地点はないものの、リスクを考えれば町の中心に近い場所に潜伏している可能性は多分にある。
「どうする、一度街全部焼いてみるか?」
「はいはい、洒落にならないのはやめてね~」
多少の軽口が飛び交うほどには、展望が開けてきたようだ。
各自が冷静に言葉を重ねる中、物騒なことを提案するストリックの背を押し、一緒に退場するセミテスタ。結局のところ、彼を拘束できても神器持ちの脅威は残る。ならば、順序には拘らずただやるべきことを成せばいい。生身のハイロの拘束、残機潰し、神器持ちやゾンビの制圧、町人の避難。そして、クシャーナの魂の奪還。
力で解決することが大半ではあるが、完全勝利の条件も忘れてはならない。
「おお、本当にギルドが買い込んでたんだな」
「まさかこういう使い方をするとは、思いもしなかったがな……」
各地に別れる"十拳"に一つずつ渡されたそれは、『隠世の器』。
悪用防止のためにギルドが高額で買い取っているというのはよく聞く話だが、彼らにとっては使い道がなく、どうやら不良在庫として倉庫の肥やしになっていたようだ。ネルチェが一瞬目を輝かすが、不器用な咳払いで誤魔化す。これは各地に散った怨念の回収装置であり、討伐とセットになるものである。
「これがクシャーナ救済の鍵……」
「ああ、ヘマして無くすなよ」
胸に大事に抱えるエミットに、通り過ぎ様にストリックが悪態をつく。
それに言い返さなかったのは、誰よりもストリックが鬼気迫る顔をしていたから。クシャーナの魂は肉体と共に依然闘技場の中心、氷漬けの彫像の中にある。やられたことの逆、怨念を回収し闘技場の魔道具としての効力を復活できれば、死を飛び越えて彼女は目を覚ます。今も踏ん張っているクシャーナのためにも、これ以上の失敗は許されない。
そんな強い決意を秘め、戦士たちは散ったのだった。
*
薄暗い階段に静かな足音が響く。
等間隔で壁に灯が灯っているとはいえ、ランタンなしでは足元も覚束無い。ここは教会の地下、向かっているのは遥か昔に仕置き部屋として作られたスペースだが、今は倉庫然としている。木箱などが雑多に積まれている中、奥のほうには一つ残されていた檻が見られる。その中には一人の戦士が押し込まれており、胡坐を掻いてその狭い牢獄を占拠していた。
「……誰だ?」
「待ってて」
足音にすでに気付いていた男は、ゆっくりと目線を上げる。
彼の前には、線の細いフードを被った人物がいる。短く応え、懐から取り出したのは鍵の束。手元が暗く見えずらい中で、ガチャガチャと必死に当たりのカギを探している。カチャリと音がした瞬間には、思わず「やった!」と小さな可愛らしい声が漏れた。
「どうして……」
あえて囚われの身となっていた男が困惑する中、徐にフードを外した女性。その顔は彼のよく知る人物であり、今は最愛の人でもあった。綺麗に整えられたボブカットをサッと掻きあげ微笑むのは、近衛シスターの一人メルクゥ。教会への裏切りとも取れる行動を独断でした彼女は、迷わず手を付き出す。
「私と一緒に逃げましょう、ハクマ」




